蒼の双眸(FGO×DC)

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「君は、僕の敵か?」
「いいえ?」

敵だったほうがよかったの?と首を傾げるナーサリー・ライムは、自分を庇うように立っているマシュの服の裾を引いて、「私たち、間違えちゃったのかしら」なんてわかりやすく耳打ちをしていた。尋ねられた側のマシュはというと、質問の意図を汲み取れていないようで非常に混乱している。

「敵になるのはカンタンだけど、アナタを消してしまうのはマスターが望まないでしょう?」
「ホォー……君が、僕に手を下せるってことかい?」

小さな少女が、大の大人を簡単に消すと言う。普通なら、冗談だと受け流して愛想よく微笑んで見せるだろう。だけれども、この子や、この子の仲間であろう男たちを思い浮かべると流してしまうのは気が早いように思える。

「ううん。それはできないの」
「やろうと思えば、できるんだろう?」
「だから、私たちにはできないわ」

何度も言わせないで!と腰に手をあてて、ナーサリーは頬を膨らませた。

「だってそれが、この世界でのルールみたいなんだもの」



夢と現実の狭間を通り抜ける時、いつも懐かしい光景が頭をよぎる。楽しい思い出も複雑な思い出もすべてひっくるめたそれらは、偶然見つけてしまうのか、はたまたあの白い男による犯行なのかわからない。早く戻らないとギルガメッシュが面倒だと思うのに、懐かしさに手を引かれた私はやっぱり思い出に浸ってしまうのだった。


あの蒼い目には何度も射抜かれた。惚れた腫れたの可愛らしいものじゃなくって、どっちかっていうと鋭利なナイフでぐっさり穴を空けられたような感じ。痛みはないけど、イタタ…と零してしまいそうなくらい私は非常にいたたまれない気分でそこにいた。授業で使いたい本を求めて図書館に来ただけだったのに。空きコマで読んでささっとレポートを済ませようと思っただけだったのに。委縮したまま身動きがとれないでいる原因は1メートル先にいる彼。私が求めていた本を開いたまま、鋭い視線だけ横目でこちらに寄越す降谷零。

「……」
「……」

痛い視線と、重たい沈黙。彼と同じ授業を取ることになってから、こんな風に図書館で鉢合わせるようになった。今日こそは会いませんようにと祈って時間をずらしても、悪運が強いのか私は今日もこうして睨みあっていた。そりゃそうだ、同じ教授の授業を取っているのだから欲しい資料が被ることなんてままある。……あんまりにも被りすぎだとは思うけど……!いいや、出直すことにしよう。逃げるが勝ちだと振り返ったその時だった、後ろから聞こえた声に足が止まってしまう。

「………いつも、」
「…は?」

蒼に射抜かれようとも、胃がキリキリしようとも言葉を交わすことなんてなかったというのに、何故か今日に限ってはいつもと違った。思わず間抜けな声が出てしまって、慌てて口を手で覆っても時すでに遅し。綺麗な顔の眉間にはこれでもかと皺が寄せられていた。

「…は、って何だ」

何だ、って聞きたいのはこっちだよ。と口から出かかったのを何とか飲み込む。代わりに首を左右に振って見せれば、面白くなさそうに口を尖らせた。それから、開いていた本を閉じて私に向かって差し出した。……差し出す?あの降谷零が、私に本を差し出している……?疑問符をばら撒きながら受け取ろうとしているのがばれたのか、受け取ろうとした本が彼の手によって避けられる。こ、こいつ…!

「なんでこの文献を?」
「なんでって、教授お勧めの文献でよく引用されてる文献の著者が読んでる本だから何か使えないかと……」
「……」

整った顔の真顔ほど無を感じる物はないと今日に至って初めて思い知った。この反応から見ると、さては降谷零も同じ考えをしてたとみえる。……そういえば今まで本の取り合いで遭遇していた時の文献って同じようなラインナップだったかもしれない。

「僕は――」

うすくバランスの良い唇がゆっくりと開いていく。いつもの鋭さに光っていた瞳が、揺れているように見えた。……いつもと違って、近い。目の奥が覗き込めそうなくらい透き通っていた。

「ゼロー本なかったのかー?」
「っ!」
「ぎゃっ!」
「は?!ゼロお前女の子に何して、」
「いいから行くぞヒロ」
「いやいや良くないだろ?!」

いつも降谷零と一緒にいる男子が来た途端に、顔面にぶち当たるハードカバーの参考文献。いや無理。普通に無理。鼻がぺっしゃんこになったし痛いわ!逃げようとする降谷零の腕を踏ん張りながら引き留めている男の子は私と降谷零を交互に見返しながら一人慌てている。

「おい、待て焦りすぎだって!ごめんな、藤丸さん、どっか痛いとこ…って血!血出てる!」
「うわあ」

ボタボタと出てくる鼻血は手で押さえても手首を伝って袖に染みを作るだけだった。いや、なんていうのこれ。こんな簡単に血ってでるもの?顔に本がぶつかって鼻血なんて漫画みたいなこと起こる?なんて私はとってもわかりやすくパニックに陥っていた。零れる血を抑えていたら、目と鼻の先に降谷零の顔があった。

「ごめん、鼻つまんでて」

見慣れないハンカチが私の鼻に宛がわれて、言われるままに自分の鼻をつまむ。それから、膝の裏に手を入れられていとも簡単に横抱きにされた。そう、いわゆるお姫さま抱っこというやつで、さらに輪をかけてパニックになっている私は下ろすように言ったけど、ハンカチ越しに鼻をつまんだままじゃ声はくぐもって聞き取ってもらえない。

「顎ひいて、できるだけ下向いてくれ」

言われるままできるだけ下を向く。私を抱えた降谷零は司書室までそのまま運んでくれた。そこで少し休んだら、あんなに出てた鼻血は簡単に止まった。司書室なんてすぐ近くで、短い距離だったというのにとても長い時間彼に抱えられていた気がする。口の中の鉄臭さから逃げたくって、チラリと盗み見た降谷零の顔がやっぱり綺麗で不覚にもときめいた。何言ってるんだ自分、元凶はそもそもソイツだってようやく我に返れたのは、血まみれの服をすぐクリーニングに出す代わりに借りた彼のTシャツとパーカーを着て家に帰ってからのことだった。

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