憧憬/降谷零


貴方を量産するまいにち


目の前の机は綺麗に整えられていて、あまり使っている様子は見られない。寂しげなそれの前に立つ。肩に提げた鞄の中から写真立てをひとつ取り出してその机上にそっと置いてみる。

「はあ……」

重たい溜息がひとつ。わたしの溜息なんて知る由もない爽やかなあの人は、写真立てのなかで相変わらず微笑んでいる。今は目にすることができない。本当は会いに行きたい。できるのならすぐにでも。……なのにどうしてわたしはこんなところにいるんだろう。この人が居なくちゃ、わたしはこんなところにいる意味なんてないのに。

「降谷さん……」
「あの人が死んだみたいな演出やめろよバカヤロウ」
「死んだも同然ですよう!わたしもう何か月も降谷さんに会ってないんだからああああ」

縁起でもない、とわたしがさっき置いた写真立てをさっさと回収する風見さんの手の甲を抓る。痛みに緩んだ手から、降谷さん(写真)を救出しようとしたのに写真立てを掴む前に手をはたかれた。

「イタっ!」
「痛いのはこっちだ!毎度毎度この遺影みたいな写真どこから調達してくるんだお前は!代わりに回収するこっちの身にもなれ!」
「風見さんはいいじゃないですか本物と時折会えるし、本物と電話もしてるし!回収なんていくらされても痛くも痒くもないですよーだ。電子データと紙媒体で複製保管してるんで」
「お前先週俺が消したデータも複製してんのか!」
「だいたいぬるいんですよ風見さんのハッキングは〜」

先週の週末にわたしのデスクのPCをハッキングして丁寧に降谷さん関連のデータを消したつもりの先輩は、床に落ちた降谷さん(写真)を拾ってフレームから外していた。あー、また何十人目かの降谷さんが風見さんの元へ巣立っていく…。くそ。今回のは特にお気に入りだったのにな。まあ、データちゃんと残ってるんだけど。ついでに印刷済みのもあと3枚くらいあるんだけど。

「どこに隠してるか吐け」
「やですよ。吐いたら降谷さんに言うでしょ」
「当たり前だ。ただでさえ頭の弱いお前に降谷さんは呆れてるっていうのに」
「そりゃ呆れてるんでしょうよ。むしろ呆れを通り越して愛想尽かしたんでしょう。現にわたしは黒づくめの件にあんまり関わらせてもらえてませんし?」
「お前なあ……」

自分のデスクの椅子に座って、PCを立ち上げる。隣りでは、降谷さんが何を思って今の配置にしたのかわかってんのかだなんて風見さんの小言が聞こえるけど知ったもんか。あの人が考えなしに動く人間じゃないことなんてわたし程度でもわかってるわ。ようやく起動し終えたPCで昨日手を付けた報告書の仕上げに取り込もうとファイルを呼び出した。

「あっ、これ降谷さん秘蔵写真ファイルだった」
「吉川〜〜!!」

ああ、やっぱり素敵だ降谷さん。うっとりとフォルダ内に並んだ写真を眺めていたら横から手を出されて削除された。ふんだ。いーもんね。これはコピーのコピーのコピーのコピーだから。ちなみに何個かあるファイルのうちの一つだってことは風見さんは気付いてるのか気付いてないのか。まっ、教えてやんないけど。




貴方を量産するまいにち

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