30万打リクエスト小説

貴方と夢見る花盛り



春が近づくとどこか浮足立っているような気分になるけれど、それも仕方のないことだと思う。

「こんなに綺麗なんだもんなあ」

桜の花が満開に咲き乱れてる様子を前に、胸が躍ってしょうがない。周りは人だらけかと思いきや、案外そうでもなくって、大通りから外れたこの公園にはそこそこの人しかいなかった。親子、カップル、友達……色んな人が桜を楽しみに来ている。そんな中でひとりでポツンと眺めてるわたしはとても寂しく見えちゃいそうだった。いいなあ、わたしも降谷さんと一緒にお花見したい。一緒にお花見をするとしたら、どんなお花見をしようか。お弁当をちゃんと作って、レジャーシートを広げて、何だったらちょっとお酒でも飲んじゃって。ああ、いいな。そんなお花見してみたい。後にも先にもそんな予定を立てられるほど時間は合わないけど。

「あっ、」

桜の木の根元のところに、折れてしまったのか、桜の花が2輪ほどついている枝が落っこちていた。とても小さな枝だけど、故意に折ったわけではないしちょっと持ち帰っちゃおうかな。桜さん、こちらのお花は頂いていきます。ちゃんと大事にしてくれる人のところに持って行くから安心してね。


今日の降谷さんはポアロの日。本当なら外回りのついでにちょっとだけ桜を見て、すぐに帰庁するつもりだったのだけど、予定を変更することにした。予定はあくまで予定です。柔軟に行くことにする。なんて自分の行動を正当化してみることにした。うん。ただのおそめの昼休憩ってことにするのが無難だ。カランカラン、と鳴るドアからそっと入れば、きょとんとした降谷さんが食器を下げようとしたまま立っていた。

「あーっ!紗希乃さん!来てくれたんですかー?!すごーい!」
「えっ、梓さん?なになに?」
「安室さんとね、話してたんですよ!今日紗希乃さん来てくれないかなって」
「わたし?」
「ですよね、安室さん」
「そうですね。まさか本当に来てくれるとは思わなくて吃驚しましたよ」

ちょうどお客さんの切れ間だったのか、お店にはわたしと降谷さんと梓さんの3人だけになっていた。来てくれないかなって話してたなんて言われたらそりゃあもう期待して調子に乗ってしまう。

「わたしは裏で休憩貰っちゃいますね。お皿は後でわたしが洗うのでいいですよ、安室さん」

ご機嫌な梓さんが裏にルンルン引っ込んでいく。いつも思うけど、梓さんはわたしが来ると降谷さんと二人きりにできるように全力を尽くそうとするのがすごい。ありがたいんだけどね。いつも申し訳ない。

「こちらの席にどうぞ」
「はぁい。ありがとうございます」

安室透モードの降谷さんに案内されて、奥のテーブル席に座る。桜の季節を意識した特別メニューと通常メニューを手にとると「おすすめは桜のモンブランだよ」と声が降ってきた。

「……メニューに載ってないですけど?」
「いま練習中。米花町の桜が全部散ってしまう前の3日間ほどで限定販売するんだ」
「ほう、期間限定というわけですね」
「その通り。限定品好きだろう?」
「風見さんも、ふる……安室さんも、そうやってわたしを限定品に目がない人間みたいに言いますね」
「実際そうじゃないのかい」
「……その通りですよっ。もー恥ずかしい!そのおすすめください。教えてくれるってことは今日あるんでしょう?」
「ハハ。試食して残った最後のひとつがちょうどあるよ」
「なるほど。だから、今日私が来ないかなって話してたんですね」

モンブランを用意しにカウンターの向こうに行ってしまった降谷さんは、「いや、」と何か言葉を濁している。限定品のモンブランがあるから来てくれたらごちそうできたのに、と梓さんと会話する降谷さんの想像は難しくない。ちがうの?なぜかちょっと照れ臭そうに頬をかく降谷さんに思わず首を傾げた。視線がカウンター内のある一点から動かない。

「……なにかそこにあるんです?」

他に誰もいないことをいいことに、席へ荷物を置いたままカウンターへと向かった。カウンターの中を覗き込もうとしたら、目の前にひとつ花瓶が差し出された。小さい透明な花瓶に挿してあるのは2輪の花がついた桜の枝。あれっ、わたし、そっと鞄の中にしまっていて、まだ外に出してない。

「今日、外の掃除をしていたら風で飛んできたこれを見つけてね」
「はあ」
「そういえば花見も何もできてないなと思って」
「ええ、たしかに……」
「どうせだから見せてあげたかったんだが、登頂できてもはやくて明後日。それまで花が持ってくれるかどうか気にしていたら梓さんにばれてしまったのさ」
「見せたいって、わたしに?」
「うん。綺麗だったから」
「っ〜〜〜!ふるっ、ちがう!安室さん!待ってて!待っててください!」
「え?あぁ、待つけど…何をそんな慌てて、おい転ぶなよ椅子の足が、」

バタバタと走ってソファ席に置いた鞄を勢いよく開く。ちょっとだけだから、と公園の水場で湿らせたテッシュで包んでいた桜の枝を取り出す。枝を後ろに隠して、ちょっと早歩きでカウンターに戻る。途中で足をちょっとぶつけちゃって、言わんこっちゃないと降谷さんが呆れたように見ていた。だって、早く見せたかったんですもん。

「わたしもね、貴方に見せたくって会いに来たんですよ」

隠していた桜の枝を目の前に差し出せば、降谷さんはお前もかと驚いて笑っている。花瓶に挿してあった降谷さんの桜のそばに、わたしの持ってきた桜も差し込んでみた。きついかなと思ったけど、案外そうでもなくってすんなり落ち着いてる。

「揃いも揃って同じことを考えてたわけか」
「ふふ、お揃いですね!」
「今年は花見ができたな」
「そうですねぇ、いつかちゃんとした花見をしてみたいです」
「ちゃんとした花見か……どんな弁当を作るか考えるのも楽しいな」
「ですです。レジャーシートを引いちゃったりなんかして」
「花見酒なんてどうだろう。たまに外で飲むのも悪くない」
「最高ですね!」



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