1周年リク
綻ぶ花も見ないふり
※カナ変換推奨。本編の「貴女はわたしのプリンセス」に出てくるとある日のお話



その日、まるで魔法薬学で生徒全員が大鍋を爆発させたかのような轟音がスリザリン寮の中に響き渡った。僕は談話室で魔法史のレポートをセオドールと書いていて、クラッブとゴイルは厨房からくすねてきたらしいかぼちゃパイを咥え、両手には蛙チョコレートを逃さないよう握りしめているところだった。

「一体、何の音だ?」
「気のせいかな、音がした方には女子寮しかないと思うんだけど、どう思うドラコ」
「奇遇だな。僕もそう思っていた」

今の時間は、下級生のほとんどが授業に出かけているし、上級生だって図書館で試験に備えて勉強している。つまり僕ら以外ほとんどの生徒が寮から出払っていた。おどおどしながらもかぼちゃパイをむさぼるクラッブが僕の羊皮紙に食べかすを溢さないように羊皮紙を避難させてから立ち上がる。

「見に行くのか」
「僕は監督生だ。責務を果たさなければいけないだろ」
「そうはいっても女子寮だぞ。僕らが入れるわけがない」
「…パーキンソンを呼ぶ。それに、あんなに大きな音が鳴ったんだ先生たちが血相変えてその内やってくるだろうさ」

談話室からつながる男女それぞれの寮は行き来するのに制限がある。女子が男子寮に入ることは実際可能であるが、その逆は悲惨なことになる。階段が斜面になって転がり落ちるのだ。女子寮へ行くための階段のギリギリまで近づく。すこし焦げ臭い匂いがして、思わず顔をしかめていた。すると、階段の上からバタバタと誰かが走って来る。

「マルフォイ!!」

大きな声で僕を呼びながらダフネ・グリーングラスが慌てたように走り降りて来た。

「一体どうした?まさか魔法薬学の復習を部屋でやってただなんて言わないだろうな」
「そんなのするわけないじゃない!部屋が臭くなるわ!ああ、もう!こんなことしてる場合じゃないのよ紗希乃とパンジーが喧嘩を、」

最後まで言い切る前にグリーングラスは口を噤んだ。寮監のスネイプが到着したのだ。

「ふ、ふたりとも、うまくごまかして…!」
「馬鹿言うな、どう誤魔化せって言うんだ」
「マルフォイならそういうの得意でしょう!」
「そうでもない。ドラコはどこかでいつも詰めが甘いんだ」

僕とセオドールのローブを引っ張りながら、小声でグリーングラスが訴えてくる。あの派手な爆発音を隠しきれるわけがない。そもそも女子寮での出来事なのに僕らが口を出したところで信用されないだろう。先生が近づいてきていたから、セオドールの一言は睨むだけで置いておく。後で覚えておけよお前。

「一体何事かね」

不健康そうな顔立ちの先生の顔にはあからさまに不機嫌な色がのっていた。面倒事な上、減点しなければならない事態であることは想像に難くない。これが自分の寮でなかったのなら彼はきっと、いつもの地下室に籠って何事もなかったように過ごしていただろう。

「……」

僕らは誰も言葉を発しなかった。セオドールは焦ったように視線を泳がせているに違いない。それでも僕は先生から目を離さなかった。僕らが怯える必要はない。だって、向こうからやってくる先生が眉間の皺を深くしながら見ていたのはグリーングラスの方だったのだから。つまり、女子寮に入れない僕らが何かをした可能性の低さから僕らの言葉なんて最初から当てになどしていなかったのだ。

「事態によっては罰則が増えるが、それでもだんまりを決め込むつもりですかなミス・グリーングラス」

うつむいていたグリーングラスが先生の一言で勢いよく顔を上げた。苦虫を潰したような顔で口をやっと開いたかと思った矢先、本日二度目の大きな音が女子寮から聞こえた。


*


試験が近づいてきているというのに、わたしは幼馴染で監督生でもあるパンジーと一緒に女子寮の空き部屋の掃除をしていた。監督生専用の部屋と普通の寮生の部屋の間にはいくつか空き部屋がある。その中でも特にごった返している部屋の掃除を新米監督生のパンジーは先輩に押し付けられたのだ。

「どうせ、これって卒業生が置いていったゴミみたいなものでしょ」
「そうみたいね。気付いた時に捨てちゃえばよかったのにどうしてこうも集めるのかしら」

卒業生が故意的に残していったのか、はたまた忘れてしまったのかわからないがその部屋には色んなものがごちゃごちゃと置いてあった。適当な箱に入れて積まれているそれらをひとつひとつ確認しては杖を振って消していく。

「中身なんて見てないで消しちゃわない?」
「下手な呪いがかかってたら悲惨なことになるよパンジー」

怪しそうなものへは魔法をかけずに部屋の隅にある箱へ投げ捨てる。中には呪文を跳ね返す代物もあったりするのだ。さっき見つけたのは、10年も前の物らしいのにピカピカ輝いている腕時計だった。汚れ避けか何かの呪文がかかってるにちがいない。そう思って箱へ投げた。これらの処分くらいは先輩方にやってもらわないと割に合わないなあ、そんなことを思いながら、ぶつくさ愚痴をこぼすパンジーに適当に相槌を打つ。話はいつのまにかただの雑談へと移っていた。

「それでね、ドラコったらわたしが髪の毛を切っても気付いてくれなかったのよ」
「前髪も?」
「後ろもよ。いったいいつも何処を見ているのかしら!」

パンジーは同い年で同じ監督生のドラコ・マルフォイに熱をあげている。それも、ホグワーツに入学する前からなのだからとても一途な子だ。5年生になるまで実りはせずとも、彼の近くにいることに疑問を持つ者が居なくなるほどパンジーはマルフォイの傍にいた。人はそれを取り巻きとも呼ぶけれど、常に近くにいれるわけではないわたしからしてみればとても魅力的なポジションであることは間違いなかった。いいなあ、と思うけれど、わたしじゃきっと彼の隣りには立てないだろう。そう思った。わたしはパンジーのような、何にでも勝気にいられるほどの強気は持ち合わせていなかった。

「そっくりそのまま貴女の形になったって、きっと、彼は傍に置いてくれないんでしょうね」

何か呪文が掛けられていそうな煌びやかな箱をまた見つけた。ちゃんと調べるのも面倒になって、部屋の隅にある箱へ投げようとしたら真後ろにパンジーが立っていた。

「どうしたの?変な物でもみつけた?」

わたしも立ち上がってパンジーに向き合った。彼女は苦しそうに顔を歪ませていた。それは、幼いころから何度も見てきた顔だった。

「拗ねてるの?」

おもちゃの順番が早く回ってこない時、楽しみにしていたアイスクリームを地面に落としてしまった時、いつでもそういう顔をしてふて腐れていた。

「ねえ、ってば」

大好きなマルフォイに誰かが告白なんてしてしまった時には1週間くらい拗ねたままでいて、マルフォイに張り付いていた。『優秀なパグが番犬で何よりだな』だなんてセオドール・ノットがからかうからさらに機嫌が悪くなるのも少なくない。何度も尋ねてみるけれど、一向に口を開こうとしない。仕方ないからそのままにしておいて作業に戻ることにした。だって、これじゃいつまで経っても終わらない。レポートだって残ってるんだからはやくこんな埃っぽい部屋からさよならしたいの。

「とらないでよ」
「とるわけないじゃない」
「そういうけど、紗希乃はいつも何だかんだ言って最後には手に入れるのよ」
「何のこと言ってるの。玩具?お菓子?そんなものじゃないでしょ」
「澄ました顔しちゃって…この前だってレイブンクローの男子に告白されたんでしょ!ダフネに聞いたわ!なんでわたしに言わないの!」
「すーぐにマルフォイの所へ行っちゃう誰かさんのせいでタイミングを逃しただけよ」
「なっ、そんな、まるでわたしが犬みたくドラコのこと追いかけてるみたいじゃない!紗希乃もパグだって言いたいのね!」
「そんなこと言ってないわ。パグだなんて言ってるのノットくらいでしょ」

言い合いをしながらも作業を続けていたけれど、わたしの話も聞かずに怒り始めるパンジーに苛ついた。だから、いつも、話を聞いてって言ってるでしょ!

「そっちがやる気ならこっちだってやってやるわよ!」

わたしが呪文を唱える前に、パンジーがくらげ足の呪いをかけて来た。振り向きざまに掛けられてしまったために、くにゃくにゃになった足と共に床に倒れこんだ。もう、本当に頭にきた!わたしは何も悪いことしてないじゃないの!

「エバネスコ(消えよ)!」
「きゃあっ!」

苛ついた頭で出て来た呪文は、さっきまでゴミを消すために唱え続けていたそれで。パンジーの髪飾りでも消してやろうと思ったのに、くにゃくにゃの下半身のせいでうまく起き上がれずに別なところに当たった。どこに当たったか確認する前にまた呪文がとんできた。彼女も焦っていたのか、運よく当たらなくて済んだ。

「ステューピファイ(麻痺せよ)!」
「プロテゴ(護れ)!」
「〜〜っ、もうっ!コンフリンゴ(爆発せよ)!」

パンジーはわたしの後ろにあるゴミの山に呪文をかけた。大きな音とともに二人して吹き飛ばされる。くにゃくにゃにされた足と、壁に打ち付けた肩が痛い。パンジーも背中を打ったようでさすっていた。それよりも、爆発したゴミの山は燃え始めていて急いで鎮火させるために二人して水をかけまくる。音を聞きつけたダフネも混ざって三人で火を鎮めた。

「ありえない、なんでこんなとこでそんな呪文使うの二人とも!」
「だって紗希乃がわたしの鼻を!」
「鼻ぁ?それよりも足痛いんだけど!」
「それよりって何よ!わたしの鼻がなくなっちゃったじゃないの!」
「二人ともやめてよ、もう!誰か呼んでくるわ!それまで動かないでよ!」

普段より声がくぐもって聞こえたのは、パンジーが鼻を手で覆っているからではなくわたしが鼻を消してしまったらしい。また杖を構えて睨みあうわたしたち。ダフネはバタバタと走っていく。

「人の鼻を消しといてよくしゃあしゃあとしてられるわね」
「消すつもりなかったもの!それを言うならこの足どうしてくれるの、くにゃくにゃすぎて吹き飛ばされた時に折ったかもしれないわ。すねがすっごく痛いんだから!」
「そんなの知らないわよ!無くなったんじゃないんだからマシよ!」

じりじりと睨みあって杖を構える。そうだ杖があるからいけないんだ。パンジーから杖をとりあげなければ。

「「エクスペリアームス(武器よ去れ)!!」」

二人同時に唱えた武装解除呪文の赤い閃光は、一方はわたしの杖を弾き、もう一方はパンジーの肩すれすれを通って後ろにぶつかった。にやり、と笑った彼女から目を逸らした途端、誰もいない部屋の隅から大きな音と共に赤い閃光が飛び出し、パンジーが杖もろとも吹き飛んだ。勢いよく吹き飛んだパンジーはわたしを巻き込んでごろごろ転がる。頭、いたい。頭を強く打ったのか、バタバタ駆けてくる何人かの足音を聞きながら、わたしの意識は暗転した。


*

「起きたのか」
「……マルフォイ?」
「別人に見えるんだったら重症だな」
「いや、見えないけど、なんで?」
「それはこっちが聞きたいよ。なんでこんな派手な喧嘩したんだ?」
「それは…パンジーに聞いてよ」
「向こうは君に聞けって言ってる」
「だったらわかんない。気付いたら喧嘩してたもの」

ここは医務室のようで、カーテンでしきられた先からはぐすぐす泣き声が聞こえる。ベッドの傍に座っていたマルフォイは、欠伸を噛み殺していた。

「マダムならパーキンソンの様子を見てるからもうすぐ来るよ」
「パンジーは大丈夫なの?」
「鼻の骨がなくなっているみたいだから、骨生え薬を飲むらしいね。一体、どうやって鼻の骨を消したんだい?」
「たぶん、エバネスコが当たったんだろうけど、わたしもくらげ足にされてたから直接見てないわ」
「へえ。あの呪文、物以外も消えるのか」
「みたいね」
「……来たかな」
「え?」
「談話室で寂しそうにしてたから連れて来たんだけど、どこかに遊びにでかけてたみたいだな。やっと戻って来た」

ご主人様が目覚めたぞ、だなんて言ってベッドの下におもむろに手を突っ込むと小さな黒猫が姿を現した。

「ロティー!」
「みゃあ」
「マダムにばれると厄介だから、セオドールのローブに入れてたんだけど随分引っかかれてたみたいだ」
「はは、この子あまり人に懐かないものね」
「それじゃあ僕はレアってわけだ」
「そうね、いつも探しに来てくれる大きな兄だとでも思っているのかも」
「悪くないね」

とってもおかんむりのマダム・ポンフリーがパンジーの治療を終えてこっちにやってくるまで、ロティーと戯れながらマルフォイと何となく話をした。マルフォイがいてくれてよかった。わたしたちがぐったりしているのを見たダフネはとても動揺して泣いていたらしい。後で謝らないといけないなあ。それで、わたしたちが片づけをしていた部屋からはやっぱりいくつかの呪いのかかった魔法道具たちが見つかったらしい。半分以上、パンジーが爆発させたから木端微塵になったのだけれど、残りを先生方が漁ったら見つかったそうな。マルフォイから聞いた話によると、おそらく最後の武装解除でパンジーが吹き飛んだのは跳ね返し呪文でも掛けてあった物に当たったのだろう。派手に喧嘩をしたわたしたちには1
週間の罰則が科せられるらしい。冷静になった今では、とんでもないことをしたなあ、とどこか人ごとに考えていた。親からの説教イベントも待っている。嫌だなあ。それと、部屋の片づけを後輩に押し付けていたことがばれた上級生たちも軽い罰則や注意を受けたらしい。いい気味だわ。そういうと、マルフォイもにやりと笑った。

「これまで喧嘩しててもうまく隠して来たんだから次はもっとばれないようにするべきだな」

いつもポッターたちと喧嘩してる貴方に言われたくないわ。そう思っていたのがばれたのか、ばつの悪そうな顔をしながらマルフォイはロティーと遊んでいた。


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あとがき
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