蒼の双眸(FGO×DC)

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私はよく夢を見る。いや、正確に言うのであれば夢の中へと引きずり込まれている。鼻腔をくすぐる濃い花の香りに、私はまた夢の中へやってきたのだと気づいた。真っ白なその場所にいるのはひとつの本棚と、私だけ。適当に選んだ本を手に取ってみた。パラパラとめくった本の中には目にしたことのない不思議な絵が並んでいる。きっとどこかの国の古い文字なんだろうけど、到底読めたものじゃなかった。

「無知なこと自体は別に悪くないさ」

後ろから聞こえた声に振り向けば、いつの間にか現れたソファの上でくつろいで座っている白い人がいた。瞬きをしただけなのに、いつの間にか本棚は立ち消えて、本を手にした私は彼の向かいのソファに座っていた。

「……マーリン」
「うんうん、覚えていてもらえて光栄だよ」
「私、ギルガメッシュとエルキドゥといたはずだったんだけど」
「知っているとも。もちろん、彼らも君がこっちに来ていることに気づいているさ」
「今日は時間がないって言ってたけど……あぁ、そうだ。現実にはあまり時間かかってないんだったっけ」
「そうだよ。これはあくまで夢だからね」

夢だからね、と言った彼がいつの間にか本を手にしている。私が持っていたはずのそれの頁をめくりながら、マーリンはフンフン、と愉し気に笑った。

「聞きたいことがあるようだ」

出会ったばかりの頃はフードで頑なに隠していた顔も今では惜しげもなく晒している。整った顔から視線を逸らしてみたら、逸らした先にソファごと移動され、そこから手をひらひらと振ってくる。マーリンの夢の中にいるのでは逃げようがなかった。三度も繰り返せばもううんざり。この野郎……なんて右手で握り拳を作るフリをしてみたら、乱暴だなキミは!とやや焦ったように彼は離れていった。

「貴方たちと出会ったばかりの時のこと、覚えてる?」
「しっかりとね。私は特に……いわば抜け駆けしたような形で君に会っていたし忘れようがないとも」
「その抜け駆けはいつから計画していたの?」
「いつから?はて、いつからだったかな。少なくともここ最近の話じゃあないよ」
「……きっと、私なんかが気が付かないところで色んな選択がされてきたんだね」

はあ〜〜とため息が零れて止まらない。手のひらで顔を覆って項垂れる。ソファの右側が沈んでいくのがわかって、チラリと横目で見てみれば向かいにいたマーリンが右横に座っていた。ええい、近づくんじゃないってば。泣いてない!

「貴方たちと出会ったばかりの頃に約束したよね」

彼らと出会うまでの過酷な日々に疲れ果てていた私は、魔術や英霊なんてこれっぽっちも理解できなくたって信じるしかなかった。息子を守ろうと動いてくれていることはまぎれもない事実だったのだから。突然現れた救いの手に縋りついたから、今がある。

「無知を演じなくてはならない、ってさ」

立香を守る、そんな目的を共有している彼らは口を揃えて「見ない振りをしてほしい」と言った。命令ではなく、どちらかと言うとお願いだった。私がこれから抱く疑問や違和感を見て見ぬふりすることが立香を守るために必要になってくるのだと。

「そりゃ聞きたいことたくさんあるよ。夢だって言うけど何なのこの空間。夢ってそんな便利なものなの?サーヴァントって一体何人いるの。なんか地下室作ってるとか冥界とか言うけど一体なんなの。立香が前世で結んだ貴方たちとの縁が切れてないとかいうけど、それにしてもはっきり残りすぎじゃないの?」
「うんうん。たくさんあるね。もっとあるんだろう?」
「もちろん!たくさん、たーくさんあるんだから。だけど、どれもこれも今は答えてくれないんでしょう?」
「私は答えてもいいと思うけど、ギルガメッシュ王が許してくれないだろうね」
「ほらね!」

あれもこれも聞きたいことだらけ。それでも私程度が気づける事には限りがあって、彼らが知っている全ての事象と比べたら些細なことなのかもしれない。私が気付けずにいることも、気付かない振りをしてきたことも全部知る機会がようやく来るとギルガメッシュは言っていた。

「選択を先延ばしにすれば選択肢がなくなるって言ってたけど、選択肢なんて今更必要ないよ」
「あの男に会わなくていいのかい?」
「……それも今更だよ。不思議で理屈の通らない貴方たちのことだから、いつかきっと彼を見つけてしまうんだろうとは思ってた。ギルガメッシュが言ってたってことは、もう見つけたんでしょ。思ったより早くってびっくりだけど」
「それが全くもって早くないんだなこれが」
「まあ、3年とちょっとはかかったけど」
「うんうん。そうそう3年ちょっとね」
「何か隠してない?」
「どうだろうか。君の方こそ隠してないかい?」
「……だって、聞いたって答えはくれないでしょう」
「彼のことならある程度なら答えられるよ」
「……元気にしてる?」
「元気だろうとも」
「だろう、ってことは穏やかに過ごしてはなさそうね」
「君も察しがいいね」
「昔から忙しいひとだったから」
「うん。忙しそうだ」
「やっぱり。……仕事は変わらない?」
「何をやっていたか君は知ってるのかい」
「警察官だってことくらいしか知らない」
「じゃあそうなんじゃないかな」
「今、彼は……」

誰かとうまくいっているのかな。そう続くはずの言葉は喉元で足踏みをして出てこない。間抜けにぱっくり開いた口を閉じてから、マーリンに視線をやればワクワクと目を輝かせていた。

「続きは?」
「言わない。聞かない」
「どうして?君には聞く権利があるし私は答えを持っているよ」
「私にはもう関係ないことだもの」
「ギルガメッシュ王の提示した選択肢で彼を選べばいいんじゃないかな」
「そんなの、立香を見捨てるみたいでできない」

万が一にもないけれど、もしも……もしも、立香ではなく彼の方を選んだとして。その時は立香のことはサーヴァントたちが守っていくのだろう。私が守れることなんて知れてる。だけど、私はその道を選びたくない。

「ねえ、マーリン。ギルガメッシュの言っていた、私がすべてを知る機会が来るっていうのはどういう意味なんだろう」

これまで気付かない振りをしてきた。気付けていないこともきっとたくさんある。それは立香を守るための必要なことだとサーヴァントたちから求められたことだった。それを、知るということは―……その時にはもう、守りは必要ないってこと?

「……私、母親としてあの子の傍にいられなくなってしまうの?」

私の問いかけに、マーリンは肩を竦めている。それからゆっくり立ち上がって、演説するように両腕を開いて掲げた。

「小さな綻びはいくつも自然にできている。それを大きな穴にするのはまぎれもなく君の息子自身だろう」

もちろん、彼ひとりだけではないんだけれど。そう零したマーリンの周りを真っ赤な花びらが勢いよく舞っている。人差し指を自分の唇に押し当てて、ギルガメッシュ王には内緒だよ、と小さく呟いた彼はニンマリ笑った。

「秘密をひとつ明け渡そうじゃあないか」

気付けば座っていたソファが消えて、花びらだらけの床に腰を抜かしたように座っていた。何度経験したかわからない強い風が、花びらを巻き上げるように昇っていく。耳元を駆け抜ける風の音の切れ間から満足げに呟いたマーリンの声が届いた。

「藤丸立香が望めばね、何でも叶ってしまうんだ」

なんてね、と本気かどうかわからない愉快犯の声はあっという間にかき消されていった。

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