蒼の双眸(FGO×DC)

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夢は見ない。見ていても見ていないと思うことにしている。見たい夢を見れることなんてないからだ。蓋をして閉じ込めておきたいアレもソレも、深い眠りの底に落ちてしまえば勝手に出て来ようとする。もう見たくないものが、忘れるなとでも言うように這い出てくる。忘れてしまえたらと思うものが、忘れてなるものかと主張してくる。全部深い深い底に仕舞っておきたいのに、それらはじっとしていてくれない。





「人をその人たらしめるものって何だと思う?」
「ベッドの中でする話の選択肢として間違ってないか」
「しちゃったものはしょーがない!」

あっけらかんと笑う彼女は、僕と同じベッドの中で、薄っぺらいキャミソールだけを纏って横たわっていた。遠い日の記憶。勝手に出てくるのがこれとは……。ただの記憶なのに、彼女がそこにいる。温かく、すぐそこにある白い肌に手を伸ばしたら、ぺちんと軽い音を立てて手をはたかれた。

「もうやんないよ」

何回つきあえばいいの!と頬を膨らませてから布団を被って潜り込んでしまった。とはいえ同じ布団をかけているわけで、片方で潜り込んだところで大して意味はない。自分の足で彼女の足をチョンチョンと小突いてみれば、何度も蹴り返してくる。全然痛くなくって、むしろくすぐったいくらいだった。そうだ、彼女はこういうところがある。子供っぽい一面もあって、かと思えばやりすぎることもなくて。……今の君はどうなんだろう。どんな年の重ね方をしてきたんだろう。どんなところでどんな人に会って、あの子を育ててきたんだろう。

「零くん」

布団からちょっとだけ顔を出して、じっと見つめてくる視線はこちらの様子を伺っている。これは良いとばかりに抱き寄せて、腕の中に閉じ込めた。

「難しい話をすればもうおしまいにしてくれるかと思ったのに……」
「もうしないよ」
「嘘だー」

嘘じゃない。たぶん、この後してない。……たぶん。それにしても、記憶なんて曖昧になっていくはずなのにどうしてこうも鮮明に思い起こせるのだろう。

「人をその人たらしめるものは、」
「おっ、乗ってくれるの」
「気になるんだろ?適当な話題にしては意味深すぎるし」
「そうなの。零くんなら何て答えるかなって」
「そうだな……やっぱり性格とか、心とか?」
「性格も心も偽れちゃうのに?」
「そんなこと言ったら見た目の方が簡単に偽れるだろう」
「確かに……偽れないとこってどこ?指紋とか?」
「指紋は偽ろうと思えばできるんじゃないか」
「犯罪じゃん」
「当然だろ。だけど、世の中の悪人にはそういうことをする奴だっているんだ」
「顔も整形できるしねえ」
「顔の整形で別人になっても耳の位置や形は変えられるものではないな」
「え〜じゃあ、人をその人たらしめるのは耳?ふふ、現実的なんだかどうかわかんないね」
「いじろうと思えば全くいじれないわけじゃないから何とも」
「一般的にいじらないってことね」

彼女の手が僕の背中に回ってきた。指先が冷たくて少しだけ身じろぎしたら、目敏い彼女はこれでもかと背中にペタペタ触れてくる。次第に僕の背中の熱がうつって、これまたくすぐったくなるだけだった。

「仮に、零くんの肌が白くて髪が黒くてもやっぱり零くんだなあって思うからやっぱり人間見た目じゃないね」
「目は?君はよく僕の目の色が好きって言うけど」
「うん。すき」
「蒼じゃなくって、真っ黒で、どんよりしてたらどうする?」
「ええ?零くんの目がどんより?」
「なんでそこで引くんだよ」
「自信たっぷりな零くんからは想像ができないね」
「わかんないだろ、人間何があるかわかんないんだから」
「そりゃそうだ。んー……そうだねえ。真っ黒でもきっと綺麗で、みとれてたかも。それでね、貴方の目がどんよりしちゃうくらい落ち込んでいたら、」

だんだんと声が遠くなる。すぐそこにあるのに、腕の中に抱いているのに遠い。

「―……ン」

消えていく。手を伸ばしても、何も掴めない。すべてがすり抜けていく。

「―……―ボン、バーボン!」

何かに弾かれたように瞼が持ち上がる。明るい光とともに視界に入ったのは、組織の持つ研究所のリビング。目の前にいたのは彼女なんかじゃなく、正体不明の男・セイバーだった。ソファに座っている僕を心配そうに覗き込んでいるマシュの頭を撫でてやれば、恥ずかしそうに慌てていた。なんだったんだ、あれは。夢?こんな時に?夜とは言え、夜中ではない。疲れていたのだとしても長く夢を見るほどなんかじゃない。そして何より……敵地でこうも眠りに落ちるとは。

「すみません、少し考え事をしていました」
「白い男はいなかったか?」
「……白い男?」

夢の中に白い男?そんなものいなかった。あの場にいたら確実にぶん殴ってる。未だぼんやりしている意識が戻るにつれて、僕はセイバーと話をしていたのだと気づいた。そうだ、この世界が別の世界と混ざっているのだと。僕と血のつながった息子がその世界での人類最後の"マスター"であったこと。セイバーからもたらされる情報は耳馴染みのない言葉が多く、都度説明を求めながら話を聞いていたところだった。

「我々の仲間に夢魔がいる」
「夢魔……ローマ神話か」
「そうです。ただ、マーリンさんは夢魔と人間のハーフですが」
「ブリテンのアーサー王伝説かい?」
「……そうだ」

その夢魔が人の夢に侵入してくるのだとセイバーは言う。侵入…入り込んできている感覚はない。感知させないように入り込んできているのか?確かに、随分と懐かしいものを鮮明に見たとは思うけど、そこに白い人物はいない。

「彼が干渉してきたのではないのか?」
「……彼は人の記憶も見せるのであれば、干渉されたんでしょうけど」
「記憶?」
「ええ。昔の記憶を辿るように眺めていました」
「マーリンさんは魔術を使えますから、幻覚を見たのでしょうか……?」
「あれが幻……?」

すぐそばにあった体温も、白く柔らかな肌もすべて幻だったというのか?そんなわけがない。あれは全て僕のものだ。僕の記憶だ。誰かに操作されたものじゃない。僕と彼女との思い出だ。

「幻じゃあないさ」

濃い花の香りが押し寄せる。はらはらと視界を遮っているのは真っ赤な花びら。無数の赤越しに見えたのは白い男だった。

「初めまして、バーボン。それとも安室透。いっそのこと降谷零でいいだろうか」
「……全て知っているわけか」
「知っているとも!私は現在を見渡す眼を持っていてね、この世の全てが見えている」

降ってきた花びらはすべて地面に落ち切って、真っ白いそこを絨毯のように赤く染め上げていた。セイバーもマシュもいない。横目で周囲を見渡した。何もない。どこまでも続く赤い地面と、真白い空間。白い姿をしている男と対面している僕だけがここにいるみたいだった。

「いやはやここまでくるのに何年かかったことか!」
「何年?」
「そうとも!君の夢に入り込もうともなかなかどうして上手くいかない。君の夢は深い深い底の更に奥にしかスペースがないときた」
「さっきの夢はお前が見せたものなのか?」
「いいや?何か嫌な者ものでも見たのかい?生憎とね、他の人の夢に入るのは容易くても君の夢には入り込めない。君を引きずり込むことも数年がかりだ。一体どういうことなのか教えて欲しいくらいさ!」

幻じゃない。マーリンと呼ばれる夢魔が無理やり見せた夢ではない。飄々とした振る舞いで否定しているのを信じていいものかどうか……。

「私の干渉が影響したにせよ、あれだけ奥深くに仕舞っておいたものが表面化してきているっていうのは少なからず君に必要な情報なんだろうと思うけど?」

ニンマリと笑うマーリンが手にしている大きな杖を空に掲げるように持ち上げた。地面に広がっていた花びらが勢いよく巻き上がる。今日は最初だから挨拶だけにしておこう!と声が響き渡る。

「つい先ほど、僕らが今後目指すところを決めたところでね」

風が強くて目が開けられない。腕で顔を覆いつつ、正面に立っているマーリンを見ようと何とか目を開けた。

「もう一度全てを捨てる勇気と、取り戻す勇気だったら君はどちらを選ぶのかな」

君の息子はね―……と声がだんだん遠のいていく。待ってくれよ、どうしてどれもこれも最後まで言わないで消えていくんだ。最後まで言い切ってから消えてくれ。

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