徒野に咲く
  
一人ぼっちではなかったね

「吉川ちゃんてさ、なんで爆豪じゃなくて轟んとこのサイドキックやってんの?」
「まぁ、流れで?」
「いや〜それにしても爆豪の指示でこんなにスムーズな連携とれんなら轟じゃなくて爆豪のサイドキックもアリじゃね?」
「ん〜。ナイですね!」
「ぎゃははは爆豪ふられてやんの!」

飲めや踊れや大騒ぎ。今回の任務のメインの3人は雄英時代の同期なものだから、仕事の後の食事会にかつての友人たちが参加するっていうのは理解できる。……にしても多すぎでしょ。さすがに全員とまではいかないけど、結構な大所帯で騒ぎに騒いでいる中、私は端の方でひたすらご飯を食べている。隣りにいてくれた社長はいつの間にか誰かに呼ばれて席を立ってしまったし、向かいに座ってた爆豪先輩はトイレに立ってからしばらく戻ってこない。気を遣ってくれたのか斜向かいに座ってた切島さんがたくさん話しかけてくれた。奢って貰えるとは言っても一部の人としか仲が良いわけでもないのでそこそこに肩身が狭い。

「でもさ、轟んとこに入ってから結構経つだろ?ゆくゆくは独立するんだろうけど、その前に移籍したりしねえの?」
「それは実際問題厳しいですねえ……」
「吉川ちゃんはよくやってるって轟……んとこの他のサイドキックがよく言ってるぜ?」
「そこは社長が褒めてたって言ってくれません〜?」
「だってよ、轟ィ。お前んとこのお嬢ちゃんが褒めて欲しいってごねてるぜ」
「?いつも褒めてるぞ」

キョトンとした顔を隠しもせずに帰ってきた社長は分厚い色紙の束を手にしている。きっと店員さんに捕まって持たされたやつだ。「全員のが欲しいんだと」あぁ、そういう……。流れるように渡されたけど、私が一番乗りで書くわけにもいかないよなあ。一枚につき2〜3人で書くとして、私は社長の端っこにお邪魔させてもらおう。

「ていうかそもそもの話なんですけど、今の事務所紹介してくれたのが爆豪先輩ですよ」
「そうなの?なんで?」
「なんでって……」

社長と私の他に誰かもう一人書いてくれたらちょうどよく納まって……あ、

「吉川さん、久しぶり」
「お久しぶりです緑谷さん」
「おー。お前らも知り合い?」
「轟くんの事務所と仕事をするときによく会うんだ。それと中学一緒だったしね」
「へ〜。てことは爆豪とも中学から知り合い?雄英からだと思ってたけど」
「一応そうですね。あんまり関わりはなかったですけど」
「えっ?でもさ、吉川さんってかっちゃんと……」
「オイ、後ろ詰まっとるだろーが」
「爆豪、そっちを通れば通れるぞ」
「わかってんだよんなことはよォ!」

ドン!とテーブルにジョッキが置かれる瞬間に、色紙に何か跳ねないよう慌てて持ち上げる。つくづく思うけど私の反射神経すごくない?置かれたジョッキにはウーロン茶が並々と注がれていた。お酒を飲まずに飲み会に参加する時の私のお供を連れてきてくれたのはブツブツ文句を言いながら戻ってきた爆豪先輩。その手にはビールの入ったジョッキがある。人にはお茶を飲めって言っといて自分はせっせと飲むんですかそうですか。まあ仕方ないんだけど。

「……ありがとうございまーす」
「ぎゃはは!全然ありがたがってねェ〜〜!」
「叩くんじゃねーよクソ髪ィ!」

叩き返しながら言うなとの意味も込めて爆豪先輩に色紙とペンを差し出すと、何も言わずに受け取って大人しくサインを書き始めた。

「2〜3人くらいで書けばいいと思うので爆豪先輩と切島さんが一緒に……って!そんなデカデカと書くのやめてくださいよ、ただでさえ長いんですから!」
「余白は十分あんだろーが」
「お前俺も一緒に書くって話聞いてた?俺のサイン豆粒みたくなるだろうが!」
「嫌なら新しいやつに書け」
「吉川、俺はどれに書けばいいんだ?」
「社長は緑谷さんと一緒にお願いします。私が最後に端っこへお邪魔するので〜」
「わかった」
「じゃあ吉川さんは切島くんと新しいのに書いたらどう?」
「でしたら切島さんと向こうのテーブルのどなたかがご一緒の方がいいかと。私は隅っこでいいです」
「……ん」
「え?これに書けってこと?ヤですよ、殺って書いてある色紙にサイン書きたくない」
「テッメェ!」

一人ぼっちではなかったね



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