憧憬/降谷零


うらなう心はなんとやら


毛利探偵事務所に忍び込み、PCのデータをハッキングしたその足で愛車に乗り込む。画面に映っていた宮野志保の指にはめられた、ミステリートレインの乗車パスリングを思い出すだけで口角があがる。それに潜り込むことさえできればこっちのものだ。バーボンがシェリーの処分に成功したとなれば組織内での信用度を上げることができるし、殺害したと見せ掛けて保護できれば公安としても貴重な情報源を手に入れられるわけだ。まあ、本人が大人しくこちら側に身を委ねてくれればの話にはなるが。ベルモットに情報を伝え、パスリングを手に入れる手筈を整えるように連絡をすれば、多少訝し気にしながらもすぐに用意すると返事が来た。後は……

『お疲れ様です、風見です』
「ああ。さっきいれたメールの件はどうだ」
『ミステリートレインの内情調査は吉川の班に割り振っています。当日乗り込むのは吉川含む2名の予定ですが……』
「吉川か……」

ミステリートレインにはシェリーだけではなく、毛利一家や少年探偵団が乗車するはずだ。安室透と篠原紗希乃が知り合いだと知っているのは江戸川コナン君ひとり……。当日はおそらくベルモットも来るはずだから、俺と彼女の繋がりに気付かれる可能性がある。コナン君をうまく撒けるか?できなくはない。ただ、そうなるとやることがかなり増える。今回は確実にこなしたい案件だ。確実にものにするなら、狭い車内での懸念材料は少ないに越したことはないか。

「バーボンとしてミステリートレインに乗車することになった」
『組織が?!』
「ああ。だから吉川を外せ。吉川の班から風見の班に変更し、1人に絞るように。それから5号車以降は俺が組織の仕事をしながら見ておくから立ち入り不要だ」
『では私の部下を1名送りこみます』
「頼んだ」

これでパスリングがひとつ浮くから、リングが用意できなかった場合はそれを流そう。それから……

「文句があるなら俺に直接言ってくれて構わないと伝えておいてくれ」
『……吉川に、ですか?』
「ああ。彼女に信用がないから外すわけじゃない」
『吉川は貴方の決定に文句はつけないと思いますが』
「外された理由を外に見つける性格であれば俺も気にはしないさ」

彼女は自分では力不足だから外されたと思うだろう。別にそうではないし、使いどころを探っている段階だからでもある。組織関連に関しては吉川はもっと使いどころがあるはずだ。まだだ、今じゃない。そう思ってはいるものの、それがいつになるのかわからなかった。引っ張ってやると言っておきながら、手をこまねいているだけ。結局は己の未熟さ故に部下ひとりうまく扱えないでいるわけだ……。そしてきっと、その未熟さというものは上司としての自分と言うよりはいち個人のものだと言えるだろう。部下としてちゃんと使って成長させたい気持ちはもちろんある。その前提を揺るがそうとしている感情が芽生えているのも事実だった。かわいい部下だ。よく働いて、上司として慕ってくれる。ただ部下として可愛がっていたはずなのに、いつの間にかドロドロとした気持ちが見え隠れするようになった。最低な上司だな、俺は。

風見との通話を終えて車を走らせた。まだ眠るには早い気がして仕方ないから息抜きがてらドライブでもしようか。東京湾の見えるところまでひとっ走りして、月明かりに揺れる真っ黒な水面を眺めに行った。

「そういえば、」

あの子がくれた煙草の存在を思い出す。ライターも確かあったっけ。後部座席の荷物を漁って、目当ての物を探し出した。たまに使う携帯灰皿も忘れずに取り出して車の外に出る。つめたい色をした夜の中に、ライターのあたたかな明りが揺れる。愛車にもたれ掛かるように立ちながら、あまり吸わない銘柄の煙草をくわえた。特別重たくはないけれど、吉川からしてみたら重たく感じるんだそう。むしろあの子がいつも吸ってる種類が軽すぎるだけな気もするけど。あの甘い香りを思い浮かべては、鼻を刺激する香りとの違いに思わず笑ってしまった。全然違う。彼女と俺は別個の人間で、好みも性格も違っていて、年齢も性別も違っている。違う人間なんてこの世にごまんといるのに、ひと際目を惹くようになってしまった。

安室透"らしい"振る舞いをしてみせた時の吉川の顔ったらなかったな。思い出したらまた笑えてきたし、こんな真夜中に1人で笑ってるところを見たらあの子はなんて言うんだろうと考えただけでもうひと笑いできた。きっと、ちゃんと休んでくださいって言うんだ。それで俺は反射とも言える速さで休んでるよって言ってしまう。そして、彼女はその嘘を見透かしてしかめっ面をする。いつものパターンすぎて面白い。ずっとそんなやりとりをしていける関係でいれたら良い。そうは思うけれども。

組織の中にもっと深く入り込むのなら、警察庁の上層部に食い込んでいくと行こうというのなら、ただ守りたいとこのままにしておくのは適切じゃない。そして、彼女を何かの矢面に立たせたいわけじゃない。

「すこし、踏み込んでみるか……」

吉と出るか、凶と出るか試してみよう。




うらなう心はなんとやら

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