月夜の晩こそ

夜道に繰り出す

「打ち上げ参加飛び入りオッケーだけど吉川さんどう?」
「やめときます〜」
「なんで?用事ある?」
「まだ20歳じゃないからお酒飲めないですし〜」
「一次会は西館食堂で立食タイプの打ち上げだから、お酒とんなきゃいいよ」
「いま手持ちが、」
「そんなん上級生が出す出す。ね〜、2年の子の分誰か一緒に出そ〜」

1000円なら!とか1200!なんて競りみたいな掛け声が飛び交う烏合の衆に囲まれて二進も三進もいかない。誰か一人に金額を偏らせないところが手慣れてるじゃん先輩方……。あれよあれよ言う間に入学式実行委員会の打ち上げにまんまと参加させられていた。教授による形ばかりの乾杯の言葉を聞いてから、各々飲み物を手に自由にテーブルを移動して良いらしい。3000円の会費は何分割されたのかわからないけど、このあたりにいる先輩方が出してくれたんだそう。3000円くらい自分で出せるけど……とりあえず大人しくオレンジジュース飲んでおくか。当たり障りのない会話をしながら、適当に食べ物を摘んで一次会終わったら速攻帰ることを心に決めた。ブブブ、とポケットの中で振動してるスマホに気づいて取り出した。友達からの連絡と、メルマガ。それから……嵐山くんからメッセージが来ていた。

『もう帰ったか?』

嵐山准は流石有名人というだけあって人に囲まれ続けていたから遠巻きに位置は確認してたけど、今日は全く会話をしてない。昨日が喋りすぎたんだわきっと。まだいるよ、と簡単に返信をして隣りにいる4年生の話をフンフン聞き流す。よくある都市伝説的な授業の話だ。シチューのレシピ書いても単位を貰えた、だのテストの日だけ出れば単位が貰えるとかの類のそれ。そんなわけあるかと心の中で思いながら適当に相槌を打つ。そういや、さっきまで向こうの塊にいたのに今は姿がない。どこ行ったんだろ。

「吉川さん、吉川さん」
「あっ、らしやまくん……?!」

どこかなあ、なんて遠くを眺めていたところに後ろから嵐山くんの顔がひょっこり出てきた。驚いて叫ばなかっただけ褒めてほしい。整った顔が!真横に急に現れたんだから!

「驚かせて悪い、今ちょっといいだろうか」
「大丈夫だけど……」
「あれ〜吉川さん行っちゃうの?」
「えっと、」
「先輩方すみません。吉川さんにボーダー関係で予定がありまして」
「吉川さんもボーダーだったの?」
「いえ私は一般人ですよ」
「昨日、ボーダーの手伝いをしてもらったのでうちの上官がお礼をと」
「じょ、上官……?!」

辺りが少しざわついた。なんかボーダーのやばい人来てるらしい、とか偉い人にお礼を言われるってどんなことしたんだとか。ざわざわ聞こえる言葉は私の心を代弁しているかのようだった。昨日の私がしたことですか?嵐山くんと握手をしてポスター5本運びました。……上官なんて絶対嘘だ!

「俺のはもう支払ったので、吉川さんの分のお金置いていきますね」
「吉川さんのお金なら俺らで、」
「いえ!こちらの都合なので俺に払わせてください!」
「お、おう……」

4年の先輩相手に丁寧にお札を捩りこむ嵐山准という何ともレアリティの高そうな光景をまじまじと眺めた。足元に置いていた私のバッグを持つと、それじゃ行こうか!とそれはもう雑誌の表紙のような笑顔を振りまいている嵐山准に連れられて行く。みんな疑問符が浮かんでいるね。安心してください、私もついていけてない。西館の食堂は地下にあって、地上に上がるには結構廊下を歩く。ポツポツ通り過ぎる人へ爽やかに挨拶をする嵐山准の後ろをついていく謎の女になりつつある私……。建物から出ると、外はもう暗くって人気はごっそりなくなった。

「嵐山くん……」
「ん?上官って言うのはウソだぞ」
「そりゃそうだよ。ポスター5本運んだだけでそんな展開になったら驚き通り越してボーダーが心配になっちゃう」
「はは!でも、効果あっただろう?実際、上の立場の人はいるが上官なんて呼ばないしな。それっぽく言ったらそれ風に聞こえるし」
「嵐山くんが言ったら何でも本当に聞こえるよ」
「そうか?そうでもないぞ?」
「そうでもある……こともないね?実際私にバレバレなウソついたしね」
「吉川さんには俺がウソをつく可能性があるということがバレたわけだ」
「これは用心しておかないと騙されてしまうかも」
「そこまで警戒する必要はないよ」

はは、と笑う嵐山くんの後ろに月が見えた。あの日も、今日も、相変わらず月明かりを背負ってる。

「お酒も飲めないし、知り合いもそこまでいなくて実はあんまり参加する気がなかったんだ」
「私も参加予定じゃなかったよ」
「うん。悩んでたけど、吉川さんが行くみたいだから一次会くらいならと思って参加してみた」
「……その割にまあまあ早い段階で抜け出したね?」
「あれだけ人がいたら色々と不便だったからさ」
「まあ……動くのもなかなか大変そうだったしねぇ」
「あぁ。大変だったよ」
「そういえばお金!私払うよ。持ってないわけじゃないの。迷ってるうちに出してくれることになっちゃってただけで……」

私のバッグを持っている嵐山くんが、軽々とそれを高いところに持ち上げてニコニコ笑っている。女性誌の表紙と見間違ってもおかしくない絵面だった。届くわけない高さにあるバッグに手を伸ばしたところで意味はない。

「バッグ返してくれる?」
「いいぞ」

はい。とすぐに返された。……なんで一回取り上げた?意味あった?からかうにしてももっと上手く……

「お金はいらないから一緒にご飯でも行かないか?」
「あ、うん。いいけど。………んん?ご飯?」
「よかった!あんまり食べられなかったからお腹空いてるだろう?」
「えっ、待って。2人でご飯行くの?」
「そうだけど」

イヤか?と聞いてくる嵐山准にデジャヴ。イヤというか、昨日友達になったばっかで……いや、でも友達だしな。別にいいのか。首を振って嫌じゃないことを伝えたら、バッグがまたするりと持って行かれる。

「ああ、バッグ!」
「いわゆる人質ってやつだな」
「別にイヤだって言ってないよ」
「戦術のひとつってことさ」
「せんじゅつ……」

行こう、と攫われたのは私の右手。バッグだけじゃ飽き足らず、二日連続で嵐山くんのいいようにされている私の右手は果報者と呼ぶべきかただの間抜けと呼ぶべきか……。

「どこに行きたい?」
「……焼肉食べる?」
「焼肉好きなのか?」
「いや、昨日やけに肉肉言ってたから」
「はは。あれは俺の友達にふざけて肉を奢れって言う流れにしてただけだよ」
「なんだ、フリってやつね」
「まぁ、吉川さんに免じて焼肉は回避かな」
「えっ、なんで……?」
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