30万打リクエスト小説

清福



幸せの定義って何でしょう。ラジオから流れてくる女の人の声に言ってやりたい。そんなもん人それぞれだってね。

「どう思います?」
「あまりの脈絡のなさにどうしてやろうか考え中だよ」
「ラジオですよー。聞いてないの?」
「聞いてなかった」

同棲してる彼氏がやさしくない。わたしの話を聞いてくれない。これってわたしの求めてた幸せな生活になっているの?リスナーから届いたメールを読み上げる女性DJの声がやたらと耳に引っかかったのはわたしだけか。求めた幸せな生活って、あんたが一方的に求めてるだけじゃないの?なんて思いつつ、二人でベッドの上でごろごろ横になっている今。読書していた降谷さんが本に栞を挟んで、こちらへ近づいて来た。

「で?」
「もう終わっちゃいました。幸せの定義って何?とかなんとか」
「結論は出たのか?」
「大きな幸せを目指し過ぎて小さな幸せを見失ってるかもね、っていう定義もくそもない答えでしたー」
「へえ」

つまんないダイエット商品の宣伝が始まってしまった。最近お腹周りがよろしくないことを見抜かれた気がして慌ててラジオの電源に手を伸ばす。思ったよりも大きくバチッ、と音を立ててスイッチが切れたもんだから恥ずかしいったらない。隣りでずっと見てた降谷さんが仰向けになってヒイヒイ笑ってる。なに笑ってんだ、太った?って一番最初に指摘してくるのアンタでしょーが!ずっと笑ってる降谷さんの顔面目掛けて枕を投げつけてやった。わーいドンピシャ。なんて思ってたら、枕が当たった降谷さんの動きが突然ピタリと止まった。

「……え?降谷さん?」

枕が顔に鎮座したままの降谷さんが全く動かない。ちょっとだけ近づいて、そっーっと枕を持ち上げた。そこにはニヤリ、と笑う降谷さんの顔。

「う、わあっ!」

急に腕を引かれて降谷さんの胸に飛び込んだ。硬い胸にぶつけた鼻が痛い。顔を見上げると降谷さんは仰向けになっても綺麗な顔立ちのままで羨ましいことこの上ない。

「大丈夫だよ」
「それは鼻ですかそれとも腹の肉ですか」
「うーん、どっちも?」

ただでさえ短いわたしの鼻が縮んでしまったらどうしてくれる。と抗議すればするほどわたしの鼻は降谷さんの胸板にぎゅうぎゅうに押し当てられる。何だか悔しいから少しよじ登って、降谷さんの首に腕を絡めるようにして抱き着いてみる。くすぐったそうに笑うから、思いっきりぐりぐり抱き着いてやった。

「紗希乃」
「なーに、降谷さん」
「小さな幸せは見つかったか?」
「……えー?降谷さん、もしかして。えぇー?」
「なんだ」
「あのラジオのメール、わたしが気にしてるとか思ってたんですか?」
「わざわざ俺に聴かせようとしてたから気にしてるものだとばかり思ってたけど」
「違いますよー。わたしはあのメールの内容が一方的でやだなあって思って、」
「……じゃあ、」
「そもそもね、降谷さんの近くにいれること自体がわたしの小さな幸せだったんですよ」

小さな幸せを見失ってなんかいなければ、探すまでもなくずっとそこに存在してくれてた。それがこうやってもっともっと一緒にいれて、幸せが大きすぎてどうしようかなってところまで来てるんだもん。これ以上大きな幸せを目指したりなんかしたらわたしはおかしくなってしまうんじゃないだろうか。なんてね。

片手はわたしの腰に手を回したまま、もう一方の手で降谷さんは顔を覆い隠してる。ふふ、照れてるなこれは。今度は降谷さんの頬にすり寄るようにして抱き着いてみた。

「ねえねえ降谷さん、」

降谷さんの思う小さな幸せって何ですか?
今それを聞くか、と言うような顔で降谷さんにじとりと見つめられる。それでも、頬を染めたまま言われたって何もこわくないんだからね。きっと、何を言われたってわたしが貴方と同じように恥ずかしくてたまらないくらい嬉しくなるって想像できちゃうんですよ。

「それはもちろん―……」

あ、やっぱり。幸せには定義もなにもないみたい。


end

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