蒼の双眸(FGO×DC)

B


今日はやけに客入りが少ない。雨は降っていないし、特別なイベントが近くであるわけでもない。モーニングとランチの間のこの時間、普段ならもう少し人が集まってくるというのに。注文も落ち着いて、カウンターの中でお冷のグラスを磨いていたその時、カランカランと軽快な音を鳴らすドアベルと共に一人の少女が現れた。……この子供は……

「店員さん店員さん、一人で入っても大丈夫?」
「もちろんですよ、どうぞお入りください」

いらっしゃいませ、と改めて声をかければ少女は楽しそうにくすくす笑う。白髪の三つ編みに、真っ黒のワンピース。風見の報告に上がった子供と同じ様相をしている。この子はあのマンションの、立香の関係者だ。

「席はどこにしますか?」
「うーん。独りぼっちはさみしいから、誰かといっしょはいけないかしら」
「僕が声をかけてみましょうか」

ノートパソコンで何やら作業をしている人に、談笑している女性二人客……そして残るは、新聞を読んでいる毛利先生だけだった。もはやこれは他の選択肢など存在しないようなもの。

「毛利先生。もしよければなんですが、この子と相席して頂いても?」
「相席ぃ?席なら他にもあんだろーが」
「頑張ってひとりで来たのはいいけれど、急にさみしくなっちゃったの」
「だそうなので、できればご一緒願えませんか?」
「……しょうがねーな」
「わあい!ありがとう、素敵なおじさま!」

素敵だと褒められて悪い気はしてなさそうな毛利先生の隣に、少女はちょこんと人形のように座っている。彼女は鼻歌を歌いながら、開いたメニューを上からゆっくり指でなぞっている。

「その歌、なんだっけか」
「マザー・グースのお歌のひとつよ、おじさま」
「マザーグースって言いや、あれだろ。誰がコマドリ殺したの〜〜って残酷なやつ」
「童話はどれも残酷なものよ。絶望を和らげはしても、希望にはならないわ」
「さいですか……」

少女が頼んだのはケーキと紅茶。ケーキストッカーから希望のイチゴのショートケーキを取り出した。紅茶はティーポットで蒸らした後にカップに注ぐ。砂糖はお好みで入れてもらおうと、シュガーポットと共にそれらをテーブルへと運んだ。

「わあ〜〜とってもかわいい!とってもすてき!」
「お褒め頂いて光栄ですね。さあ、どうぞ」
「ふふ、いただきます」

ポチャンポチャンポチャン……角砂糖が茶色の海に落とされていく。新聞から目を逸らした毛利先生がそれを見て、顔をしかめた。

「お前、そんなに砂糖いれんのかよ」
「だって女の子はお砂糖とスパイスでできてるのよ」
「それもマザー・グースですね」
「店員さん、知ってるの?」
「ええ。女の子は砂糖とスパイス、それから素敵な何かでできているってね。男の子の方は確か、カエルとか犬のしっぽだったかな」
「そうよ!わたし、その歌だいすきなのよ」

ケーキにフォークを差し込みながら、その子はくすくす笑っている。一口ぱくりと食べてから、まるでほっぺたが落ちるのを守るかのように両手で頬を包み込む。とても幸せそうに一口一口丁寧に食べている。

「美味しいわ!このケーキ、あなたが作ったの?」
「そうですよ。今朝作った作り立てです」
「わあ、すごい。すごいわ、店員さん。店員さんみたいな人がお父様だったらどんなに素敵でしょうね」
「こいつが父親〜?なんか想像つかねーな」
「同感です、毛利先生。まだ結婚もしていないから父親も想像つかないですねえ」
「ふうん、そうなの」
「親と言えば、嬢ちゃん学校はいいのか?こんな真昼間から一人で遊び歩いてて怒られてもしらねーぞ」
「ええ!怒られたりしないわ。おじさまは子供が遊び歩いてたら怒るの?」
「あったりめーだろ。うちでガキを預かってんだけどよ、そいつはいっつもチョロチョロチョロチョロ……」
「それってあの不思議な男の子?!」
「あ?不思議?」
「コナンくんのことかな?」
「そう!不思議な不思議な男の子。一緒にこの前お茶会したわ、お土産のクッキーを渡したの」
「そういや何か持って帰ってきた時あったな……」
「また今度お茶会できたらうれしい!」
「そういや、お嬢ちゃん名前は何て言うんだ?」
「わたし?わたしはね……」

あの日、ベルモットの急な呼び出しで風見と合流できずに情報を端末越しに見た結果、あまり納得できないような内容だったせいで結局風見本人を呼び出して直接報告するよう指示をだした。報告書に記載された情報を読み上げる風見が困惑していたのはハッキリ覚えている。「――……少女の名前はナーサリー・ライム。わらべ唄だと言っていました。それから、藤丸立香との関係は……」立香との血縁は全くない。戸籍上の繋がりもあるわけではない。ただの、同じマンションに住む住人。そして……

「キャスターって呼んでくれたら、うれしいわ」

――読者と本。風見の呟くようなそれが耳の中で木霊した。
キャスターか……。なんだか最近は本名を悟らせないように名乗る人間ばかり集まってくる。二人のセイバーも、この少女と繋がりがあるんだろう。ナーサリー・ライムという名が本名かどうかは不明だが、どうしてこの子はここでわざわざ隠そうとした?コナンくんと毛利先生に繋がりがあるとして、毛利先生がコナンくんに彼女のことを話すとしたら、名前の違いで話が行き違いになるのは容易に考えられる。子供だから何も考えていないのか、それとも……。

「これからよろしくね、おじさま、店員さん?」

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