春べを手折れば

さいごの晩餐

「ばか紗希乃!心配ばっかかけて!!」
「ごめんって痛いよ桐絵」
「痛くしてんのよっ!何回電話したと思ってるわけ?!あたしの電話全部シカトした罪は重いんだから〜〜〜っ!」
「トリオン体だったら痛くないでしょ」
「はっ、そうよアンタなんでトリオン体なわけ?!」
「なんとなく〜」

大規模侵攻の会議の3日後。私はレイジさんの運転する車に揺られて玉狛支部へと帰って来ていた。後部座席に座って目を瞑ったまま動かない私をレイジさんは心配しながら運んでくれた。大丈夫。完全に戻ったとは言えないけれど、感覚が戻って来てる。生身のままでいようかと思ったけども、車を降りた時にミラーに映る自分の顔を見て気づいたら換装していた。……明らかに病み上がりって感じで陽の下にいていい顔してなかった。トリオン体は元の姿のままで今となっては少し太っているようにさえ見える。生身とトリオン体の中間くらいにいじるか……?と考えながら玉狛の玄関を開ければ、桐絵と陽太郎が飛び出して来た。それを受け止めてから十数分。早く上がれというレイジさんの声なんか聞こえてない2人と、それを眺めている烏丸くんとずっと玄関にいる。

「ただいま〜って、あれ?到着もっと早いって聞いてたんだけど?」
「おかりなさい迅さん」
「かれこれ15分は足止めくらってるんだよね……」
「マジかよ。おいおい二人とも。今日は玉狛で飯食ってくだけなんだから早くしないと時間もったいないだろ」
「泊まってけばいいのよ!」
「そうだそうだ!きのう、ボスと紗希乃ちゃんの部屋のそうじもしたからな!ちゃんととまれるぞ!」
「えっ、ボスが……?」
「正確にいうと、宇佐美先輩と千佳が掃除をしているのを邪魔している陽太郎の監督をしていただけです」
「解説ありがとう烏丸くん……」

よっこらせ、と陽太郎を小脇に抱えた烏丸くんは桐絵の背中を押してリビングまで連れて行く。非常に手慣れている。私がいなくなってからのこの2人を制御しているひとりは烏丸くんなのかもしれないな。

「あ。そうだ」
「なに?」

珍しくトリオン体じゃない悠一が靴を脱いで揃えようとしている。今まで何度も見た事のある姿だ。それなのになんだか新鮮なものを見ているみたいに思えた。

「おかえり、悠一」
「っ……」

前かがみになっていた悠一の手から簡単に離れた靴が玄関のコンクリートに転がっていく。

「悠一?」
「ごめん、びっくりした」

びっくり?そりゃまあ、びっくりもするか。何せ本当に久しぶりなんだから。

「ただいま、紗希乃」

照れくさそうに笑う姿は、きっとここでしか見れないのだと思う。ちょっと成長して、すこし見た目も変わって、関係性すら変わっても、ここでなら昔の私達に戻れる。私は随分と昔に固執していたらしい。それでも、過去が無ければ今はない。今が無ければ未来もないのだ。リビングの方から私達を呼ぶ声がいくつも聞こえる。行こう、と手を差し出す悠一の手をとった。幼い私達が支部の中を駆け回っていた頃の記憶が蘇っては消えていく。

*

「ほう……現在視というと?」
「いま現在に起きている出来事を視ることができるサイドエフェクトだよ」
「紗希乃の場合は無制限に何でもってわけじゃなくてある程度トリオンを持ってる人や物だけ見えるんだ」
「会議の時に普通に挨拶してたから遊真くんたちも知ってると思ってたけどそうでもなかったんだね」
「何ようさみ、会議って??」
「本部の会議だよ。この前、鬼怒田さんの手伝いでアタシも混ぜてもらったんだ〜」
「何ソレあたしは?!」
「こなみどうどう……!」

いつもなら会議に混ざりたいとは言わない。それでも今どこかいじけてる桐絵はのけ者にされた気分になってるみたいだった。そんなことはないんだけど、これまでの私の行動が悪いのは明白なので謝るしかない。とはいえ会議に関してはしょうがないところもある。人選もまさに本部って感じの人選だったしなあ。

「それより小南。紗希乃に話したいことあるんだろ?」
「そうそう!紗希乃、あのね、この前准と〜」

ちらりと時計を見ながら声をかけた悠一の視線誘導にまんまとかかった桐絵は残りの時間が多くない事を悟って、拗ねるのは諦めたようだった。


玉狛のみんなで食事をした後に、少しだけ部屋に戻る時間をもらう。昇りなれた階段もなんだか今じゃ懐かしく思えてしまった。掃除をしてくれた皆のおかげで、埃くさくもなんともないこの部屋は、私がいなくなってから息をひそめたように静かになった。

「元から静かだったんだろうなぁ」

私の頭の中が、サイドエフェクトが騒がしいだけだ。ふと、廊下に並ぶ2つの気配に振り向いた。視なくてもわかるそれに「入っていいよ」と声をかける。改めて鳴ったノックの音。やっぱり視えてるんですね……と冷や汗をかいているように見えるメガネくんと、リラックスした様子の遊真くんが入ってきた。

「視なくてもわかるよ」
「紗希乃さん遠征メンバーだったんでしょ?実戦経験が多いわけだ」
「まあまあかな。今回は後方支援がメインだったし」
「ほう……?」
「ウソだよ」
「いや、ウソっていうのがウソ?」
「あはは。本当にわかるんだ」
「空閑のサイドエフェクトは迅さんから聞いたんですか?」
「そうだよ。何か変なこと言ったでしょって言われた」
「……空閑、吉川さんは何か変なこと言ってたのか?」
「いや?ウソはついてたけど変な事は言ってないよ」
「あれもサイドエフェクトがなかったら誤魔化せたのにな〜。ま、結果としてはあそこでバレたおかげで今があると言っても過言ではないので君には感謝してます遊真くん」
「これはこれは光栄です」

ただ挨拶にきただけではないらしい。メガネくんは意を決したように口を開いた。

「空閑と千佳がB級に昇級したら、玉狛第2としてチームを組むんです」
「うん。楽しみにしてるよ」
「それで、迅さんに指揮の話は吉川さんに相談してみたらと言われまして……」
「えぇ?今は無理だよ?」
「えっ」
「オサム、本当に無理みたいだぞ」
「第一、私は指揮能力は特別高いわけじゃないよ。サイドエフェクトがあるから判断材料が多いだけ」
「多いと迷いが生まれるから戦場では命取りになるのでは?」
「そうだね。だから、優先順位は決めるじゃない?でもそれってみんなやってることだよ」
「そうは言っても……」
「まあ、焦るなオサム。今日じゃなくてまた今度話を聞くってことで」
「今度日を改めてお話聞かせてください、吉川さん」
「都合が合えばね〜」
「よろしくお願いします」
「……ねぇ、吉川さん」
「なにー?」
「"正隊員になると防衛任務の他にそういう仕事もあるの?"」
「空閑?」

何の脈絡もない質問に聞こえる。けれど、そうじゃない。一度遊真くんから受けた質問で、私がウソで答えたものだ。

「いつかの未来のために策を講じた結果のひとつが、本部の開発の手伝いってだけかな」
「ふーん。じゃあ、吉川さんは今、本部で開発の仕事をしてるんだ」
「ほんの少しだけね。大半は別のことしてる」
「こなみ先輩が今度こそれんらくをちゃんと返すようにって言ったら?」
「これからしばらく私との接触者を絞るから、申し訳ないけど桐絵とは連絡をとれないんだ」
「接触者を絞る……?」
「そうだよ。本部にしばらく籠ります」
「ちなみにしばらくとはいつまでですかな」
「次の、"大きな戦い"が終わるまで」
「ほう」
「それって、」
「君たちともしばらく会えないけど、期待してるよ」

さいごの晩餐


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