春べを手折れば

最善の未来を指折り数えた

「人型ネイバー4人確認。角付きが3人、角無しが1人。角付きの内1人が黒トリガーの模様」

玉狛勢に2人、東さんのところに1人、風間隊に1人……。風間隊のとこにいるのは黒トリガーだ。悠一の言う、"一気にベイルアウトする"のがどこかによって今後の戦況が大きく変わるぞこれは……。

『おれは遊真と合流するつもり。ひとまず人型をできるだけ足止めさせたい』
「新型の投入頻度も落ちてないから、新型を潰せる相手の足止めをしに来てる可能性あるね」
『向こうさんは足止めだけじゃないだろうけどな。足止め要員に動かせそうな隊員見つけたら人型の方に誘導してくれ。数を集めるんだ』
「了解」

悠一と会話をしているこの僅かな時間の中ですでに茶野隊の2人がベイルアウトした。探知レーダーの端に並ぶ、戦闘に参加している隊員の一覧から次々と隊員の名前が消えていった。……荒船隊も2人ベイルアウトしてる。かと思えば風間隊も黒トリガーに押されているし、玉狛も分断され始めてる。あっちもこっちも展開が早くて視ていても頭が追い付かない。

『吉川。こっちを視れるか』
「視てる視てる。全部の人型視て頭パンクしそう」

風間さんからの通信に返事をしながら、東さん周辺にいる隊員の位置情報を確認する。風間隊も視ているけど、A級だし、舞台は揃っているし、あっちを優先することにした。

『黒トリガーの攻撃の予測はできそうか』
「……視たところあんまり。菊地原くんの耳で今のところ避けれてるみたいだけど……?」
『音以外の情報も欲しい』
「強いて言うなら最初の地面から出てきた攻撃が色違い新型の攻撃に似てるくらい」
『その新型の攻撃の特徴は?』
「地面や瓦礫から突起物を出すことができる」
『物を介して発動……そしてこの音……やはり液体化か』
「液体?」

液体化。風間さんの言葉を聞いて、改めてそっちを視る。人型ネイバーの身体がゆらゆら揺らめいているのが液体化しているからってことなのかな。私の現在視では音は拾えないから、菊地原くんの耳とリンクした風間さんが何の音を聞いてるのかさっぱりだけど、液体化しているかもしれないという情報は手に入れた。次はこっちだ。


「由宇ちゃん聞こえる〜?」
『聞こえてますよ〜。太刀川さん?』
「ううん。太刀川さんは新型退治でしょ?」
『今のところは。どっかに派遣するのかなって』
「するなら本部から指令がでるよ。それより、出水くんってどこかの隊員と合流できそうかな」

レーダーももちろん見てはいるけれど、視覚的に忙しくて一人ひとり確認している時間が惜しかった。東部に増えてきた新型の区別もある。この辺一気に天羽君にまっさらにしてほしいけど、彼の方にもまばらだけどまだトリオン兵がいる。それに本部は許してくれないだろう。

『今の位置だと緑川くんとかとできそうかなぁ』
「もう一声!」
『学校から来たんなら米屋くんとかもいそう〜』
「その辺まとまっておくように言っといて!」
『イエッサ〜。他と一緒に戦うの?』
「たぶんね」
『はーい。とりあえず合流を優先させますね〜』
「ありがとう!人型相手の数勝負になるだろうからお願いね」
『頑張りまーす!』

その時だった。黒トリガーの頭を落とした風間さんが視界に入る。呆気なく落ちた頭部は引っ張られるように本体に戻っていく様子を視て、やっぱり黒トリガーは一筋縄ではいかないのかと思った。そんな矢先のこと、風間さんが黒い液体を吐き出した。それから間もなく、風間さんの"胸の中から"黒く尖った突起が身体を破るように表に現れた。

「風間さんがベイルアウト……?!」

一気にベイルアウトするっていう中に風間さんが入ってるなんて思うわけがないじゃない。A級の風間さんがベイルアウトした瞬間に、各地にいる隊員の表情が一気に険しくなる。人型の2人は玉狛で、1人は合同部隊……。風間さんが欠けた風間隊の2人だけで黒トリガーに対戦するのは分が悪い。2人が戦線を離脱すると共にフリーになった黒トリガーの捕捉をしよう、そう思ったところで敵の姿が大きく揺れる。ゆらゆらと水に溶けるように、さらさらと崩れるように、黒い角を持った人型ネイバーは姿を消した。

「消えた……?!」

瞬間移動じゃない。あれはそんな消え方じゃなかった。だけど、奴はどこへ?例えば奴が液体になれるとしても、それのトリオンの反応が消えるわけじゃない。だったら私にも視えるはずだった。なのに、姿が視えない。姿が視えない相手が視える時にはその景色が視える。風間隊のカメレオンなんかいい例だ。彼らがカメレオンで潜んでいる場所が視界に入ってくる。それと同様なのだとしたら、同じように出現場所を絞れるはずだった。なのに、見つからない!次々割り込んでくる映像は市街地にいる新型たち、それから応戦している隊員たち、ただの塊になったトリオン兵だけの映る場所も視えるけれど、それは視認しやすくするためにトリオン片を埋め込んでいるからだし、

「黒トリガーが姿を消しました」
『位置の捕捉は?』
「……できていません」
『わかった。黒トリガーがフリーになっていることを情報共有しよう』

どこにいる?はやく見つけないと、悠一の言ってた一気にベイルアウトするっていう流れがまだ終わってないかもしれない。今の戦力からもっと減ってしまえばあの人型たちに対抗できる人員が減ってしまう。

"『メガネくん死ぬかも』"

前に聞いた、悠一の言葉が頭の中を揺らす。まだ誰も命に関わるような怪我をしていないけれど、戦いは始まったばかりだけど、嫌な予感が胸を埋め尽くした。

*

『遊真と合流できたよ』
「……うん、後はスムーズにメガネくんたちと合流できたらいいけど……」
『どうした?』
「さっきの、風間隊と戦った黒トリガーの捕捉に失敗しちゃった」
『成程。こっちに来てもおかしくないな』
「そういうこと。いま探してるけど見つからない。姿が消せるみたいなんだけど、どういう仕組みで消せるのかがわからなくて見つけられてない」
『これだけトリオン兵が溢れてるんだ、無闇に探したって見つかりっこないでしょ』
「そうなんだけど、」
『ほら、ついさっき人型が1体減ったよ』
「えっ、ウソ!」
『ほんとほんと。視てみ、たぶん出水たちの方だ』

ゲートのような穴に人型が1人戻っていくのが視えた。戦闘時の服装よりも軽装なところをみるとどうやら生身らしい。私が意地になって黒トリガーを探し回っている間に合同部隊が撃破していたわけだ。黒トリガーを逃したことも、周りが見えなくなっていたことも恥ずかしくて悔しい。

『大丈夫だよ。これでいくらか楽になった』

すこし安心したような悠一の声にすこしほっとしていた。私も、私ができることをやらなくちゃ。

『紗希乃はちゃんとボーダーの力になってるよ』

できないことをやるんじゃなくて、できることをやるんだ。それが一番いい未来に繋がるはず。そう信じて頑張るしかない。突然、視界に割り込むのは見覚えのある黒い靄。見覚えがあって当然だ。だって、今の今まで躍起になって探し回っていた黒トリガーだもの!本部の通気口から流れ込む黒が視えている。本部内の警報が鳴り響く中、人の形を取り始めた黒トリガーがいるのはすぐ近くの通気口前。

「換装して!」

壁沿いに展開させたエスクードが壁もろとも崩れていく。はやく、みんな避難させないと。って、この状況で避難ってどこに?

「……悠一、ごめん」

何で謝ってるのか考えてる間もなく口から零れた言葉は繋いでないから聞こえてない。嫌な予感はこのことだったのか。全然メガネくん関係なかったじゃん。迫りくる黒い影に舌打ちしながらそんなことを思った。

最善の未来を指折り数えた


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