徒野に咲く
  
むかしのはなしA

見知らぬ男子生徒へ出会い頭に「キラキラしてる」なんて頭の沸いた声をかけてしまった私は、固めた花壇をそのままに猛ダッシュで帰宅をキメていた。恥ずかしい恥ずかしい!口を開けたまま傍に置いていた通学バッグを土だらけの手で掴みながら帰ってきたものだから、"家"の皆が血相を変えて近寄ってきた。

「紗希乃ちゃん、大丈夫?!」
「何があったの?敵?!」
「や、違くって、そうじゃなくて」
「何かから逃げてきたんじゃないの?!」
「逃げ……逃げたね?そういえば……!」
「ほら!早いところ報告して警備をっ」
「しばらく出ちゃダメだよ紗希乃ちゃん!」
「待って待って皆!そうじゃない!男の子とちょっと、」
「……いじめられたの?」
「いや、声かけられてびっくりして尻もちついて逃げてきただけ」

急に張りつめていた空気がゆるむ。なんだ〜と脱力しているのは私の家であるこの児童養護施設の職員さんたちで、私の今の家族だった。腕を伸ばせる個性をもつ人が、文字通り手を伸ばして押そうとしているのは緊急通報システムとシールが張ってあるボタンだった。あのボタンを押したら最後、個性がワープの黒スーツたちが現れて、私は場所の知らないどこかに隠される……らしい。

よかったよかったと騒ぎが落ち着いていくのを見ながらふと思う。もしも、あの男の子が敵で、私は命からがら逃げてきた被害者だったとしたら。体育程度しか運動をしない、ちっぽけな体力しかない私の後なんて敵なら簡単についてこれる。それで、あのボタンで私は守られて、他の皆は……。

『守りに徹していてもいつか不都合が起きるだろう』

確かに、そうだ。

*

珍しく早起きをしなくちゃならなくなったのは昨日放置してきた花壇のせい。土を固めたままにしてしまったのを先生に知られたら、"上"に報告がいってしまう。極力伏せるように言われている個性を外で使ったと怒られるってわけ。知るかと思いつつ、生徒が学校へ集まってくる前に花壇の土を元通りにする必要がある。さすがにこんな時間にはあの男子生徒もいるはずがないよね。さっさと戻して図書室にでも行、

「よォ、昨日はよくも逃げてくれたなァ?」
「ひぃ!敵?!」
「ちっげーよ土女!」
「土ィ?」
「あァ?じゃあ石女か?」
「いし女は字面的に意味がよろしくないのでマジでやめた方が良いです……」
「字面……?」
「ググってください」

やっばい、昨日の男子が花壇脇にいる上に持ってるジャージバッグが先輩の色だった。ググれと言われた先にちゃんとググってくれたあたり悪い人じゃないんだろうけど、雰囲気がいかにも敵って感じがする。うわ、顔がグワッってなった!こわい!

「俺はそんなつもりで言ったんじゃねェ!!」
「あ、ハイ!すみませ、」

なんで私怒られてんの??急に来たのそっちだし、何なら昨日だけで終わってくれたらよかったのに日を跨いでまで何かすることある?

「名前は何だ」
「えっ、」
「お前の名前はなんだっつってんだよ!」
「2年5組吉川紗希乃です……」
「吉川。テメェの個性は何だ?」
「えっと、固いものを砕けます」
「……ハァ?」
「だから、固いものを粉々にできます」

こいつは馬鹿かと表情が物語っている。馬鹿でいいです。馬鹿でいいので、見逃してください後生なので。

「ここの土固めたのはテメェだろうが」

ばっちり見られてた。そりゃそうか。どうする?どーしよう。私が昨日カチコチにしてしまった場所を分かりやすくつま先でつついている敵顔の先輩からの圧が半端じゃない。

「もう一回聞く。お前の個性は?」
「……なんでそんなに知りたいんですか」
「アァ?」
「別に先輩に利益のあるような個性じゃないと思うんですけど」
「……なんで俺が利益欲しさに声かけたと思ってんだ?」
「ちがうんですか」
「ちげーよ。むしろ邪魔だから個性が何なのか聞いてんじゃねーか!」
「邪魔?!」
「俺はなァ、中学をでたら雄英に行って1ヒーローになんだよ。ライバルは少ないに越したことはねえ!」
「ヒーロー……敵じゃなくって?」
「よく言うじゃねぇかほぼ初対面なくせによォ……!」

どうみても敵の素質が十分すぎると思うんだけど自覚がないんだなこの先輩。校舎の方の人がすこしずつ増えてきた。ここで押し問答を繰り広げていても誰かにみられてそれこそ目立つ。極力隠せとは言われてるけど、見られてしまったのだから仕方ないか。

「他言したら、大変な目に合うかもしれないので言わないでくださいね」

昨日、キラキラしていると思った赤い目が丸く見開かれた。先輩の足元をわかりやすく指差した。それから、簡単に頭に思い浮かべる。さらさらと、つよい風が吹いたら飛ばされてしまうくらいの細かい粒子を。

「っ……土に戻った……?」

柔らかさを再び手に入れた土を、先輩はつま先で数回踏みしめた。

「私の個性は、鉱物の分解と構築です」

「悪いことを考えちゃう人たちからすれば、私は利益を生む便利な道具なので内緒ですよ」

むかしのはなしA



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