蒼の双眸(FGO×DC)

C


確実に逃げられた。セイバーと呼ばれた女性に頼まれた通りに残りのハムサンドを持ち帰り用のボックスに詰めながら、そう思った。立香の周辺がさらにきな臭くなった。組織にいるあのセイバーと繋がりがある上に、立香本人も面識があるとは。マシュを娘のように守っているのは、その離れ離れになったという娘を重ね見ているせいか…?

「彼と知り合いということは、貴方は同郷で間違いないですか?」
「いかにも」
「なら、ひとつ質問が。さっきの話題とは全然違う内容なので警戒する必要はありませんよ」
「……答えられる範囲で答えましょう」

同じ答えを彼も言っていたな。フ、と笑いが零れてしまって怪しまれそうになる。危ない危ない。彼の謎に近づける糸口をせっかく見つけたのに水の泡になってしまう。

「黄金の林檎はどこで購入できるでしょうか」

全員が目を瞬かせている。セイバーと立香が顔を見合わせた。この様子はおそらく黄金の林檎について知っているようだ。

「えーっと、安室さん。それって何かの謎々?」
「いいや。僕が会ったことのあるセイバーとね、食べ物の話になったんだ。そうしたら、黄金の林檎の話をされてね。詳細までは聞くことができなかったんだ。だから、彼と同郷で面識のある彼女に聞こうと思ってね」

黄金の林檎と聞いて真っ先に思い浮かんだのは、童話か何かの創作物じゃないかということだった。だがしかし、そういう訳でもなさそうで、彼はマシュがそれを手にしているのを見た事が本当にあると思っているようだった。
「品種改良で黄色く育つ林檎はもちろんある。物の例えで黄金の林檎を謳っているなら、実際は林檎じゃなくオレンジの可能性もあるだろう?」
「オレンジ?どうしてオレンジが出てくるの?」
「林檎は英語でApple。Appleは元々林檎だけの呼び名じゃなくって果物全般をそう呼んでたって説があるよね」
「その通り。それで、神話なんかに出てくる黄金の林檎が本当に金色をした林檎じゃない可能性もあるんだ」
「神話に出てくる黄金の林檎がオレンジのことを指してたって説もあるから、安室さんの言うセイバーさんが言ってる黄金の林檎が何なのかがわからないってことだよね」
「そう。だから、彼を知っているセイバーさんがもし黄金の林檎について何か知っているなら教えていただけないかなと思いまして」

まただ。セイバーと立香が視線を合わせている。答えを擦り合わせようと探り合っているんだろうか。

「私は購入したことがないのでわかりませんが、黄金の林檎は確かに存在しますね」
「食べたことは?」
「私が食べることはありません」
「味は普通に美味しい林檎だと思うよ」
「……立香くんは食べたことがあるのかい?」
「まあ一応」
「すげー嫌そうな顔してっけど大丈夫か藤丸」
「林檎ね…林檎齧んないとやってけない時あるよね…」
「君は、どうやってそれを手に入れた?」
「もらったり、見つけたり、色々!」
「……貴方はその林檎を手に入れてどうするつもりでしょうか」
「どう、とは?」
「私共が知っている男と相違ない人物に渡すのだとすれば宝の持ち腐れになるでしょう。彼にその林檎は必要ありませんから。例え欲しがったのだとしても、それを渡す相手を貴方は理解していますか?」

どうやら思い違いをしていたかもしれない。確かに、マシュの好きな食べ物を尋ねて話題に上がったのは黄金の林檎。ただ、彼は一度も言っていなかった。"マシュが黄金の林檎を食べていた"と……。手にしているのを見たと言っていただけだ。マシュに食べさせたいと言っていたわけでもない。黄金の林檎という存在に気を取られてしまって気付くのが遅くなった。それを渡す相手は決まっている。目の前のセイバーも、おそらく男のセイバーも。

『味は普通に美味しい林檎だと思うよ』

さっき、さらりと流された立香の発言。女のセイバーは"食べることはない"、男のセイバーにも"必要ない"。3人のなかで唯一黄金の林檎を口にしていたのはこの子だけだ。

「セイバーが言っていた、"然るべき人"」
「っそれは……!」
「貴女が彼の現状をどこまで把握しているか知りません。でも、」

小首を傾げている少年。僕の息子。君は一体何者なんだろう。僕はやるべきことをやってから君のことを考えようと、見直そうと思っていたというのに、君の周りは謎だらけで気にせずにはいられない。

「どうやら、僕の思い描いていた人物相手ではなさそうだ……」

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