蒼の双眸(FGO×DC)

B


「俺、何を知っていて何を知らないでいるのかわからないんだ」

小石を蹴りながら歩く俺を追い抜かないように歩幅を合わせながらベディがほんの少し後ろをついてくる。阿笠博士の家を後にしてから俺はベディヴィエールと二人で帰ることにした。「母君が心配しますよ」と言われてしまっては帰らないわけにはいかなかったから。コナンくんたちとはまた学校で話すことにして、すでに日の落ちた道をとぼとぼと歩いている。

「あの日から、何かが動いてる」

今世で手に入れた家族や英霊たちと暮らしていた日々に見つけた、同じ色の眼を持つあの人。ただ見つけただけじゃなかったんだ。確かに何かが動き始めてる。ぐるぐると繰り返してきた今までの期間のことを考えると、小さな綻びどころじゃなく、事態は大きく動き出してるんじゃないか?


*


「えっ、これどういう状況?」

遅くなってしまったから母さんが怒ってるかも。そう思っておそるおそる玄関の扉を開いた。リビングから聞こえるガヤガヤとした声は普段通りで、いざとなったらベディが遅くなった理由を誤魔化してくれると言い切ってくれたから何とか家に入り込んだのはいいものの、何かおかしい。靴は見慣れたものばかり。だっていうのにさ、

「知らない人がいる……?!」
「おかえり、立香。随分と遅かったじゃない。ベディヴィエールといるって聞いてたからよかったけどあんまり遅くなったらだめだよ」
「ごめん母さん……ていうかさ、その人誰?!なんかめちゃくちゃ笑顔だけど誰?!」
「君が立香くんか!」

顎髭の生えた男の人がとっても良い笑顔で母さんの隣に座っていた。待って本当に誰なんだよこの人。玄関に靴なかったじゃん、しかも着てるアニメ柄のTシャツってたぶん黒髭のじゃない?こないだ戦利品だって言って持って帰ってきたやつ!

「えーっと、この人はねぇ……なんて言えばいいんだろう、諸伏くん」
「はは…もう何とでも……」
「なんか仲良くない?母さん友達とか女の人しかいなかったよね?」
「そうなんだけどねぇ」

顔を見合わせている二人は昨日今日出会った関係には思えなかった。まさか、まさかまさか。ちょっとこれは複雑なことになろうとしてないか…?父さんと再会させるとか意気込んでたけど、まさか母さんはとっくに……。

「あっ、いいの思いついた。この人私のサーヴァント的な感じの人だよ立香」
「……いやいや母さん、それはいくらなんでも無理が、って、えぇ?確かに、その人人間じゃ無い感じする」
「うわ、本当にわかるんだなそういうの」
「わかるって、本当に人間じゃ無いの?」
「君が使役している彼らみたいな能力は持っていないから、さしずめ善良な幽霊ってところかな」
「善良な幽霊……」
「君の母さんにある意味召喚されたようなものだから、彼女の言うことはあながち間違いでもないんだ」
「母さんが召喚って、そんなこと」

できるわけない。そう思ったけど、根拠なんてなかった。なんでもそっくりそのまま受け入れてくれて、何も深く聞いては来ない母さん。できる限り魔術なんかに関わらせたくなくって、黙っているように皆に言ってた。知ったら危ない所に足を踏み入れてしまうような気がしてたんだ。だから遠ざけたわけだけど、そんなの俺の都合のいい行動でしかなかった。静観を決めこんでいるかのように英霊たちは俺達の様子を眺めてるだけ。俺が、母さんがどう動くのか様子を伺ってる。

「ごめんね、立香。ご飯を食べて、それからゆっくり話をしよう?これまでのことも、これからのことも」

ゆっくりと頷いて返事をしたその時、むせ返るほど濃い花の香りが辺り一面にたちこめた。ぶれる間もなく切り替わる目の前の景色に驚いているのは俺だけじゃない。長く長く端の見えないテーブルを目の前に過度に装飾された椅子に並んで座っていたのは、俺とさっきの男の人だった。

「今度は何だ?!」

キョロキョロと辺りを見回してから、俺の存在に気づいたその人は周囲から俺を守るように抱え込んだ。クロスに隠れるように、テーブルの下に潜りこんでからも尚、離されることなくその人に抱え込まれている。敵がいないか伺っているその人の胸からは確かに心臓の音は聞こえない。本当に人じゃないんだ……。皺になって歪んだアニメ絵の美少女から頬を離すように、精いっぱいその人の胸を押した。

「えっと、諸伏さん、だっけ」
「ああ、待て、静かに」
「大丈夫、この花の香りはたぶんマーリンの仕業だから」
「マーリン?」
「そう。仲間の英霊のひとり……」

パチパチと瞬きを繰り返す諸伏さんの腕が緩んだのをきっかけに、身体を離す。引き留められることなく離れたのはいいものの、じっと刺すように見つめられて居心地が悪かった。

「本当にアイツの子なんだな、君は……」
「えっ。もしかして、俺の父親の事知ってるの?」
「ああ。知ってるも何も、俺の親友で相棒で大切な存在さ」
「じゃあ母さんと知り合いっぽかったのは、」
「君の母さんと父さんが出会った時のことも知ってるよ。仲良くなり始めたきっかけも、付き合いだしてからも、何だったら別れることになった後のアイツの事も俺は知ってる」

俺よりも何倍も大きな手が伸びてきた。掻き上げるように前髪が持ち上げられる。そうして、懐かしさに浸るように諸伏さんは俺の眼を見つめてきた。

「目元が父親似だね。中学生の頃のアイツをもっと幼くしたらきっとこんな感じなんだろうな」

……あぁ、この眼。この視線。母さんが時々するのと同じだ。俺の眼を見て、遠くにいる父親を見ている。懐かしそうに、大切そうに見てるんだ。この人は本当にあの人の、

「あらあら、二人で仲良くかくれんぼ?鬼は一体誰なのかしら」
「このポジションで言ったら君か若しくは私かな」
「アナタじゃ全部が見えちゃってとってもつまらなそう」
「それを感じさせないようにやるのが面白いポイントになるだろうね!」

テーブルクロスをぴらりと捲って、覗き込んできたのはナーサリーとマーリンだった。花の香りに混ざって紅茶のいい香りが辺りに漂っている。二人で這って外に出れば、未だに端の見えない長細いテーブルの上にはお茶会の用意がされていた。

「紗希乃お母さまとエミヤおじさまの晩御飯が待っているから、今はほんのちょっとだけね」

内緒話をするようにこそこそ話すナーサリーに背中を押されて、最初に座っていた豪勢な椅子に座り直す。すぐ後ろにいたはずなのに、俺達の向かいにはナーサリーとマーリンがすでに座っていた。

「マーリン……アーサー王伝説に出てくる魔術師か」
「その通り!うんうん、さすが公安警察官、知識も申し分なさそうだね」
「公安?」
「そうとも。彼は日本を守る警察官の中でも取り分け優秀な人材だったのさ」
「優秀さは今も褪せていないようですよ。早く進めましょう。失礼、あまり母君を待たせたくはないものでお邪魔させて頂きます、マスター」
「はいはい、我らが王には逆らえませんとも」
「どの口が言うのですかマーリン!」

ぼそりと、アーサー王……と呟く諸伏さんの斜め向かいには気が付けばアルトリアが座っていた。

「手早く済ませるのには賛成さ。こちとら時差があるもので昼寝が長引くとお目付け役に文句を言われかねないからね。ただでさえ、普段の君の無駄な報告会に引っ張りだこで寝てばかりの怠惰な天才だと思われてるんだからさ」
「ダヴィンチちゃん!」
「ダヴィンチって、レオナルド・ダヴィンチか?」
「そうとも。Mr.諸伏。歓迎するよ、我々の信頼するマスターの母君が縁で釣りあげた人物だ。ハズレじゃないだろう?」
「釣り……?」
「詳しくは聞かないでくれ立香くん……!」

アルトリアの次はダヴィンチちゃんがナーサリーの横に現れた。優雅に紅茶を飲みながら、ナーサリーの勧めたクッキーを手にしている。瞬きをするたびに、ひとり。またひとりと英霊たちが増えていった。端の見えないテーブルのせいで誰がどこに座っているのかが見えないけど、これは相当な数の英霊が集まっている。

「全員はいませんよ。王様とかそのへんは皆どうせわかってますし。オタクのマンションにあんまりいない外に出てるサーヴァントが中心ってところですかね」
「ロビン!」

俺の隣には気づけばロビンが座っていた。俺に笑いかけつつ、さっさと話しを進めるようにマーリンに向かって手をひらひら動かした。

「皆して急かすなんて無粋だけれども仕方がない。さあ、マスター君。ここで一度、今後の進退について考えようじゃあないか!」

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