憧憬/降谷零


華やぐ夜更けを駆け抜けて


「吉川?!」
「千葉くん?!」

世で言う花の金曜日。そんなもの死語だ死語。わたしには関係ない言葉だったけど、久しぶりにご飯にでも行こうかつての同期たちに声をかけられて珍しく乗った結果がこれでした。

「合コンとか聞いてない!」
「言ったら紗希乃ちゃん来なさそうだもん」
「そうそう〜。みんな仕事終わりだからかしこまった席じゃないし、何より同期だし、ね?」

ね?じゃない。普段は誘われても仕事を理由に断ってきたのに、組織関連の仕事が一息つき始めたタイミングだったからうっかりオッケーしてしまった。合コンと知ってたら来なかったのにさあ。男性陣は苦笑いしてる。その端っこにいる彼は少し前に再会したばかり。それも仕事の真っ最中にね。

「珍しいのが来るって言ってたのは吉川だったんだね」
「そうだよ〜。なんか二人とも久しぶりって感じじゃないね?もしかして会ってた?」
「仕事中にちょっとね」
「へえ、情報技術犯罪対策課って警視庁にも出入りするのね」
「……へ?吉川って、」

お飲み物お待たせしましたァ〜!と居酒屋の店員の間延びした声に遮られて千葉くんの声が遮られる。届いた飲み物に皆の意識が向いてる今、向かいに座る千葉くんに笑顔で訴える。お願い察して。小さく一度だけ左右に首を振ると、千葉くんは何度も頷いた。いやちょっと、わかりやすく動くのやめてー!

「所轄のわたしたちじゃその辺はわかんないからなあ」
「千葉の捜査一課も忙しそうだしな」
「そうそう、いっつも誘っても忙しいって言うしさ。特撮見るのが忙しいだけかも知れないけど」
「特撮くらいいいだろ、別に!忙しさで言ったら吉川の方が忙しいんじゃないか」
「捜査一課と比べたらどうってことないよ」
「……」
「なにその目」
「いや、」

千葉くんの、お前は何を言ってるんだ、という表情がありありと浮かんでる。そうは言われてもね、ここじゃわたしはPC相手にサイバー犯罪を追いかけてることになっていますので。そっちはそっちで忙しいことも知ってるけど、深く掘り下げることは避けたい。

合コンとは言ったものの、同期で集まって今さら恋愛関係のすったもんだに行きつくなんてことはなくて。気付けば今話題になってるあの事件がどうだの少し前に終息したニュースなんかについて話していて、まるで警察学校時代にディスカッションしていた時のような気分になった。警察学校時代は深く付き合う仲の人はできなかったけど、なんとなく懐かしい気分とお酒の力も手伝って悪くない集まりのように思えてきた。……そう、ついさっきまでは。

「そういえば、安室さんポアロやめたんだって?」
「ぅえっ?なんで?千葉くん知り合いだっけ?」

一方的に降谷さんが千葉くんのことを調べたことはあったけど、千葉くんと接触してたとは。まあ、毛利探偵一行と行動してたら遭遇する時はあるか。

「最近事件に遭遇しても毛利さんの周りで彼を見ないから毛利さんに聞いたんだよ。そうしたらポアロも弟子もやめてしまったって聞いてさ」
「ねえねえ、その安室さんって誰?」
「誰って、吉川の彼氏さんだろ?」

声にならない叫び声とジョッキとお皿が擦れるガチャガチャした音が押し寄せてきて、思わず体を逸らす。

「いや、あのさ、そんな驚くことかなあ」
「だって仕事が彼氏ですって言ってもおかしくなさそうな紗希乃ちゃんが!」
「前に合コン誘ったら『仕事したいからいかない』って言ってた紗希乃ちゃんが!」

彼氏がいないと思って合コンに誘ったらしく、ごめんねごめんねと酔っ払いたちがしきりに謝ってくる。うん、わかったからジョッキを構えるのやめてくれ。乾杯はもうしたよ、もういらないよ!

「彼氏さんどんな人なの?」
「安室さん、イケメン店員って有名だったっけ」
「店員って何の?」
「喫茶店だよ。米花町の毛利探偵事務所の真下にあるポアロってとこ。毛利探偵に弟子入りして喫茶店でアルバイトしてたんだ。年はいくつだっけ、吉川」
「今年で30になります……ねえ、なんで千葉くんが説明してるのかなあ」
「えっ、30でアルバイト?」
「それってどうなの?ねえ、紗希乃ちゃん見た目に騙されてたりしないの?」
「探偵って不安定そうだよな……」
「確かに……」

さっきまでのお祝いムードは一転。なんだか空気が不穏になった。30でアルバイトって確かに不安定そうに見えるけども。実際はそうじゃないしなあ。上司ですってハッキリ言えちゃえば楽なんだけどな、安室透としての降谷さんしか知らない千葉くんを目の前に上司だなんて言ったらややこしいことになっちゃう。

「情報だけ聞くと不安定に見えるけど、実際見たらそんなこと言えないとオレは思うけどね。推理力もあるし、聞く所によると腕っぷしも良いらしいし、選んだのがそれだっただけで実際は仕事のできる人だと思うよ」
「ち、千葉くんー……!」
「うわ、ちょっ、ジョッキ危ない吉川!」

そうなんだよそうなんだよ!と嬉しさが込みあげて来て、手元にあったビールジョッキを持って千葉くんに押し出す。乾杯だ!乾杯!空気が落ちても流石は酔っ払い、すぐに皆うえーいとテンションが戻って来た。何度目かわからない乾杯をくり返した後、肩が後ろに軽く引かれて、椅子の背もたれに背中を預けた。……ん?この椅子、背もたれなんてあったっけ。しかも、背もたれのカバーがなんか見た事ある色してる。うん、これ降谷さんのスーツに似て、る……?ジョッキを握る右手に添えられた大きな手、向かいに座る千葉くんのきょとんとしてる顔が見えた。

「お楽しみ中に失礼」

添えられた手を辿って上を見上げた。居酒屋の天井にぶら下がった電球の光で降谷さんの顔に影が落ちている。逆光の中見えた表情はそれはそれはとても綺麗な笑顔だった。あっはは、まずいことになった。そういやスマホに連絡来てたけど返信し忘れてたなあ。ジョッキをテーブルにそっと置いても、降谷さんの手はわたしの右手から離れない。

「お久しぶりです、千葉刑事。あ、今はプライベートですから千葉さんとお呼びした方がいいですね、すみません」
「お気遣いどうも……安室さん、スーツ姿なんて珍しいですね。ポアロも毛利先生の弟子もやめたと聞いて驚いてたんですよ」
「以前の職務に復帰することになりまして。毛利先生の弟子もポアロも捨てがたいくらい良い所でしたがこればっかりはどうも」
「確かに、仕事となると色々と難しいっすよねえ……」
「ですね。すみません、これから予定があるもので早めに引き取っても?」

どうぞどうぞと言ってわたしの荷物をまとめ始める女性陣に、明らかに怯えている男性陣。お金を出そうとしたら、横から降谷さんが手で制す。

「もう払って来たから平気だよ」
「……え、はら、払う?もしや全額です?」
「ああ。邪魔してるのこっちだし、何よりあれだけ持ち上げられたらね」
「わ、ありがとうございますーごちそうさまでした」

はは、と笑って頬をかく降谷さんを見て千葉くんがぎょっとしていた。そこからいたんかい。と突っ込める人はここにはいない。いつまでも座ってたものだから、降谷さんに腕を掴まれて立ち上がらせられる。

「それじゃ、また今度機会があったら誘ってやってくれると嬉しいです。それと……千葉さん、他の一課の方によろしく伝えておいてくださいね。それでは」
「また今度〜」
「う、うんバイバイ……」

引き気味で手を振る皆。あとで謝っておかなくちゃ。出入り口に向かう間に、乱雑に置かれた椅子に足をとられそうになったけど、降谷さんが引っ張り上げてくれた。外に出ると涼しい空気が身体を撫でていく。

「わー、きもちいー。車ですか?」
「向こうの駐車場にあるからそこまで歩くぞ」
「はーい」

これから飲み歩く人たちもいるんだろう。人はそれなりにいて、ぶつからないよう手を引いてくれる降谷さんについていく。

「返信してなくてごめんなさい」
「いや、寧ろ楽しんでるところに悪かったな」
「悪いと思ったのに乱入ですか〜」
「だって女子会とか言ってただろ?」
「そのつもりだったんですけどねぇ。なんか違いましたね。合コンって感じでもない」
「それにしても乾杯しすぎだったろ、あれ」
「だって嬉しかったんですもん〜。降谷さんがなかなか際どい設定で潜ってたものですからね。ちゃんとわかってくれる人がいてくれて嬉しい。しかも、降谷さんのことほんのちょっとしか知らない人が言うんですよ、だから尚更うれしい」

風見さんに次会った時に報告しなくちゃ。きっと風見さんも喜んでくれるはず、とニヤついてたら、降谷さんが肩を震わせて笑っている。笑うのを我慢してたみたいだったけど、次第にぽろぽろと笑い声が零れてく。

「降谷さん?」
「ははっ、……いや、言われた本人以上に吉川が喜んでるからさ」

少し、ドライブしてから帰ろうか。柔らかく笑う降谷さんの申し出に頷かないわけがなかった。今日は金曜日。わたしたちに固定の休みはなくって明日も朝から仕事。けれども今日はちょっぴり遠回りしてから帰ることにしよう。




華やぐ夜更けを駆け抜けて

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