蒼の双眸(FGO×DC)

A


「紗希乃ママ〜!おじさん起きたよ〜!」
「えっ、本当?!早いね?二人ともまさかと思うけど諸伏くん襲ったりしてない……よね?」
「解体していいならするよ」
「だめ!」

楽しそうに駆けてきた二人に焼き立てのパンケーキを振る舞い、リビングにいるように伝えた。フォークを握った二人はこれで大人しくしてくれるはず。立香が帰ってくる前でよかった。胸を撫でおろしながら、諸伏くんのいる部屋へと向かうことにした。着ていたエプロンを外し、空いた椅子に掛けて、キッチンから一歩出たところでふと足が止まる。……あの、暗い水の底。あそこに沈んでいたってことは諸伏くんはすでに死んでいる。姿かたちが人間のまま掬い上げられてはいるけれど生き返ったわけじゃないらしい。本当は死ぬ役割じゃなかったのに、イレギュラーな死を迎えてしまった。死んでしまったら元に戻らない。英霊たちの言う、前の立香の世界で生まれたわけじゃなくても失ってしまったものは戻らない。それじゃあ、今いる諸伏くんは……?

あと数歩踏み出せば、簡単に再会できる。何百年も前に死した英霊たちと毎日のように過ごしてるっていうのに、おそらくたった数年前に命を落としたであろう元恋人の親友の死に動揺してる自分がいた。そこにいるのに、もういない。会えないはずなのに会える。そんな現状を飲み込みきれてない。

「母君。私も同行させて頂きましょう。既知の間柄の人間に事実を伝えるのは酷でしょうから」

ぐるぐると考えを巡らせていた私の傍に、アルトリアが心配そうに眉をさげて立っていた。優しく差し出された手に自らの手のひらを重ねてゆっくりと足を踏み出す。……勝手に掬い上げてしまったことを彼はどう思うだろうか。諸伏くんの死に関する状況を私は知らない。また再びこの世に存在することを強制的に定めてしまったことを怒られるかな。反対に喜ばれてしまうかな。自ら死を望むような人ではなかったと思うけど、最期の瞬間を目にしたわけでもないのだから何とも言えなかった。そしてきっと、諸伏くんが最期の時の詳細を私に教えることはない。彼も諸伏くんもそういう人で、そういう仕事をしていた人たちだから。

……だけれど、

「もう当事者になると決めたんだから、遠巻きされることを黙って頷いて見ているだけなのはおしまいにしなくちゃいけないね」

諸伏くんが暗い水の底に沈むことになった訳にも場合によっては踏み込んでいかなくてはならない。きっと優しいから突っぱねられるだろうけど、負けてなるものか。ナーサリーの明るい楽しげな声が近づいてくる。困ったように笑って、ぎゅうぎゅう抱き着いてくる少女の背をやさしく支えているその人が見えた。目の前にいるのに、もういない人。……また、燕青の悪戯だったら良かったのになぁ。目が薄く潤んでいくのが分かって、ゆっくりと瞬きをした。

「……久しぶりだね、諸伏くん」

再び開いた目で捉えた元恋人の友人は、これでもかと言うくらい口をぱっくり開けて、私を眺めていた。

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