辻風

茹だる季節に根差す黒@

夏は嫌い。いやな思い出ばかりで、特有のしつこい暑さが喉元を圧迫してくるから。

「きっと無いだろうけど、聞いてもいいかな」

夏は嫌い。いい思い出ばかり邪魔されて、忘れられない悲しさを持ってくるから。

「悟じゃなくて、私と一緒に来る気はないかい」

出会いに別れは付き物だとわかってはいる。わかっていても、受け入れられるかはまた別な話だ。





「紗希乃は硝子と留守番ね」
「留守番って言ってもこのあと普通に任務はあるんだけど……」
「そういえば1年生は埼玉で任務だって私も聞いているよ」
「げ。マジ?」
「数はまあまあいそうだけど2級相当らしいから、1年だけなんだって」
「じゃあ留守番は硝子だけかよ」
「みんな労働ガンバレ」
「硝子先輩も私たちと行きましょうよ〜」
「紗希乃が怪我しなかったら行き損でしょ」
「七海も灰原も怪我するかもしれないじゃないですか」
「紗希乃よりは確率低めじゃね?」
「上級の呪霊に当たらない限り2人は大丈夫だろうね」

前よりも呪力のコントロールはできるようになったのに、フィジカルやら何やらで皆よりも劣っている私は東京校の中でも落ちこぼれ。1年の中でも七海と灰原に比べたらお荷物に近い。

「2級だったら呪力込めまくって潰してやるもん」
「すげぇ脳筋技じゃん」

悟と傑先輩の二人が夜蛾先生から請け負った任務はちょっと厄介らしくって、もしかすると日をまたいでの任務になるかもしれないとのことだった。いくら厄介とは言ったってこの二人だもん、何だかんだとすんなりこなしてしまうんだろうな。

「相手を見誤ってお土産渡しただけにならないようにね」
「はーい、傑先輩もお気をつけて」
「俺は〜?俺には何もないの?」
「はいはい。いってらっしゃい、はやく帰ってきてね」

*

いる意味がない。帳の中で、目当ての呪霊を目指して進んでいく七海と灰原を見送りながらそう思う。呪力譲渡をしようにも七海にはきっぱり断られたし、灰原もやんわり遠慮してきた。言い方ってものがあるんだよ、と七海に言ってみても「自分の実力を見誤りかねないでしょう」と正論を言われた。正論は嫌い。悟は私のことを正論好きな人間だと言うけど実際そんなことはない。都合のいい時に都合のいい立場になってるだけなんだよな。悟には私の力はいらないし、傑先輩も必要としてなくて、硝子先輩もそんなところ。たまに譲渡するのは七海と灰原、それから任務で一緒になる他の術師。無機質な呪具に込めるのと、生きている人間に渡すのとでは感覚がどうにも違ってしまって微調整がうまくいかないこともあった。だから七海とかは嫌がるんだけど。

「……お前、逃げてきたの?」

小さな呪霊がふよふよとこちらに向かってきた。ブツブツ何かを呟いている黒い鳥は、不規則な動線で進んでくる。こういう時はまず、相手と距離をとる。あらかじめ用意していた槍に似た呪具を振りかざして、突っ込んできた鳥を斬り捨てた。スパン、と小気味よく裂けたそれは、空気に溶けて消えていく。私でも余裕ってことは相当な雑魚だ。遠くから灰原が手を振りながら走ってくるのが見えた。

「おーい!吉川!大丈夫だった?!」
「問題なし〜」
「ごめんごめん。2匹取りこぼしたんだ」
「2匹?」

おかしいな、1匹しか見てない。ふと振り向いた先に広がっていたのは黒。まさかの2匹目が私に向かって勢いよく距離を詰めていた。思わず無意識に手を伸ばしてしまい、じくり、とした痛みが手から肩にかけて走った。文句を言う間もなくボコボコと膨張した体躯が弾けとんで姿を失くしてる。悟に冗談めかしく言っていた”潰してやる”状況のそのまんまになっちゃったな。痛い!と半ばキレそうになってたのは認めよう。何にも考えず反射で手を出してしまったのも悪いね。ただ、一番悪いのは私じゃなくて呪霊のほう。

「そんな人を殺しそうな目で見ないでよ七海」
「呆れているだけですが」
「応急処置しないと!」

ハンカチで私の左手を包んでくれる灰原にされるがままになる。どのみち任務は終了だし高専に帰って硝子先輩に治してもらうのが一番手っ取り早い。硝子先輩は反転術式の精度を高める練習をしているから練習台に私はもってこいだと思う。さっきの呪霊が本当の本当に最後だったから、さっさと帰ろうと車に乗り込んだ。

「……沖縄?」

高専に戻って硝子先輩から治療を受けている最中だった。夜蛾先生が現れて、念のために硝子先輩に身体を診てもらう予定で待機していた七海と灰原を呼び出して連れて行った。それから帰ってきたら沖縄。明日の朝イチで沖縄に行くって言いだした。

「なんで二人だけなの?!」
「いざとなったら空港を閉鎖して星漿体を護衛するらしいんだよ」
「1年に務まる仕事じゃない……」
「でも悟も傑先輩も同行してるっていうなら、そんな万が一のこと起きないんじゃないのかな」
「その2人が言い出したそうですが」
「……七海と灰原にお願いするって2人が決めたの?」
「うん。吉川は行かないのか夜蛾先生に聞いたんだけど、五条さんが絶対に連れてくるなって言ってたって」
「……じゃあ行かない」
「元々行けませんよ」
「うるさいなぁ!行きたいのに行けないっていうのと、行かないっていう心持ちじゃ気分が違うの!」
「五条さんが駄目だと言ったから通りにすると」
「私をさっさと助けて守る方が楽だっていう悟が来るなっていうってことは、そういうことでしょ」

簡単に守れる環境なら悟はわざわざ2人を指名しないで任務を依頼するし、私が来ないように根回したりしない。彼は強いから、負けるなんてことは想像ができないけど、苦戦しないとは限らない。なんてったって星漿体の護衛だもの。星漿体がどんなものかなんて私は理解しきれてないけど、護衛が難しい状況にいることは違いなさそう。

「余計に1年に務まる任務じゃない気しかしない……」
「二人とも頑張ってきてね。それでお土産待ってるよ」
「しっかり頑張って来るよ!」

こればっかりはしょうがない。護衛任務が落ち着いてからでもいいから悟に沖縄に行きたいって言ってみようか。きっと休みなんてとれなくて何だかんだといけないのだけど、希望くらいは言ってみてもいいかもしれない。はやく帰って来ないかなあ、なんて私の呟きは窓から入り込むうるさい蝉の鳴き声にかき消されていった。
 

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