春べを手折れば

幸先悪いねと笑っておくれ

「予想通り北は少ないな……西と北西を先に抑える方でよさそう」

悠一の予知では北方面での戦闘をしてそうな様子がないと予測してる。元々の備えとして、特別なことが起きなければ先に抑えられそうなところは天羽くんと悠一で抑えると決めていた。天羽くんにそのままでオッケー、と合図をスマホで送った。返事はないけど既読はついたからわかってくれたでしょう。それから、細々と悠一が視えていたことと実際の状況を擦り合わせていく。事前に決めていた警戒区域での合流ポイントに各部隊が到着し始めているみたいだった。元から防衛任務だった部隊の戦闘を視る。まだA級ばかりでB級が集まってない。B級が苦戦する敵はまだ現れてないってことかな。次々と倒されていくトリオン兵を視ながら考える。……なんか変だ。

『吉川、今のところどうだ?』
「このまま各部隊と非番の正隊員が合流できれば今のところは問題ないけど……」
『何か気になることがあるなら言ってくれ』

私の現在視はトリオンを持つ人や物の現在が視える。自分の意思で視れるようになったのは訓練したからだった。そうじゃない頃やこの前みたくメンタルぐちゃぐちゃの頃なんかは勝手に頭に映像が映し出される。それはランダムでトリオンの大きさ順とは言わないけれど、それなりの大きさのトリオンを持つ人たちの映像だった。視ようとしている今も割り込むように現れる映像にいるのはトリオン兵。……トリオン兵が割り込んでくることなんてあったっけ?

「トリオン兵の視え方がいつもと違う」
『普段とどう違う』

司令の声は何でもいいからすぐに言え、と半ばごり押しに近いような圧がある。私の視え方の違いを伝えても本来のものを皆は知らないから言葉に困ってしまう。

「なんていうか、やけに映る……というか視界に入る?」
『確かに普段はあまりトリオン兵の話は聞かないが……』
『その視える映像に何か規則性は』

……規則性。そうだ、私のサイドエフェクトはトリオン量の程度の差はあれどトリオンを持つかどうかで視える対象が変わる。絶対に何か規則性はある。規則性を見出そうと、割り込んでくる各地のトリオン兵の群れを見比べているうちに、気付けばさっきよりもB級部隊がそれぞれのポイントに集結している。東隊に倒されていくトリオン兵に、南の方で警戒区域内を荒らしているトリオン兵、それから……。

「種類が偏ってる、かもしれない」
『わかった。種類を教えてくれ』
「バムスターが多い気がする。数は関係なさそう。一体の場所もよく視える……」

東隊以外にも諏訪隊と荒船隊、柿崎隊に茶野隊……隊で動けるB級が出揃ってきた。東隊と諏訪隊のところにもバムスターがいたみたいだけど、どちらも撃破済み。なんでかはわからないけど、やけに目につく映像にはバムスターがいる。

『了解した。こちらではバムスターのレーダー反応を特に注意するよう各オペレーターに指示を出す』
「お願いします、忍田さん」

B級が苦戦している様子は今のところない。数こそ多いけど、なんとかやれそうだ。トリオン兵はバムスターだけではないし、すこし気になるのが奴なだけだった。ピコン、と通信のフラグをキャッチして発信元の悠一の回線につなぐ。

『今んとこどう?』
「変な視え方がするトリオン兵がいるけど、それ以外は目立ったことはないよ」
『バムスターね。こっちはあんまいないな』

トリオン兵を捌きながら通信してきた悠一の周りには確かにあまりバムスターがいない。敵が三門市の事情をある程度知っているとして、この辺りにバムスターを配置しないということは、"人のいる"方にバムスターを置きたい理由があるってことだ。警戒区域内をざっと流し視る。さっきB級部隊が何体か撃破したし、他のバムスターが警戒区域が出たとしても非番の隊員が間に合いそう。念の為に市街地付近のバムスターの位置を他のオペレーター達に再共有しておくとして……

「そっちこそ大きな変化は?」
『今んとこない。まだ戦闘序盤だし、今回の敵の大本は顔出してなさそうだな』
「りょーかい」
『おれもこの辺は天羽に任せてそろそろ街の方に出るよ』
「何かあったら報告する」
『よろしく。まあ、天羽は大丈夫だろうけどね』
「うんうん。あっちの方すっごい"キレイ"になって、……ねえ、早速だけど報告事項できたみたい」
『マジ?なに?』
「バムスターの中から、見慣れないトリオン兵が出てきた」

悠一との通信をしながら警戒区域内を視ていたその時、割り込んできたのはバムスターの映像。それもボーダー隊員が撃破して沈黙していたはずのバムスターだった。ただの塊になったはずのそれの腹を割りながら姿を現したのは見たことのない形をしたトリオン兵。

「本部!撃破済みのバムスターの体内より、新型トリオン兵の発現を確認しました」
『東隊より先ほど遭遇した報告が上がったところだ』
「東隊?」
『違う場所か?』
「私が視たのは南東です」

東隊を探してみつけた時には、既に小荒井くんが新型に捕まっていた。近くには東さんもいる。さっき見つけた新型と、東隊が対峙しているトリオン兵をタグ付けしてレーダー探知をしている通信室の方に情報を流した。似ているトリオン反応をまずは新型として探知できれば対策もしやすい。……小荒井くんがベイルアウトしたな。

『隊員を捕えようとする動きがある、各隊警戒されたし、以上』

新型の情報を報告する東さんからの通信に、皆息を飲む様子が通信越しに分かった。B級が苦戦するっていうのはこれのことか。オペレーターたちに東さんの情報が行き渡ったところでレプリカ先生の声が聞こえてくる。

「捕獲用トリオン兵、ラービット……?」

新型が捕獲を目的としたトリオン兵であること、それらは他のトリオン兵と比べ物にならないほど強いということ。レプリカ先生から語られる異国の情報に眩暈がした。だって、私が視ていたのはバムスターじゃなくって、その中にいた新型だったわけだ。やられた!撃破したバムスターの近くにいた隊員を視ていたつもりだったけれど、私のサイドエフェクトは傍に潜む新型を捉えていたってことね。

「本部。バムスターの中にいた新型はこちらの初動をかく乱させる目的がありそうです。警戒区域手前の門から新型が単独で降りてきてます」
『バムスターの撃破数とレーダー反応に差があるのはそういうことか』
「はい。視覚情報は東隊員による情報と概ね同じく。現在諏訪隊が交戦中ですが、形勢不利な模様。中距離攻撃を防ぐ機動力と強度の高い装甲有り。諏訪隊員と堤隊員のアステロイドに対して、腕で顔面を庇う仕草が多く見られます。顔面中央に見える核のようなものが弱点の可能性があるかと」
『わかった。機動力があるならば弱点を真っ先に狙うのは難しいが、他に削りやすそうなところはどこだ?』
「他は……、電撃?!」
『なに?』
「近接で頭頂部へ攻撃をした笹森隊員が意識消失。小佐野隊員によるとバイタル異常なし、意識回復まで約150秒ですが……諏訪隊員が新型に捕獲されました」

新型トリオン兵は諏訪さんを掴んだかと思えば、お腹がぱっかり開いて、その中に丸ごと吸い込まれてしまった。手負いの笹森くんを抱えた堤さんも捕獲されてしまうかと思ったけど、運よく現着した風間隊に拾われている。

『諏訪が新型に食われた』

淡々と諏訪さんの奪還を宣言する風間さんに対して、本部内が結構荒れてる。というのも根付さんが警戒区域外にトリオン兵が突破することに対して色んな心配をしているせいだった。突破されないに越したことはないけど、仕方ない。だってまだ新型をひとつも倒せてないんだもん。

『これでいくが吉川の見解はどうだ』
「はい?」
『ちゃんと聞いといてよね。新型を削る順番だよ』
『耳、足、それから腹を削るつもりだ』
「うん。いけると思う。核の部分狙えたら一番いいけど、削るなら最後かな」
『順番が変わるだけだ。最後に必ず止めは刺す』

風間隊が連携して新型を削っている間に他の動きを視ておこうか。警戒区域を突破されるとして、非番の隊員が合流できるのが警戒区域周辺になる。そっちの方を……

『爆撃型トリオン兵接近!!』

沢村さんの声と共に避難通告の放送が本部内に繰り返し流れていく。本部に向かって、数体のイルガーが接近してきていた。体当たりして自爆する気か!普段鳴る事のない音を響かせて、本部の屋上に設置してある砲台が勢いよく火を噴いた。

「雷蔵さーん。開発避難してます?してないですよね?」
『してるしてる』
「全部視えてんですけど。ほとんど残ってる!」

開発フロアに声をかけると、逃げてると言いつつもみんな普通に残っていて逃げる気なんかさらさらなさそうだった。通信室は三分の一くらい避難できているけれど、各役割の要になっている人たちの避難がまだ進んでないらしい。

「たぶん大丈夫ですけど、できる限り避難してくださいよ」
『あ。やっぱ大丈夫か』
「だって上に太刀川さん向かってるし」
『なんだじゃあいけるじゃん。鬼怒田さん叫んでない?結構弾数いったでしょ』
「ずっと叫んでるよ。一体撃墜できた……けどあと2体いるね。みんな換装してる?」
『しないと徹夜できん』
「愚門だったわ」

下手に動くよりも衝撃に備えた方がよさそうだ。私も換装して……と考えている間に敵は本部のすぐ目の前に迫っていた。とばされないように、一番重たいソファの背にしがみつく。

『衝撃に備えろ!』

忍田さんの声がした直後、大きな衝撃が本部を揺らす。思ったよりも大きなそれに耐えきれなかった物がガシャガシャ音をたてて倒れていく。

「うわ、部屋ぐちゃぐちゃじゃんか」

1体は自爆済み。残りは3体で、太刀川さんが今さっき屋上に到着した。1体は太刀川さんが処理するとして、残りの1体は砲撃頼り。最後の1体の直撃は免れない。

『ザザッ……と1発まで…ザザッ、せる!』
「え。うそ」
『…体撃墜確認!ザザッ、……り2体!』
「ここにきて接触不良とか何!?」

所詮後付け環境なのはわかっているけれど、さっきの衝撃でモニタが付いたり落ちたりする挙句に、設置している通信用マイクもノイズだらけ。サイドエフェクトはあるけど、視える範囲だけの情報しか現状持てない。開発の倉庫から引っ張り出して来たお古だから仕方がないか……!いや、でもタイミング悪すぎる。避難を促す放送が廊下から聞こえ、『2回目が来ます!ショックに備えて下さい!』と沢村さんの声も聞こえてきた。再び訪れた衝撃に耐えかねた機材たちは、ノイズすら聞こえずただの塊となってしまった。

幸先悪いねと笑っておくれ


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