18 「紗希乃ちゃん、顔!顔!」 「なにそれ嫌味?」 「ちっがうよ!顔が暗い!」 ほらほらほぐしてご覧よ、と徹くんがこれでもかとわたしの頬を引っ張る。よく伸びるわたしの頬でも限界はあるんだぞ!と、徹くんの腕から逃げる。会議室の机にべたーっと突っ伏した。 「なんか見たことないくらい落ち込んでるね」 「落ち込むというよりは緊張に押しつぶされそう」 「あぁ、そーいうことか」 そうなんです。教育実習は今日と明日でおしまい。ということは最後の大仕事が残ってる。最終日は明日だけど、今日の5限の授業で研究授業をすることになっていた。担当の先生の補助として授業を何度もやってはきたけど、これは全くの別物。色んな先生が見に来るし、大学の先生も何人か来るそうだしでわたしは緊張でいっぱいです。 「なんで徹くんはそんなに緊張しないんだよぉー」 「うーん。座学を回避できた分気は楽かな。ただ、本業のバレーじゃないから緊張はしてるよ」 「してないじゃん!めちゃくちゃ余裕たっぷり!」 「適度な緊張はある意味スパイスみたいなもんだよ紗希乃ちゃん」 「適度?!適度ってどれくらい?!」 「エッ。これっ、これくらい?」 「なにそれ何でそれくらいなのー」 「だって紗希乃ちゃんがどれくらいとか言うから!」 徹くんが長い手を両手いっぱいに広げてるのが面白くて笑える。適度って言ったのにそれじゃ多すぎやしないかい徹くんよ。めちゃくちゃガッツリ両手広げてんじゃん。 「まあ、マジな話さ。失敗の練習しとくのも手ではあるね」 「失敗の練習?」 「そう。誰だって成功したいし失敗したくないじゃん?うまくいくことの想像はしやすいけどさ、失敗は恥ずかしいからあんまりしたくない。でもさ、上手くいくことの方が少なかったりするわけ。試しにさ、明らかに緊張する状況を想像してみてよ」 「……胃が痛くなるんだけど」 「そりゃあね!その状況で成功できる気がする?」 「しないよ!だってものすっごい緊張してるもん!絶対にチョーク折る自信ある!そんで変なとこ飛ばしたり、きまずーい空気になる!」 「それそれ。頭が真っ白になって失敗する時のことを最初に想定しとくんだよ。できるだけいっぱい。何なら実際にチョーク折ってみるとか」 「……そっか。未体験の失敗よりも体験済みの失敗はすこし気が楽だわ」 「うん。やっちゃったなあ、くらいで収まるよ。それか、あーこれあのパターンのやつに近い…とか別パターンの方がえぐいからそれじゃなくてよかったーとかね」 「ほうほう」 失敗の練習かあ。うまーく話を誘導してくれる徹くんを見て気付く。あっ、これ体験談だ。きっとたくさん失敗してきたから、バレーが上手くなったんだね。最初から上手な人はもちろんいるだろうけど、徹くんはそうじゃなくって、ひとつひとつ積み重ねてここまで来たんだなあ。 「失敗だって何だって無駄なことはひとつもないんだね」 わたしの言葉に徹くんが目をぱちくり瞬かせた。それから口を開いて、慌てて自分の手で覆ってしまう。 「えっ、なに?!なになに?気になるんだけど!」 「イエなんでもないっす……!」 「んなわけあるかーい!明らかに何か言おうとしたじゃん?」 「したけど今は言わない!」 「なんで!」 「なんでも!」 走って逃げようとする徹くんのジャケットの裾をなんとか掴むけど、ジャケットを脱ごうとしてまで逃げようとする。なんでそんなに嫌がるの! 「わかった!言う!言うけど、今はちょっとしか言わない!」 「何さちょっとって!」 「言いたいこといっぱいあるけど、今じゃなくていいし、むしろオレ的には今じゃない方がいいし、後で言わせて欲しいこともあるんだよっ」 「ん〜〜〜めちゃくちゃ気になるけどそこまで必死に黙りたがるなら一応待っておいてあげよう……」 「ほんと?!」 「なんて言うと思った?はいはい、そのちょこっとを早く教えて下さーい」 「くっ、やっぱりマッキーと親友なだけあるよ紗希乃ちゃん……!」 それは褒め言葉かしら。なんておどけてみせたところで、徹くんはコホン、とわざとらしく咳払いした。すすす……と視線は横に逸らされる。あー、と言葉にならない声を出しながらぼそぼそと少しずつ話し出した。 「……無駄なことなんて紗希乃ちゃんのこれまでにもこれからにもひとつも無いからね」 「……それだけ?わたしがさっき言ったことじゃんね」 「だーかーらー!もしかすると紗希乃ちゃんが無駄だと思ってることとか思ってきたことが誰かを救ってるかもしれないし、誰かのためになってるかもしれないってこと!」 「……はい?」 「あーもう!オレちょっと体育教官室に忘れ物したからとってくる!またね!」 ←:→ |