春べを手折れば

このままじゃいれないね

食堂の入口にほど近い四人がけの席にて、一人で大学の課題をテーブルいっぱいに広げてスマホをいじる。何のために広げてるかって?もちろん終わらせるのが最終目的だけど、どっちかっていうと人が溜まらないよう面倒くさい状況アピールだったり。目の前を通る顔見知り達は、声をかけてくれた後にこのテーブルの惨状を眺めてほどほどの所で去って行く。

「吉川!」

爽やかな声で呼ばれて嫌がる人間なんか存在しないよね。飲み物の入ったカップを持った嵐山がやって来て、自然に向かい側の席にするりと入ってきた。

「どれもこれも終わらせる気はないだろう?」
「だからってそんな自然に片付けるのやめてほしいな、嵐山〜」

広げた紙の隙間にカップを置いた嵐山は、まるで広報の書類を片付ける時みたいにぱぱぱっと目の前のレジュメを束ねていく。

「桐絵が怒ってたよ」
「怒んなくていいって言ったのになあ」
「ああ。だから、迅は本部で吉川の部屋に入り浸ってるから怒る必要はないって伝えておいたぞ」
「いやいやそれって誤解を招くよ??」

ついこの間、久しぶりに玉狛に帰ってみんなとパーティーをした。そこには桐絵をはじめ玉狛のメンバーが勢ぞろいしてくれた。……悠一ひとりを除いて。それをめっちゃくちゃ不機嫌まる出しで怒っていたのは桐絵だった。そういう場があることを察する力を悠一が持っていることを理解しているからこそ、逃げたと言ってそれはもう大騒ぎ。

「迅が本部にも部屋持ってるの知ってるだろ?」
「あー…暗躍で本部泊まる時の部屋ね」
「そう。迅の奴いるかなーって時々覗いてたんだが、ある時期からどうにも姿も見なければ使ってる様子もないんだ」
「ようするに私が本部に来てから使ってないってことね」
「そういうことだ。だから誤解を招くも何も事実を述べているだけってことになるな」

悪意も何もありはしない。まさしく通常運転の嵐山はひとりで納得したように頷いてる。そりゃあ事実なんでしょうけどね。わざわざ桐絵に言わなくても。次に会った時に根掘り葉掘り話しなさいと盛り上がる桐絵が簡単に想像できてしまう。

「まあ、今は喧嘩してるんだろうけど、そこまで大きなものでもないんだろう?」
「……はい?」
「なんだ?喧嘩してるのかと思ったけど」

してないのか?ときょとんとしている彼に大きなため息がついた。なんで私たちのことって色んな人が見てるんだ。風見さんとか、太刀川さんとか、みんなみんな何だかずっと見守ってる気がする。

「喧嘩じゃないよ。なんていうの……ちょっと噛み合わないことがあっただけ」

メガネくんと出会ったあの日の夜から、悠一とは何となく気まずい。向こうが忙しくってなかなか会えてないってのもあるけど、何となく顔を合わせる気になれない。

「迅の奴、なんだか歯切れが悪い反応だったよ。長引くと良いことはないし、早い所仲直りするんだぞ。遠征がすぐそこに来てるわけだし、このままじゃ行けないだろう?」
「そうだね。喧嘩別れして、……」

二度と会えなくなったら、後悔するだろうね。浮かんだ言葉は口から出ずに自分の中に落ちていった。遠征に行って、必ず無事とは限らない。無事になるような仕組みをボーダーは手に入れたけれど、それが全てにおいて当てはまると言い切れるものではない。

「時間が解決してくれることと、すぐに解決しなくちゃいけないものがある。例えばそこの真っ白な課題たちはすぐに解決しなくちゃならないものの典型的な例だ。本来だったら、迅と吉川の小さな喧嘩は時間が解決してくれるものなんだろうけど今回ばかりはそうも言ってられないな」

困ったように笑う嵐山は珍しい。みんなほんとに世話焼きだなあ、どこか他人事のように思いながら、ぼんやり視える悠一の背を追う。警戒区域の端っこで、倒したばかりのトリオン兵から降りているところだった。こんな風に姿を追うことができない自分だったのなら、この気まずい状態を何としてでも振り切って解決を目指していたのかもしれない。なまじ姿を視て安心できてしまうから、私は必死に追いかけたりしないし一線を引いている。私が悠一といて心地よい距離感は、きっと他の人たちから見れば物足りなくて、そのくせどこか近い。ずっと手を繋いで、肩を寄せ合って、似たようなものを視ている。そんなことはできなくなっていって、隣りにいるのにも手を繋ぐ関係にも名前が必要になってきた。中学や高校でも似たような感覚があって、私たちは私たちだからと突っぱねてここまできたわけだけど。それも既に難しい。だって、もう大人になるし、大人として見られていく。

「一緒にいるだけでいいって言うと、たぶん皆変な目で見るでしょ」
「変じゃないさ」
「けど、それだけじゃ終わらないだろって思ってる」
「……まあ、迅も人間だし、紗希乃も人間だし」
「わかってる。私が子供で聞き分けがないだけ」
「周りがどうとかじゃなく、一緒にいるその先を吉川はどうしていきたい?」
「どう、って」
「迅とどうなっていきたい?」

私は――……

このままじゃいれないね


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