はつすずめ

「絶対にぜーったいにメールに返事してくださいね!」
「するよ。でもまあ、生活サイクルも変わるしすぐにとはいかないけどね」
「なあなあ吉川、それつっこんでいーのか?めっちゃ目腫れてるけど」
「吉田それマズいって!」
「止めるの遅いよササヤンくん。まあ、いーんだけどさ」
「お姉さまを泣かせるやつなんて伊代が許しませんよ!どこの野郎ですかお姉さま!」

どこの野郎ってあなたの兄だよ伊代ちゃん。憤ってる伊代ちゃんの台詞にわたしたちはしらーっと聞こえないふり。別にね、賢二くんだよって言ったっていいんだけども、きっと今の伊代ちゃんに言っても中途半端にしか受け取ってもらえないだろうから今は内緒。……それにしても、お見送りしてくれなくてもいいとは言った手前、目の前に並んでいる面々から欠けたあの子を思い返すと何だか寂しい。一方的にライバル視していたくせにに何て奴だ。なんて自分に思ったところで、わたしの考えはバレバレだったみたい。ササヤンくんが苦笑いしながら携帯を軽く振った。

「珍しいことにあの水谷さんが寝坊したんだってさ」
「えっ、水谷さんが?」
「ケータイにかけても出ねーからシズクん家にかけたら弟がまだ寝てるって!」
「そこですぐに起こすように言わないハルくんもいけないんですよっ!」
「あ?だってあの時間に起きても間に合わねーだろ。いくらもっさいシズクにだって準備する時間は必要だぞ」
「そうですよあさ子先輩!」
「吉田くんは水谷さんのこともっさいって思いすぎじゃないかな?」
「それ込みでシズクが良いからいいんだ!」
「ああ、そう…」

ただアテられただけだったよわたし。保安検査所に人が次々と集まってくる。あと少しで搭乗の時間だしね。年末で旅行にでも行くのか、集まった人たちは意外と日本人が多かった。がやがやと賑わう中、凛としたアナウンスがスピーカーから聞こえる。ああ、もう行かなきゃ。

「それじゃ、他のみんなによろしくね」

ちゃんと笑えてるかな。吉田くんに言われた通り、目が腫れてることなんて自覚済み。きっと隣りの座席に座った人は気まずそうにわたしを見るんだろうな。まあしょうがないよね。作られていた列はぐんぐんと吸い込まれていって、わたしもそろそろ行こうとみんなに背を向けると、後ろからひっくり返ったような甲高い声が飛んできた。

「吉川ひゃんっ!」
「み、水谷さん……?!」
「ひゃんってなんだシズク。ひゃんって」
「うううるさい!走って、疲れたんだから仕方がないっ!」
「ミッティ間に合うなんて思ってませんでしたよ〜っ!」
「水谷さん走るの遅いのによく来れたね」
「佐々原先輩なにげにヒドイですよ」

いつもと違っておろしたままの髪の毛がぼさぼさになるくらい走ってきた水谷さんは、息を切らしながらわたしに近づいてきた。

「来てくれてありがとう水谷さん」
「間に合ってよかった……」
「珍しいね、寝坊なんて」
「考え事をしてたの。答えはちゃんと出なかったけど」
「水谷さんでもそんなことあるんだ」
「うん。たくさん悩む。吉川さんもあるでしょう?」
「そうだね。いっぱい悩んできたし、きっとこれからもそうなんだと思う」
「そういうところはたぶん、一緒だ。わたしたちだけじゃなくてきっとみんなそうなんだと思う」
「水谷さん……?」
「だから、似てるとか似てないとか、きっとどうでもいい。というか、こういうこと言いに来たんじゃなくて、そうじゃなくて」
「もう時間やべーだろ吉川。シズク、もっと簡単に言えばいーんだよ」
「っ、が、がんばって吉川さん!わたしも頑張るから」
「はは、こっちにいる水谷さんに負けないように頑張んなくちゃね」
「帰ってきた時のテスト、負けないようにする。とくに英語」
「うん。今度は余裕で勝てるくらいに勉強してくるよ。……ありがとう水谷さん」
「こっちこそありがとう吉川さん。また、半年後に」
「うん。元気でね、みんなも!」

水谷さんが羨ましかったこととか。いろんなことが頭を巡る。今日はたくさん背中を押してもらった。これから大変なことがあると思うけど、こんなに精一杯背中を押して貰っちゃったんじゃ、ちょっとやそっとじゃくじけてられないね。そう。くじけるのはおしまいだ。賢二くんとも仲直りしたんだし、もうくじけないんだ。みんなの方を最後に振り返った時、ぶわっと込み上げてきて何も言えずに手を振るだけになったけど、しょうがない。口を開いたら、たぶん止まらなくなっちゃうもん。たった半年だって大人は言うかもしれない。おばあちゃんだってママやパパだって、「半年行くだけ」って言ってた。たったそれだけなのかもしれないけど、それでもまだ今のわたしには勇気が必要なんだ。やっぱり寂しい、不安だ。口にしたら止まらなくなりそうな思いがぐるぐると回っていく。保安検査場のゲートを通り抜け、アナウンスの流れている搭乗口を目指して走る。息も切れ切れで搭乗口付近まで来たとき、スマホが何度か振動した。開いて現れたメールたちに、ほっと息が出る。大丈夫。すぐ側にはいないけど、ちゃんとみんないてくれる。

「ありがとう、行ってきます」

聞こえるはずなんかないけど、小さくつぶやいて、わたしは日本を飛び立った。



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