春べを手折れば

未来の岐路はもう僅か

「お前のお仲間が殺しあってるらしいぞ。意外とゴタゴタしてるんだな」
「……だまれ!!」

わざと煽るように目の前にいる捕虜候補へと声をかける。ここまできたら捕虜になる可能性は9割ほど固まってきている。のこりの1割は不測の事態が起きたらくらい。この人型をいかに足止めするかによって未来は大分変わる。メガネくんの生存率然り、ボーダーの被害、それから……。

『ごめんね、迅さん。紗希乃さん周辺の情報はまだ本部から掴めてない』

本部内の状況を風間隊の三上を通してこっちに流してくれていた宇佐美が申し訳なさそうに呟いた。仕入れた情報は、本部に侵入してきた人型を通信室で迎撃したこと。そして、その人型が通信室を抜けてその先へ侵攻してしまっていること。そもそもベイルアウトしたことには気づいてた。

「……わかり次第でいいよ。情報次第でこっちの動きが変わるかもしれないから。それよりも京介たちの支援を頼む」
『了解!』

紗希乃が人型と対峙していると情報が入ったとき。紗希乃がベイルアウトした直後。本来ならそれらのアクションの影響で何かしら未来が変わってもおかしくなかったのに、細かな違いを除いて大筋は変わっていなかった。……紗希乃と接触して未来があやふやになってしまった通信室の人たちの未来は大きく変わっていたのかもしれないけど。

「おっ。何かやったな京介。未来がまた動いたぞ」

少しでも何か違ったことをしたら未来は動く。良い方にも悪い方にも転がり始める。それが何も変わらなかったというのなら、はじめからそうなる道を選んでしまっていたというわけで。未来が曖昧にしか見えないのは通信室の人たちだけ。紗希乃がベイルアウトしたのは通信室周辺だったと宇佐美が言ってた。物理的被害が通信室だけで済んでいれば、おれに連絡する手段が今んとこないだけで紗希乃は無事だろう。ただ……すぐそこにあるんだよ。紗希乃の部屋が。ベイルアウトして生身に戻ってしまうその場所が目と鼻の先だった。未来は視えない。ただの予感。その、いやな予感が胃の底から喉元へと手を伸ばす。

選んだのはおれだろう。

そうだ。自分で選んだ。メガネくんが死ぬ最悪の未来に辿り着かないために、ボーダーが生き残るために選んだんだ。少しでも被害が少なくて、マシな未来を。

*

「風間隊、その人型の所持品を調べた後に通信室の被害者の捜索。諏訪隊はそれの補助を行え。私は指揮に戻る」

テレビドラマで見にするような、いかにも殺されましたっていう惨状の死体を慣れたように弄る風間隊の2人を間抜けにも俺はただ見下ろしていた。訓練室で人型を相手に時間稼ぎをした結果、本部長と風間隊と協力して相手を追い詰めた。トリオン供給器官は破壊できて、いざ捕虜にしようとしたところで突如現れた仲間に簡単に殺されちまった。

「発信機はさっきのひとつだけみたいだな」

血塗れの何かを手にした歌川がバタバタと駆けてくる救護班から受け取った白い布でそれを拭っている。

「それを座標にワープしてくるなら下手に動かせなくない?」
「確かに。上の判断を仰ごう」
「あ。諏訪さん、そいつ担架に乗せるの手伝って」
「……おう」

トリオン体だからわからねぇけど、きっとまだ温度の残っている塊に手を伸ばした時だった。救護班の中に混ざった、小さな頭が目に付いた。

「風間さん!生身なんですからこっちに来ないでくださいよ。敵のワープ座標もここにあるし、汚れますよ」
「発信機は開発に渡すように本部長から指示を受けた。その死体は"角だけ取って"残りは救護班に任せていい。それから全員通信室の生存者の捜索に手を貸せ」
「うえ〜どのみち血塗れ」
「角も開発に渡しますか?」
「ああ。菊地原は先に行け。息のある者を見つけてこい」
「警察犬じゃないのになぁ」

手を軽く振って、滴る血を落としている菊地原がこちらをちらりと見た。それから小さくため息を吐いている。その横で歌川は迷うことなく人型の角に手をかけた。

「諏訪さん、瓦礫避けたりするのに人手いるんで来てもらえます?」
「……あぁ」





遠目に視界に入るだけでも悲惨な状況の廊下を菊地原と駆ける。開発の入口を通り抜けたところで、思いもよらない姿を目にして思わず咥えていた煙草を落とした。

「雷蔵……随分と懐かしいモン持ってんじゃねぇか」
「いいところに来た」
「救護班は?いないの?」
「通信室の方に固まってる」
「無事な人は皆もう逃げれたでしょ。急を要するのは結局こっちだけじゃん」
「おいおい、俺を置いて話すな」

3年前までは見慣れた姿…あの頃はもっと細かったけど。その、孤月を手にした雷蔵が廊下に立っていた。刀身を鞘に仕舞いながら、雷蔵がぽつりと呟いた。

「吉川が中にいる」

扉は開かない。何故か指紋認証だったそれも、ズタズタに崩れて瓦礫のように埋まっている。雷蔵はそれで孤月を使って穴を作ろうとしていたわけだ。

「いやいや弧月弧月。そっちのほうが開けやすいでしょ」
「吉川がどこに転がってるかわかんない以上怖いだろ」
「ここの直線上にいるよ。まだ息してる」

まだ息してる。
菊地原の言い方からして吉川の容体がよくないことは簡単に分かった。キューブになっていた間の出来事は覚えていない。ただ、俺らがあの人型と対峙する前に時間を稼いでいたのは吉川だ。

「……その直線上じゃなかったら俺が人殺しになるんだから責任持てよ、菊地原ァ」
「やだなぁ、そういうの」

銃を構えて、崩れた壁の中でも比較的歪みの少ないところを丸くくりぬく様に弾を撃ち込む。まだ息をしている。そのことが胸の奥につっかえているような気持ちを拭い去るようにひたすら弾を繰り出した。いつも誰かを撃っている。いつも誰かに切られている。いつも誰かと戦っている。ただそれは仮想空間での話。突き詰めれば命のやりとりをしていることはこんな俺でもわかっていた。ただ、実際に命の扱いを自然に行っている風間隊をまざまざと目にして、俺は少し腰が引けてしまった。経験不足だって?そりゃそうだ。俺は遠征組じゃねぇからな。

「おら、よっ!」

弾で丸く切り取った壁の中心を蹴り飛ばす。すぐさま中に入っていった菊地原を追って、穴の中に頭から入り込んだ。端的に言うと酷い有様だった。部屋の中はぐちゃぐちゃで、奥にあるだろう倉庫の方や天井から壁が崩れて雪崩を起こしている。この中にいるって、一体どこに……。

「そこの瓦礫の下」

迷うことなく突き進む菊地原の指差した先には足が見えた。前に焼肉を奢った時に履いていた、靴と一緒だった。血とか、死体とか気持ち悪い。それが知ってる人間だと余計に胸糞悪かった。廊下にいる雷蔵も呼んで、瓦礫をどかす。パズルみたいに組み上がったそれは、簡単に払うことができなくて苛立ちと焦りだけ落としてく。ゴホゴホとせき込む声がして振り向くと、救護班を引き連れて風間が中に入って来ていた。宙に舞うほこりを吸ってせき込んでいたらしい。

「足の周りから動かすな。下手すると瓦礫が動いて頭が潰れる」
「それはもう死んでんじゃねーか」
「だから慎重に動かせって言っているだろう」
「息は?」
「してますよ。脈はやいですけど」

例のトリオンモンスターを連れてきて、上の瓦礫を一気に撃ち払うのが手っ取り早い。そんなことできやしないのがわかっていながら瓦礫に手を伸ばす。一番大きな塊にようやく辿り着いた時、菊地原の顔がひと際険しくなった。ふと足元の色に目が縫い留められる。黒っぽくなったその液体は、明らかに……

「音が変」

トリオン体でも簡単に持ち上がらず、苦肉の策で隙間からシールドを差し込んで上でカチ割ることにした。雷蔵と2人で吉川の足元からシールドを展開する。スコーピオンで、できるだけ細かくなるように素早く菊地原が斬撃を繰り出した。派手な音をたてて、ザラザラと流れていく細かい瓦礫がシールド上に散らばった。それをかき分けるように払うと全容が姿を現す。あぁ、ほんと。胸糞悪ィ。

「救護班!」

至る所が赤黒く染まっているのに、ただ眠ってるみたいな顔して吉川はそこにいた。やめろよ、そういう漫画も小説も今どき流行ってねーんだからよ。迅のやつになんて説明すりゃいいんだよ馬鹿娘。

未来の岐路はもう僅か


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