蒼の双眸(FGO×DC)

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…先輩。

「次があると確信していても、目の前の全てを失うのってやっぱり怖いよ」

お願い、先輩。

「みんなを、君を置いていくことがオレは――」

行かないで、連れて行って、置いて行かないで。……そんな、弱さの塊を飲み込んで胸の内に秘めたつもりになっていても、この人には全てお見通しらしい。揺れる視界で、私よりすこし大きな右手が私の右手をそっと包んだ。

「ねえ、マシュ。きっと―…いや、絶対。絶対また会おう!」
「っ…はい!絶対に、また会いましょう!私も、頑張りますからっ…」

何があっても、会いましょう!泣いているのか笑っているのか、最後に交わした約束が現実か夢の中だったかもわからない。それでも、先輩と交わした約束を忘れぬように抱えていくことしか私にはできなかった。


*

お目付け役の監視。監視の監視なんて面倒なことこの上なかった。セイバーは外出することはほぼなく、ほとんどをこの研究所で過ごしていた。探偵業の合間であることを組織も理解はしているようで、セイバーほど研究所へ缶詰にならなくても上は何も言ってこない。時々訪れて、食事を疎かにしやすいセイバーのために冷蔵庫を食糧で埋めていく。数回この研究所に通った僕が行っているのはそんなことくらいだった。今日も同じように研究所を訪れていた。ベルモットから連絡が来た、とマシュの部屋から出て行くセイバーを見送って、いつも彼が座っている一人掛けのソファに腰を下ろした。
小さな女の子。綺麗でツヤのある桃色の髪に異常なほど白い肌。検体として扱われていたと言うなら、彼女はおそらく孤児で日本ではないどこかから連れてこられたんだろう。セイバーと血縁関係にないというのは確認済みだ。……まあ、掴んだ情報が真実であれば、の話だけど。

「……ぃ……」

小さな唇から漏れ出たか細い声に、耳を澄ます。

「…ん、…い…」
「……」
「…せん、…ぱい……」

再び寝息を立て始めた幼い子供。零れた言葉に思わず首を傾げた。見たところコナンくんや少年探偵団、そして自分の息子であろう立香と比べても幼い。その小さな子が知っている言葉にしては不釣合いじゃないだろうか。物知りだと言ってしまえばそこまでだが……。

「起きたのか?」
「いや、また寝たみたいですよ」
「そうか……」
「セイバー。いくつか質問をしても?」
「答えられる範囲でなら答えよう」
「マシュが受けていた人体実験の詳細を知っていますか」
「聞いてどうするつもりだ?……などと言った時点で知っているのと同義だな」

ランスロットは長い足を組み、考え込むように顎へと手を添えている。しばらく目を閉じて、言葉を探しているようだった。

「まだ話す時ではない。そして、君へ話すべきかも私には判断しかねる。時が来た時、然るべき人が下す指示に私は従うのみだ」
「ジン…ではなさそうですね」
「きっと君が思い当たる人物ではないだろう」
「貴方はご自分の立場を理解できていないようだ。その物言い、まるで組織とは別の何かに所属しているとも捉えかねませんよ」
「ああ、そうかもしれないな」
「だったらわざわざ監視役の僕に匂わせる様な発言は控えることですね」
「以後気を付けよう。とはいえ、私を上に売ったところで君に戻ってくるものは何一つないだろうがね。むしろ欲しい物が手に入らなくなるかもしれない」
「どう意味です?」
「なに、深い意味などないさ。……マシュが少し起きたなら、近々また目を覚ますだろう」
「……そうですか。目覚めるなら、彼女の好きな料理を作れるよう用意しておきましょうか。もっとも起き抜けには胃に優しい物になるでしょうけど」
「好きな食べ物か。まったく思い当たらない」
「何でもいいんです。甘い物が好きとか、果物が好きだとか」
「果物……」
「なにか心当たりが?」

果物に関することで思い当たることがあったらしい。慈愛に満ちた表情で、きっと林檎を手にしたマシュの記憶を思い返しているだろうその横顔に思わず目を逸らす。血縁関係がなくともその姿は十分に父親のように見えた。自分の子の存在をつい最近知って、血が繋がっているのに名乗ることもできない男もいる。それと比べたら血縁など関係なく守るべきものを守っている姿がやけに眩しく思えてきてしまった。……それでも、僕には僕の守らなければならないものがある。

「……林檎なら。黄金の林檎を手にしているのなら何度も目にしたことがある」

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