01 数年前まで毎日通っていた懐かしい校舎。またしばらく通うことになるわけだけど、自分の今の恰好を思い浮かべてげんなりする。どうせなら身も心も昔に戻って前のように学校に通いたいなあ、なんて夢物語をふわふわと思いうかべる。 「(スーツ暑い…)」 夏がもうすぐやってくる春の終わり。じめじめとした暑さじゃないけど、真っ黒いスーツ着ているわたしは普段より何倍も暑かった。暑がりって損だよなあ。 「ハイハイ…うん、書類はオッケー。模擬授業とかの指導は先週終わったし、後は実際に教壇に立つだけな」 「何でそんなニヤニヤ笑ってんですか」 「いや〜、まさか吉川が教育実習に来るなんて意外で意外で」 「それ会うたび聞いてますよ。先生ったら最近物忘れ激しいんじゃ?」 「馬鹿かおめー、これからは元担任と教え子じゃなくて先輩教師と後輩実習生だべや。もっと態度をだな…」 「わかってますよーだからちゃんと先生って呼んでるじゃないですか」 「生徒たちの前でも忘れんなよ!」 「かしこまりましたー」 接客業でもしてんのかと突っ込まれるが、教師なんてある意味接客業みたいなところもあると思う。だけど、商品を運んでくるウエイトレスさんよりも深く深く人に関わるから、難しいとは思うけど。そんなわたしの考えは知ってか知らずか、相変わらずにやついてる元担任の荒井先生は広げた書類をまとめて立ち上がった。 「来週からこの会議室がお前らの部屋だから。鍵は初日に貸してやる。好きに使っていいけど、あんま汚すな。たまに校長が来たら面倒だろ」 「……?」 「なんだ。何かわかんねえことあんのか?」 「お前"ら"って?そういえば、同じ時期に実習生くるかもって言ってましたけど結局誰なんですか?」 「言ってなかったか?」 「聞いてないですよ。だって面接も授業指導も一人でしたし」 「お前より大学近いし、アイツよく学校来てるからなァ。こっちの都合いい時に終わらせたんだわ」 「はあ…」 「会ってくかー?今もたぶんいると思うけど」 まとめた書類と会議室の鍵を持った荒井先生の後ろをついていく。まだ実習用の上靴を用意してないから、脱げそうになるスリッパを何とかひっかけて歩いた。会議室を出て、渡り廊下を歩く。 「たぶんいる、って…実習もう始まってるんですか?」 「お前と同じ日だよ。ただ、部活の指導とか練習相手でちょくちょく来てんだわ」 「へー、じゃあ運動部か」 「お前と仲良かったかは知らないけど、女子はだいたいアイツ好きだったろ」 「はい?」 「オレもあれくらいモテててみたかったよ」 モテる運動部。それで想像するのは何人かの男の子たちだったけど、わたしとはそんなに接点ないだろうな。男子と話さないわけじゃなかったけど、仲良しな奴は実習なんてしてないし。数年前を思い返しながら先生の後ろを歩いていると、辿り着いたのは体育館。それも、わたしの学生生活であまり足を運んだことのない方の体育館だった。 「ここって…」 「おー、いたいた。」 「あっ、先生じゃないですかー!どうしたんです?休日なのに学校いるなんて珍しいですね?」 「……及川ァ?!」 「あっれー、もしかして吉川ちゃん?スーツなんか着て何してんの?」 「うそ。先生。冗談」 「片言じゃねえか。よう、及川。来週から二人で頑張れよー」 「エッ、もしかしてもう一人の子って吉川ちゃん?」 「先生!教育実習の期間変更願いって今から出せますか!」 「何それオレが嫌なの?!」 「却下。」 「そこを何とか!わたし女子高生に睨み殺されて事件起こしちゃうかもしれないです」 「吉川ちゃん被害妄想激しくない?ちょっとは及川さんの話聞いてよ!」 「なんだお前ら仲良しだなー」 「卒業以来会った事ないですけどね」 「電話したことあるけどね」 「え、ないよ」 「やっぱし覚えてないのか」 「いつ?!」 「さーあね!そいじゃ、可愛い後輩たちの練習見てあげなきゃだからまた来週〜」 ジャージを着た及川はうざったいくらいきれいにウインクを決めて体育館の中へ戻っていった。 「せんせ、」 「無理だ」 「まだ何も言ってないです!」 ←:→ |