徒野に咲く
  
むかしのはなし

『紗希乃、触ってごらん』

こつこつ。ぺたぺた。

『きらきらしてる?』
『そうだね、キラキラしてる』

あかくてきらきらしてるかたまりがついたわっかをパパが上にもちあげた。

『綺麗だろう?これはね、ママにあげた最期の――……』

*

「聞いているか吉川紗希乃」
「……はい」

テーブル越しに向かい合うスーツを着た男が、苛立ったように指をテーブルに打ち付けている。木調のそれは軽い音をこつこつ立てるだけで、うるさいなあとしか思わなかった。

「今月は何回だ?」
「36回」
「……きっちり数える前に個性を使うのをやめなさい」
「全部ちゃんと報告してるのに」
「それが報告通りならな」
「報告するならお咎めなしだって前任の方は言ってましたよ」
「信用ならん」
「じゃあ、実際に個性使うのやめて報告数もゼロになったら信じてくれます?」
「……」
「ほら。どのみち使うんだろって信じてくれないもん」

雪が解けて、ちょっぴり肌寒いだけの春先。風が木々を揺らしていくのを閉め切った窓越しに眺めている。目の前の男の人は大きくため息を吐いた。小学生の頃は大人のため息にびくびく怯えていたけれど、今はそうでもない。この人たちのため息はただただ私が思い通りにならないことへの苛立ちでしかないから。

「内訳は?」
「分解31回の構築5回です」
「何を作った?」
「……炭素のかたまり」
「いつものダイヤモンドか!」
「あんなのダイヤなんて呼べないです」
「完成品はどうした?」
「いつも通り。バラして捨てました」
「誰かに渡したりしてないんだな?」
「だから、バラして捨てましたよ」
「……わかった信じよう。今日訪問した理由だが、新学期が始まってすぐに進路希望調査がある」
「もう決めてあるって言ってませんでしたっけ」
「あぁ。口裏合わせだ」

ぺらりと差し出された紙に書いてあるのは「雄英高校ヒーロー科」という文字だった。ヒーロー?ヒーローってあのヒーロー?頭の中を黄色い平和の象徴が駆け抜けていく。

「……は?」
「教員には吹聴しないよう我々公安から指示を出す予定だ。君も自分からヒーローを目指すとは言わないように」
「待って待ってまったく理解できないんですけど?!」
「君は来年中学校を卒業したら雄英高校のヒーロー科に推薦で入学する」
「今まで個性は極力隠すように言ってたのに!」
「守りに徹していてもいつか不都合が起きるだろう。君にはその片鱗がみえている」
「片鱗ってなに?」
「我々と君の間にルールを設けても、飛び出さない程度にグレーなラインに踏み込んでいくだろ?」

「だから、完全に正義側の人間で敵に手を貸すわけにはいかない環境に立たせるのが手っ取り早いわけだ」





学校の裏庭にある花壇。昨日、むしれるだけむしっておいたから、花壇の中は土と拾い損ねた草くらい。もうちょっと整備して、明日には花の種を撒くつもりだった。そこへ通りかかったらしいクラスメイトが近づいてきた。

「紗希乃ちゃんは今年も美化委員なの?」
「そうだよ〜お花すきだもん」
「大変じゃない?男子はみんな内申点目当てだから……」
「知ってる?美化委員で決められた役割こなすより、ときどきボランティアで花の手入れした方が内申点多いんだってさ」
「そうなの?!」
「そうそう。奉仕の心ってやつを先生は評価してるんだって」

なんだ〜と言いながら帰っていくクラスメイトを見送る。ぐるりと見渡して誰もいないのを確認してから花壇の中に手を突っ込んだ。コロコロと手に当たっている小石がサラサラ崩れていくイメージを思い浮かべながらゆっくり土をかき混ぜた。邪魔な石は崩してしまおう。表面に出てきた小石を摘んでは指先で崩す。いち、にい、さん。それから……、四分の一、だけ。指でざっくりと境界線をひいて、小さな区画を作る。表面を平坦に均してから両手を土の上に翳した。

「分解して、組む」

1回。パキパキと小気味いい音に合わせて、花壇の土が氷のように固まっていく。さらさらしていたそこがコンクリートのような硬さを保っていた。よし、この後はこの塊を良い配分になるまでバラして……

「オイ、何だその個性」
「えっ」

気付けば知らない男子生徒が私を見下ろしていた。逆光で顔が見えないし、問い詰めるような声色に驚いて尻もちをついてしまったのは仕方ない。私が後ろにひっくり返ったせいで陰に隠れた顔が見える。そして、それからのことも仕方なかったと思う。名前も知らない、突然現れた人の目がこんなにも綺麗だったら見とれてしまっても仕方ない。

「キラキラしてる……」
「あァ?!」

むかしのはなし



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