徒野に咲く
  
むかしのはなしE

胃の中がぐるぐると混ざり合う感覚に耐えきれなくて、自然と地面に這いつくばっていた。情けないくらい吐いて全てを曝け出せば、今度は急にすっきりし始める。深く深呼吸をしてから顔を上げると目と鼻の先に意外な顔があった。

「お、案外元気」
「…………ホー、クス?」
「正解〜。いやいや嬉しいね〜、知ってくれてるとは」

有名人じゃん。今年のビルボードの上位確実って言われてるヒーローじゃん。何言ってんだこの人。ていうか私が吐いた胃液がすぐそこにある。何だか申し訳なくって、急いで上から被せて固めた。

「ふーん。物質の形状操作ってところ?」
「はあ」
「え、なに。ぶん回され過ぎて頭動いてない?大丈夫?」
「動いてます、けど、ここどこだかわかってます?」
「うん。公安本部の地下施設でしょ」
「ここ、秘匿制限かかってる場所なんですけど」
「知ってるよ。俺もあそこのワープの人に連れてきてもらっただけだし」
「……公安所属のプロって、ホークスだったの?」
「なんだ聞いてんだ色々」
「存在してるってことしか知りませんけど」
「俺も後輩が存在してるってことしか知らなかったけど、今日は本部にいるって聞いたからさ。噂の後輩を見てみようと思って」
「後輩って、」
「ハイハイ、おにーさんたち!この子ゲーゲー吐いて訓練続行不可能っぽいから一旦休憩しない?」
「そんな吐いてない!」
「いいからいいから」
「よくないー!」

ホークスの外面にいいように言い包められたスーツの男たちが、水の入ったペットボトルとタオルと氷嚢を持ってきた。この部屋から出ることは許されてないので、部屋の壁にもたれ掛かるように座った私の隣りで器用に羽を畳んだホークスがあぐらをかいていた。

「後輩っていうの、違うと思います」

頭の天辺が腫れてる気がする。氷嚢を乗っけながら隣にいるホークスに声をかけてみれば、きょとんとした顔がこちらを見ていた。

「どう違うって?」
「公安所属でプロヒーローをやってる誰かさんは、小さな頃から訓練を受けてたって聞いてます」
「うん。ゲロ吐く期間は中学生になる前くらいの年で卒業したよ」
「私、ヒーローを目指せって言われたの去年だし、訓練始まったのだって今年の年明けくらいなんです」
「君いくつ?」
「14です。次の春から雄英に行きます」
「へェ。ヒーロー科か」
「ヒーローになるべくして訓練を受けてきた貴方とは違って、私は監視の名目が割合高いので」
「……監視?君なんか悪いことしたの?」
「………」
「あ。言えない奴ね。秘匿義務ある系なら任せて〜俺も深堀りしないよ」
「深堀りしなくても調べたら出てきます」
「じゃあ、その程度なら監視って言っても悪い意味じゃないんじゃない?」
「え、」
「本当に悪いことをした人間にはさ、容赦なんて持ってないんだよここは」

ホークス!とスーツの男に呼ばれた彼は、わざとらしいくらいに肩を竦めてみせた。

「ま。ヒーローが暇を持て余す世の中にするのが俺の理想なので、君もその理想の中でヒーローになってることを願っておくとしようか」

むかしのはなしE



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