蒼の双眸(FGO×DC)

B


後悔してほしくないと紗希乃を手放したのは自分からだった。

「オレは帝丹小学校1年B組藤丸立香!」

目の前で主張する二つのちいさな蒼に、彼女との思い出が駆け巡る。日本を守るという夢を応援してくれていたあの子。危険な職に就いた僕と一緒になれば様々な制約が生まれることをはじめ、おそらくすべてをそのまま受け入れてくれたことだろう。だからこそすべてを抱え込ませたくなかった。きっと僕は君が側にいて欲しいと思った時にいてやれない、駆けつけることもできない。嬉しさも、楽しさも、悲しみさえも共有するのが難しくなるかもしれない。無理を強いることしか想像できなくて、そんな未来に彼女を縛りつけておきたくなかった。自己満足に近いものだとは理解している。それでも、日本を守ることが巡り巡って彼女を守ることに繋がることを信じ別れる決意をした。…というのに、

「お兄さんのお名前は?」

小学1年生という年齢に、この子の姓、そして輝く瞳。思い当たらないわけがない。僕が姿を消してから彼女は一体どんな人生を送って来たのだろう。ひとりでこの子を産み育て、どんな苦労を味わって来たのだろう。繋がりを消さなければ少しは軽減できたのか?それとも想像通りの人生を送らせたのか?幸せになってほしくて、彼女が後悔しないよう手放したというのに実際に後悔をしているのは僕自身じゃないか。

「僕の名前は、…安室透」

あむろとおる、と口先で僕の偽名を転がす少年。僕のことを知っているのか、それとも気にしてるだけなのか。知っているわけはない。安室透と彼女は面識すらないのだから。

「……今度、新商品の試食を少年探偵団にお願いしようと思っているんだけど君もどうだい?」
「試食?」
「そう。来月の新しいデザートの試食さ」
「ほんとかよ安室の兄ちゃん!」
「歩美たちもいいの?!」
「もちろん!たくさん意見が欲しいから是非とも皆にお願いしたいところだよ」
「確かに意見は多いに越したことはありませんからね!」
「そうだね。だから……また来てくれるかい、藤丸立香くん」
「んー」

小さな少年は、手にしたスマートフォンを眺めて考え事をしている。そういえばさっきも誰かと通話していたな…。

「…母さんが、いいよって言ったらね」
「いい返事をもらえるよう期待しておくよ」

*

「ハァイ、バーボン。ご機嫌いかが?あんまり麗しくなさそうだけど」
「そんなことありませんよ」
「あらそう。てっきり機嫌が良くないのかと思ったわ。アナタが珍しく思いつめたような顔をしているから」
「ジンに呼び出されて喜んで駆けつける人間は少数派だと思いますけどね」
「フフ。それならアナタにとっては朗報かも…ジンは来ないわ。別件でイギリスへ行っているから」
「…では今日は一体どのような呼び出しで?」

組織で取引に使っている倉庫街。ジンからの急な呼び出しに応じてみればそこにいたのはベルモットだった。ジンが来ないとなると用件自体はそこまで厄介ではないのかもしれない。ベルモットが道案内をするらしく、バイクに乗った彼女がついてくるように手で合図した。どこに連れて行くというのか…。郊外へと進んでいく彼女をひたすらに追いかけていく。警察庁で風見を待っていたが一向に戻って来ず、その隙に来たジンからの連絡に応じて来てみればこれだ。スマホをスピーカーモードにして風見に電話をかける。すぐに出た風見へ今日は警察庁に戻らない事を伝えて通話を切った。報告自体は共有のデータベースに追加してもらう手筈になっているから問題はないだろう。

「すぐ終わる案件だと良いんだが…」

気を逸らせるのは、彼女とおそらく自分の子であるあの男の子。すぐに迎えに行って抱きしめてやりたい。紗希乃が許してくれるかどうかはわからないけども。むしろ責めてもらわなくては困る。彼女がひとりになったのも、ひとりで子供を育てることになったのも全て僕がそうさせたのだから。……また、ちゃんと彼女に会うことができるだろうか。気がかりなことがひとつあった。親子の情報を調べている時に様々な所で現れるあの名前。現在の住居のマンションの持ち主に、彼女の勤める会社の親会社の持ち主。あちこちに見つけた名前は実に壮大な名前だった。

「ギルガメッシュ……」

ただのパトロンなのか、それ以上か。そんなことを考えていたらベルモットの乗るバイクが左折して、気の生い茂る山道を進んでいった。森を抜けると、そこにはひっそりと白い近代的な建築物があった。ここから見る分には窓がひとつもない。あまりいい予感がしなかった。組織の研究所のひとつだろうか。バイクを停めたベルモットの隣りに同じように駐車する。ヘルメットを外しながら歩く彼女についていく。

「新しい仕事よ、バーボン。アナタなら難なくこなせると思うけど、ひとつ警告しておくわ」
「警告ですか」
「ええ。下手に情をかけないことね、」

真っ白い壁にインターホンがとりつけられている。その横にある小さな白い窪みをベルモットは3回つついた。すると、ただの壁だったそこがエレベーターの扉のように、扉一枚分開いていく。現れたのは小さなモニターとカメラ。顔認証か虹彩認証か…。

「アナタの顔の登録をするからそこのカメラの前に立って。これで今後は同じようにこのモニターさえ出せば中に入れるわ」
「顔の認証だけですか?」
「ええ。これ以上精度のいいモノはここに引っ張ってこれなかったそうよ」

モニターに備え付けられたタッチパネルをベルモットが操作すると、自分の顔が映っていたモニターにCOMPLETEの文字が現れる。機械的な音を鳴らして、モニターがついている壁が後ろへと後退していく。中に進むと左側に地下へ降りる階段を見つけた。

「そこを降りて」

階段を降りると、そこは普通の家庭のリビングのような部屋に辿り着いた。外観と不釣合いな光景に疑問しかわかなかった。ベルモットは部屋の中央にあるソファにヘルメットを降ろし、リビングの奥の扉へと進んでいった。

「ノックもせずに入るとは不躾な」
「あら。てっきり上にいるものだとばかり。バーボン!こっちへ来て。紹介するわ」

男の声がする別室に呼ばれて入る。中にいたのは、中央のベッドで眠る小さな女の子と、その側で椅子に腰かけるひとりの男。

「彼はセイバー。この建物の管理者よ」
「……コードネームではなさそうですが」
「ええ、そうよ。幹部になるほどの信頼はまだ得られていないの。特にジンからの信頼がね。剣使いが上手いそうよ。最もこの日本じゃ長い得物は使えないけれど」
「そうですか…僕はバーボン。よろしくお願いします、セイバー」
「こちらこそよろしく頼む」

立ち上がった男はかなりの高身長で、握手を交わした手についた筋肉でかなり鍛えているのが見てとれた。握手をしていた手が離れるや否や、セイバーは鋭い眼でベッド越しに立つベルモットを睨みつけた。

「その子に触れるな、ベルモット」
「相変わらずの溺愛っぷりね。何がどうして、アナタがこの子に心酔するのかしら。幼児趣味だっていうなら話はわかるけどそうでもないようだし」
「ベルモット。僕にわかるようちゃんと説明をしてくれますか」
「ハイハイ。まずここは組織お抱えの元研究施設ってところね。詳しい実験内容は私も知らないわ」
「実験は現在は行われていないと?」
「ええ。そこに眠る子供以外が命を落としてから一旦取りやめになったわ。検体として優秀だとこの子はこうして手厚く生かされているわけ。ただ、実験の後遺症なのかあんまり長く起きていられないの。次の実験に移行しようにもそれが元で行き詰まっている。もう少し成長して体力でもつけば良い実験ができるそうよ」
「その子供の監視をしているのがこのセイバーというわけですか」
「そうよ。そして、見ての通り大の男がこんな小さな女の子相手に情を湧かせているじゃない?裏切りを危惧したジンが新しいお目付け役を手配しろって指示をしたのよ」
「それが僕というわけですか…」
「お目付け役自体は主にセイバーが行うことに変わりはないから、その監視がアナタの新しい仕事よバーボン」

後はよろしく、と帰っていくベルモットを見送って溜息をついた。監視ということは頻繁にここに出入りする必要が出てくるわけだ。他の顔の今後のスケジュールを思い浮かべると自然にため息が出る。清潔そうなベッドに横たわる少女は肌が異様なほど白く、髪の毛は綺麗な桃色をしていた。あまり、見たことのない色だった。ベッドサイドには小さな眼鏡が置いてある。

「この子の名前は?」

男にそう訊ねたのに返事がない。聞こえていないのかと思ったがそうではないらしく、驚いたように目を瞬かせていた。

「どうしました?この子の名前は…もしや、検体だから名がないとでも?」
「いや、名ならある。ただ、今までこの組織の人間でこの子の名を尋ねてくれた者が一人もいなかった」

「この子の名前はマシュ・キリエライト。私の…私達の大切な子だ」

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