蒼の双眸(FGO×DC)

A


忘れもしない。あの、やけに静かな日の出来事。立香と夕食の買い出しに行って、帰る。たったそれだけのことに命の危険を感じながら覚悟を決めていた日々に突如現れた静寂。大通りを歩いているから当然周囲に人はいた。…いるのに、誰もいないみたいだった。手を繋いで歩いていた立香が転んでしまって、起こしてあげようと隣りにしゃがみこんだその時。数メートル先に見えた色素の薄い髪を持つ人物に、来るはずのないあの人を重ね見てしまって、身動きがとれなくなる。どんどん歩み寄ってくるその人。近づけば近づくほど、彼との違いばかりが目についた。髪の明るさが違う、肌の色の濃さが違う、目の色なんて…

「その子供…忌み子と捨て置けば、容易く安寧を手にできるとは思わぬか?」

不敵に笑い、真っ赤な光を瞳に宿すその人。不穏な赤に背筋が冷えていく。守らなくては、と無意識に掻き抱くように立香を抱きかかえていた。私の腕の中で不安そうにまんまるい蒼が揺れている。

「この子を守らずに手に入れたって、後悔するだけよ」
「ほう。貴様如きがそこな雑種を守り切れると?」

立香を抱く腕に力が入る。いつもなら抱かれたまま私にしがみついてくる立香がバタバタと腕の中で暴れはじめた。落とさないようにと立香の身体を引き寄せれば引き寄せようとするほど、立香は離れようとする。どうして?いつもはこんなことしないのに!

「ギルっ……!」

何から何までこれまでと違っていた。周りの環境も、目の前にいる男も、腕の中にいる息子も。立香が必死に赤い瞳のその人へと手を伸ばす。幼児が一生懸命に手を伸ばしたって遠くへなんか届かない。バタバタ暴れていたら尚更だった。それでも、大人の男の人の腕はいとも簡単に近づいてくる。愉快そうに口角を吊り上げた金髪の男は、立香へと手を伸ばす。立香の小さな腕を通り越して、ゴツゴツとしたその手は頭の上へとかざされた。立香が、連れて行かれちゃう…!

「…クッ、フハハハハハハ!」
「やめ、やめろよギル!かみのけ、ぐちゃぐちゃなる!」

……どういう状況だ、これは。悪役然としていたその人は高笑いしながら立香の頭をぐるぐるぐりぐり撫でまわしている。立香は立香で、「かあさんをいじめるな!」と文句を言いながらも頭をかき混ぜる手をそのまま受け入れている。

「見事に縮んだな、雑種!貴様、我々に来世で会うと一方的な約束を取り付けておきながら、今の今まで約束を疎かにするとはいい身分ではないか」

覚悟は出来ておろうな、と言いながら男は立香の頭を額を軽く手で押した。後ろへよろける立香を慌てて抱える。それが面白かったのか、フッと軽く笑われてしまった。

「女!この子供を産み、育て、守り抜いたこと、実に大義である。忌み子だと疎まず今日という日まで生き永らえさせたこと、此奴と契約を結んできた数々の者たちを代表して礼を言おうではないか!」
「……つまり、あなたは立香の、…息子の、前のお仲間さんたちの内の一人だと?」
「前だけではない。現在も縁は続いている」
「でも、れいじゅもうないよ」
「…立香。右手どうしたの?」
「え?」
「右手、赤くなってる。昨日のお風呂の時はそんなのなかったよね?どこかにぶつけた?」

れいじゅがない。そう言って立香が上に掲げた右手の甲に見慣れない赤い痕をみつけた。ぼんやりとした輪郭の痣のようなものが細い線を描いている。所々交差していて、不思議な模様にも見えるくらいだった。

「れいじゅだ!」

すまない息子よ。お願いだから母にわかるように全てを説明してください。

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