蒼の双眸(FGO×DC)

A


銃口を向けた先にいた人間が忽然と姿を消した。塵のような、光のような粒子になってばらけていく様を眺めることしかできなかった。

「ばーぼんさん……えっと、その!」

混乱しているらしいマシュは、うろうろと歩き回っている。そんな彼女が視線を離さないのが、僕が手にする銃。怖がらせてしまったな。銃をベストの下に着ていたホルスターにしまってから、右往左往する彼女の前で目線に合うようにかがむ。

「怪我はしてないかい」
「していません!」
「そうか。ならいい」
「あの、ばーぼんさん、さっきの人は」
「知り合いみたいだね。合ってるかな?」
「そうですが……その、」
「ああ、うん。ちょっと、目の前で起きたことに対して僕はあまり納得がいっていない。大人の男が身を隠すのは簡単なことじゃないし、何よりあれは隠すというよりも完全に消えていたね。君があまり驚いていないってことは、彼が消える仕組みを理解できているわけだ」
「あの人はにんげんではないのです」
「人間じゃない……確かに人間業じゃないな、あれは」

人間じゃない。その言葉は実に便利だと思った。自分には理解できない超常現象のせいにしてしまえたら追及する必要もなければ、納得のいかなさも認めやすい。諦めたくない気持ちは当然あるけれど、この目で確認した一連の出来事が夢なんかじゃないってことを肌で感じているのも確かだった。

「セイバーはどこに?」
「しごとに行く、としかきいてません」
「仕事ね……」

今日は組織の任務は入っていない。となれば、彼の仕事というのは、組織以外に仕えているという人物からの指示で外に出ているということか。セイバーは組織に外に出ていることを知られないために偽物を研究所に仕込んでいた。彼は偽物を仕込んでまで一体何をしようとしている?組織と別に持つ彼の顔は一体どこの顔なんだ?存在によっては、これから僕のすべき選択を大きく左右することになる。……それに、偽物は僕のことを『親父殿』と呼んでいた。僕と親子関係にあると言うなら現状可能性があるのは藤丸立香しかいない。組織にいるセイバーと、ポアロにいた女性のセイバーが立香と面識があることは確認済だが、あの口ぶりだと立香はセイバーの偽物とも繋がっていそうだ。……さて、これは一体どうしたものか。セイバーのいないうちにこの子から、彼らを束ねている誰かの存在を聞き出しておきたいところだが……。『マスター』と主従関係を匂わせるような名称が出てきたけども、その主人が何者なのか、それが立香とどう関係しているのかがイマイチ繋がらない。もじもじと僕の顔を盗み見るように視線をうろつかせるマシュをソファへと誘導して、隣りに腰掛ける。警戒されないよう、すこし離れたところに座った。

「マシュ。また、質問してもいいかい。前と同じ、答えられる範囲で構わない」
「はい、がんばってこたえます!」
「いい返事だ。君やセイバー、そしてさっきの男。君たちはただの知り合いなんかじゃなくて、仲間なんだろう?」
「そうです!わたしたちは大切な仲間どうしです」
「それで、セイバーと呼ばれる人物は他にもいるね?」
「はい。他にもたくさんいます」
「たくさん……どれくらいいるかわかるかい」
「わたしはねむってばかりで今のくわしいことは分からないんです。覚えてるかぎりのセイバーさんが全員残っているともかぎりませんし、座にかえっているかもしれないですし……」
「……座?」
「ばーぼんさんは他の誰に会いましたか?せんぱいの周りには大勢の皆さんがいて、今もずっと見守っているときいてます」
「……ひとつ、確認してもいいかな。君は、セイバーの振りをした男の発言に驚いていたね。『先輩のお父様だったんですか』だったかな」

マシュがもじもじしていたのは、それが気になっていたかららしい。頭がとれてしまいそうなほど、彼女は何度も何度も頷いている。

「せんぱいはとてもきれいな蒼い目をもってました。せんぱいがばーぼんさんの子供なのだとしたら、きっと今もきれいな蒼い目をしているんでしょうね」

以前、ずっと先輩と会えていないと言っていた。立香とずっと会えていない、ということだったのか。……それにしても、何かおかしい。マシュの言っていることは分かるけれど、本来の意味で理解できている気がどうにもしない。前に立香に会ったことがあるというのなら、どうして今の立香の目の色を知らないような話しぶりなんだろうか。そもそも、マシュの幼さから考えると、そんな昔のことじゃないはず。しっくり当てはまる感覚のない、どこかずれたままのやりとりがどこか僕を焦らせる。セイバーが戻ってくる前にすべて聞かなければならない。ずっと会いたかったという立香の父親が僕だと知ったこの子は、おそらく僕への警戒を緩めているところ。すべてを聞き出すのなら今だ。

「……マシュ。君たちがマスターと呼んで主従関係を結んでいるその人は一体何者なんだい?」

眼鏡の奥の大きな目をパチパチ瞬かせてから、マシュはゆっくりと小首を傾げた。まるで、僕がおかしいことを言い出したと思っているように。

「わたしたちのマスターは、今も昔もたったひとり……」

うすい桃色の前髪がさらりと眼鏡にかかっていくのを払いもせずに、彼女は尚も不思議そうにしている。

「あなたの子供の、藤丸立香だけですよ」

マシュの呟きに驚いている間もなく、視界の隅に捉えた多数の光の粒に向けて、再び銃口を定めた。さっきは空気へ溶けて消えてしまったそれが、今度は形作られていく。それも、見覚えのある姿かたちに。

「Humpty Dumpty sat on a wall.Humpty Dumpty had a great fall.」

鈴を転がしたような場違いな声が、聞いたことのないメロディで聞いたことのある歌詞を歌い上げる。それはマザーグースのひとつ。そして、それを歌うのは……

「All the king's horses, And all the king's men,Couldn't put Humpty together again!」

ふたつの三つ編みを揺らす、ひとりの少女。

「ナーサリー・ライム……」
「あら、すてき!わたしの名前知ってたの?不思議なあの子のせいかしら。砂糖がみっつのおじさまかしら。外ではナマエを呼んだらダメよ。マスターを守れなくなってしまったら、とってもとっても悲しいわ」

銃口にひるむ様子もなく、ポアロでキャスターと名乗っていた少女はその場でくるりと回って微笑んだ。

「店員さん、…ううん、ちゃんと呼んでもいいかしら。わたしたちの大事な大事なマスターのおとうさま!ハッピーエンドとバッドエンド、どっちが好み?バッドエンドはありすぎて、きっと貴方も懲り懲りするわ!それならわたしと素敵なお話目指しましょ?きっとそれならハッピーエンドよ!」

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