憧憬/降谷零


舞台をそろえて走り出す


冷気の漂うその部屋で横たわって並んでいるのは、熱で爛れた顔を白い布で隠されているわたしの部下たち。ひとりひとりの布を捲り、顔を見た。優秀で、正義感を持つ人たち。この人たちを部下として迎えることができてわたしは本当に幸せだったと思う。しばらく待っていてください。ここは寒くて暗いから、せめて明るいところで見送らせてほしい。……遺体を保管できる期間内にすべて片を付けなくては。

「もういいのか」

霊安室を後にした所に立っていたのは降谷さんだった。わたしとまるきり同じ場所にガーゼが貼ってある。なぜだか無性に笑い出したくなった。お互いボロボロすぎて、よくあの爆発の中で生きていられたものだと思う。

「……いいです。次はきっと火葬場でしょう」
「参列する気があるのならやるべきことはわかっているな」
「はい。風見さんから話は聞いていますが……」

毛利小五郎を容疑者に仕立て上げる。意識が戻ってすぐに風見さんから仕入れた情報にわたしは耳を疑った。毛利小五郎を利用することまではわかる。それが、どうして容疑者に?実際のところ降谷さんの真意を測りかねていて、わたしに情報をくれた風見さんも首を傾げていたのを覚えてる。足早に廊下を出て、降谷さんの車の助手席に乗った。

「降谷さん、どうしてそこまでするんですか」
「言っただろう。参列する気があるならやるべきことはわかっているかと」
「……つまり、」
「1分でも早く犯人を見つけ罪を償わせる。それには時間が少しでも惜しい」
「毛利探偵を容疑者にすることが事件解決の近道だと?」
「ああ。お前ならわかるだろ、吉川」
「……!」

そうだ。どうして気が付かなかったんだろう、答えはすぐそこにあったのに。毛利探偵のそばには彼がいる。

「江戸川コナンくんを協力者にするんですね?」
「ああ。ただ、」
「正規の、普段通りの過程を踏んでいては彼を協力者にできないってわけですか」

わたしたち公安は長い年月をかけて見極め、信頼関係を作り、協力者を得る。そして彼らに番号を振って管理している。膨大な情報の海から必要なものを手に入れるために行う大切な過程だ。コナンくんが協力者に値する存在だと降谷さんもわたしも理解しているけれど、他はそうじゃない。というか子供を協力者にするのはふつうにハードル高い。だから、

「彼を無理やり協力者のポジションに引き上げることにした」
「……なるほど。それなら毛利探偵を容疑者扱いした方が手っ取り早いです」
「そうすれば彼も本気になって捜査せざるを得ないだろう?」
「ですねー。ただ、コナンくんに敵視されるのを乗り越えるのは大変そう……」
「逆だよ。これまでより簡単さ。舞台をセッティングして、ひたすら煽り続ければいい」
「うわあ」

コナンくんご愁傷さま。降谷さんからの煽りを受けるなんてバーボンを探っていた頃ぶりだろうけど、きっとうまく乗ってくれるでしょう。

「風見さんが刑事部との合同捜査に参加するのであればわたしはそっちに行かない方がいいですね」

使える駒は残しておくべきだと思う。特に犯人の目星がついていない今、どこに人手が必要かわからない。風見さんの部下が合同捜査とは別に現場の実際の状況から捜査をしているそうだし、わたしがそこに加わる必要もあまり感じない。

「吉川には別ルートからコナンくんを焚きつけてほしい」
「了解しました。そちらの計画開始とともにわたしも動き出します」
「それともうひとつ見ておいてほしい人物がいる」
「どなたを?」
「2291だ」
「……2291って、」

わたしの声を遮るようにピタリと動きを止めた車はいつのまにか目的の出版社に到着していた。それから軽く投げるように渡されたのはハンズフリーのイヤホンマイク。互いに頷き合ってから、わたしは車を後にした。さて、とにかく一刻でもはやく動き出す準備をしなくちゃいけないな。……いや、その前にやることがあるか。さっき受け取ったばかりのイヤホンマイクをすこし見つめてからジャケットのポケットへとしまった。バッグから取り出したスマートフォンで通話しながらタクシーを拾う。

「もしもし。篠原です。ええ、聞いてます。その件ですが野暮用ができまして。後で取りに行くのでまとめておいて頂けます?いえ。ちょっと気がかりなことがあって。……そこじゃ無理ですね。わたしでもどこまで拾えるかわかりませんけど」

「ええ。もし、彼から連絡があったら言ってください。篠原は例の件を追っている、ってね」





舞台をそろえて走り出す

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