辻風

01.とある老婆は回顧する

えぇ、あの時のことは大変よく覚えておりますよ。なにせ衝撃が走ったなんてものじゃ済みませんとも。五条のお家に子ができた、ただそれだけで呪術師界隈は五条家を睨みつけるように皆見つめておりましたから。我が血筋が御三家仕えの産婆を務めて幾百年。本腹であろうが妾腹であろうが、必ず我々の血を引く誰かが取り上げて参りました。かく言う私も禪院家の子を取り上げたことがございます。呪力を持たぬ、元気な子でした。……――天与呪縛。ご存知の通り、生まれながらにして肉体に強制された縛りのことでございます。彼は例外ではありますが、私共が取り上げるのは御三家の子ですから、良くも悪くも生まれながらにして強い呪力を保持している場合がありました。呪力がただの塊だったとしても上手く操れなければ、下手を踏むと母体も子も、果ては周囲の人間も命を落とす可能性も否めません。その中でも特に五条家のお産には恐れが付き纏いました。五条の術式は受け継がれこそしても肝心の"六眼"がなくては話になりません。術式と六眼を併せ持つ子は何百年もこの世に生まれておらず、これから先に生まれてくる確証があるわけでもない。しかしながら、五条の血を持つ子が宿ったことがわかったその時、皆考えがよぎっててしまうのです。その子供が六眼持ちなのではないだろうかと。実際に五条の血を引く子を何人か取り上げましたが、産声を上げ、開眼した様を見て悔しがる五条家の人々の顔が忘れられません。また生まれなかったのかという落胆した心と、六眼など夢物語に過ぎないのではないかという疑いの心が入り混じり、人とは思えぬ人相をしておりました。五条も周囲も、幻にも似た力に翻弄されているのです。いっそ期待するのを止めてしまえばよいのだと外の人間は思います。ただ、中の人間である五条家はそうも言えぬのです。六眼さえ手に入れば呪術師界では五条家の天下ともいえるでしょう。此度もまたあのような"祭り"を繰り広げてゆくのだろう。内心そんなことを思いながら、五条の子を取り上げる今回の大役を務めた姉に同伴したことを覚えております。何百年の悲願と数多の畏怖を向けられた母体は非常に可哀そうでしたが、生まれたばかりの子を目にした時の安堵した顔と言ったら……。あれは、安産だったことに勝るほど一族の本懐を遂げたことへの喜びに満ち溢れていました。あの子は開眼する前から他と違っていました。開眼したらそれこそ大騒ぎ。今しがた生まれたばかりだというのに喜びよりも畏怖の念が先に立つのです。これが知恵を得て意思を持つようになったならばどうなるのだろう。恐れと期待が同時に訪れたのは私だけではないはず。そうです、六眼を持つ子……五条悟が生まれたあの日は誰しも忘れ得ぬ日となったことでしょう。
 

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