蒼の双眸(FGO×DC)

B


「あれだけ儲けているなら取引先のひとつが潰れたところで問題はないだろう。まあ、今日の調べで不正が見つからなければの話だが……。いいか、あのマンションに関することを何か掴んでくるんだ。あのマンションに住んでいて、あの会社に籍を置いている者もいる。それらの情報を少しでも手に入れろ。いいか、風見」
『了解しました』

研究所の前に停車した車内で風見へと指示を出す。あのマンションの現在の所有者はかつての恋人だったけれど、彼女の手へ渡したのはギルガメッシュという起業家。莫大な資産を持っている彼の会社に彼女は現在も所属している。経歴を洗ったところ、どうやら立香を産んでから仕事を転々としていたところに突然ギルガメッシュの会社に入っている。入社経緯は明らかになっていないが、不自然に思えた。……彼女のプライベートを支える相手がギルガメッシュなら、おかしくもないのかもしれないが。それでもまずは調べてみなくてはいけない。取引先のひとつを利用して捜査に入るところまではこぎつけた。後は部下たちの頑張りしだいか……。車から降りて、いつも通りに顔認証を受けて研究室の階段を下りた。

「遅かったな」
「そうですか?……まあ、確かにいつもより遅いかもしれませんが」

来る時間を固定しているわけでも指定されているわけでもないし、すこし遅いところで何の問題もない。リビングのテーブルへと進み、昨日のうちに買ってきた食材の袋を置いた。セイバーとマシュは並んでソファに座り、テレビを見ているところだったらしく、マシュが食いつくように見てる。画面に映るのは、秘湯!日本の素晴らしい温泉ランキング!というタイトルがでかでかと掲げられているテレビ番組だった。マシュは何やら温泉の住所をメモしている。……文字が書けたのか、この子。ソファの後ろからマシュの手元を覗くと、紙に散らばっている乱雑なアルファベットが見えた。

「そういえば君は外国人でしたね」
「えっ、わたし、ですか?!」
「まあ、セイバーも外国人だろうけど。日本語がスムーズに使えているから日本生まれかと思っていたんだ。でも見た感じ慣れ親しんでるのは英語かな」
「日本語は話すのはなんとかできますけど、読み書きはにがてです」
「なるほど」
「君も外人のように見えるが、日本生まれなのか?」
「僕は日本生まれ日本育ちですよ」
「そうか」

セイバーはソファに腰かけたまま腕を組んで、マシュを眺めている。

「……セイバー?」
「なんだ?」
「いえ。普段と雰囲気が違う気がして……」

何かありました?と尋ねれば、マシュが驚いたように振り向いた。手に持っていた青い鉛筆が小さな手から転がり落ちていく。鉛筆はセイバーの足元へ落ちていったのに、その足はぴくりとも動かない。

「特に変わったことは何もないさ。私はそんなに普段と違うだろうか」
「いつもなら、メモしているマシュに手伝いを申し出て玉砕したりしてますからね、どこかよそよそしいような。……あぁ、もうすでにそのやりとりは終わってたんでしょうか?」
「そ、そうです!もうそれはさっき……」
「……そうですか。どうやら僕の勘違いらしい」
「かんちがい?」
「お前は誰だ?」

ベストの下に忍ばせてある小銃の銃口をセイバーに向ける。向けられた側であるセイバーは微動だにもせずこちらをじっと見返してくる。

「ばーぼんさん!そんな、銃なんて、」
「マシュ。危ないから離れるんだ」
「この人は危なくなんてないんです!」
「手をあげて立て。それから部屋の突き当りまで進むんだ。お願いだよ、マシュ。その男から離れて」
「撃たないとやくそくしてくれるならわたしははなれます」
「だんまりを決め込んでいるその男の行動次第だ」

指示通りに両手をあげて立ち上がり、セイバーの姿をした男は部屋の突き当りまで進んだ。

「これからする質問にすべて答えろ。返答次第ではすぐに撃つ」

男は静かに頷いた。

「ここにはどうやって入った」
「玄関から」
「認証システムを突破したのか?」
「できたさ。虹彩認証だったとしても問題はない」
「本物のセイバーはどこにいる?」
「外」
「外のどこだ?」
「知らん。出かけている」
「出かけている?セイバーが外に出たのは自分の意思か?」
「もちろん」
「お前は組織の人間で違いないな?」
「その通り」

マシュに対してどこかよそよそしい。普段なら鉛筆が落ちたら迷わず拾って彼女に返していただろう。そして何より、"遅かったな"など初めて言われた。来る曜日が決まってなければ、午前中に来るなら大抵近い時間にはなるがそれでもばらつきがある。そもそも普段のセイバーは、僕が来ることを期待していない。食材が無くなろうと、研究所を訪れない日が長引こうともそれに対してのアクションは何もなかった。セイバーは外出できないわけじゃないのだ。食料が底を尽きれば買いに出られる。ただ、出かける時には僕の元に一報入るシステムになっていることもあって外出歴は把握している。僕が長いこと来れなくなった時のみセイバーは外出していた。それ以外は僕がいつ、どのタイミングで来ようとも意に介さない。気にする奴であったなら、昏睡から目覚めたばかりのマシュに缶詰を手渡したりなんかしないだろう。

「……お前は、組織の人間であっても、セイバーのように組織以外に仕える人物がいるんだろう?」

そうじゃなければ、セイバーにわざわざ手を貸したりなんてするはずがない。男はその質問に答える代わりに、肩を震わせて笑い始めた。

「はははははは!」

驚いたマシュが僕と偽セイバーを見比べて慌てている。ひとしきり大笑いした男は、ハァーと息を吐く。

「なァ、アンタはなぜそう思った?」

声はセイバーのままなのに、話し方が砕けている。完全にセイバーではない口調になった男は、セイバーの顔のままゆらりと首を傾げている。あえて音を立てて銃を構えなおせば、「おお、怖いねェ」と両手をあげたまま肩を揺らした。

「本物のセイバーにとある質問を投げた時に言っていたんだ、"然るべき人が下す指示に私は従うのみだ"とね」
「ほう。それで、わざわざ不在であることを隠す手伝いをしている俺を奴さんと同じだと判断したわけだ」

紫がかった短髪がぼんやりと黒く長髪に見えてきた。それから、グレーのTシャツを纏う身体の線がぶれて見える。……まるで、誰かに変身していくかのように。洋風な顔立ちのセイバーの顔が、だんだんとアジア系の顔立ちへと変化していく。

「いいねぇ、"親父殿"!こりゃあ、マスターの成長が楽しみってもんだ。なあ、嬢ちゃん」
「えっ、ます、マスターの成長って…おやじどのって…?ばーぼんさんってせんぱいのお父様だったんですかああああ?!」
「……は?!」
「さーてと。嬢ちゃんのボディガードは親父殿で十分ときたら無頼漢の役目は本日終了帰るのみ!」

すっかりセイバーの面影が消え去った男は、楽し気に口をつりあげたかと思えば身体があっという間に塵のように消えていく。

「待て!まだ聞きたいことが、」
「残りの聞きたいことは本物のセイバーに聞いてくれるかね。そんでさ、」


「次にアンタと会うときは、十分に気を付けるんだな、バーボン?」

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