憧憬/降谷零


くるくる回って動き出す


「吉川紗希乃を引き込む……?」
「ああ。次の定例報告会の中で吉川紗希乃の正式配属先の審査がある」
「ちょっと、ちょっと待ってください降谷さん!吉川紗希乃はこのまま順当に行ったら山中さんの班に入るのでは……?!」
「そうだ。だから異議を唱えてうちに引き込め」
「なぜですか?」
「俺がこれから組織の幹部として深く潜れば、今抱えている案件のほとんどは風見に移すことになる。単純に増員目的だよ」
「だったら山中さんの所で育ててからでもいいじゃありませんか」
「持て余して終わるだろうな」
「……わかりました。貴方のことだ、どうせダメでも食い下がるんでしょう」
「はは、よくわかってるな風見」
「それにしてもどうして吉川を……」
「どうして、か。ひと言で言うなら……そうだな、」

「彼女という歯車が警備企画課にうまく嵌まる瞬間が見てみたいから、かな」

*

時間通りに現れた吉川に、買い出しで少し遅れた俺。気を利かせた梓さんが裏へ引っ込んだものだから、誰もいないポアロの中でテーブル越しで久々に再会した。安室透という探偵が表の顔であるバーボン。それが降谷零の別の顔だという認識程度しか吉川は持ってない。潜入の推移の詳細を把握しているのは上と風見だけで、彼女に渡す情報はいくらか絞っている。信用の有無じゃなく、今後の使いどころを見極めている最中だからだ。俺の現状と捜査の状況が結びつかないのか、ポアロでアルバイトをしていると知った吉川は怪訝な顔をしている。そうこうしているうちに甘ったるい香りの煙草の灰が落ちてしまいそうなほど燃え進んでいった。おい、灰皿を用意してもらったんだから使うんだ。

「探偵の方は続けてるんですよね」
「ああ。上の毛利探偵事務所の毛利小五郎の一番弟子さ」
「……あなたが弟子入り?」
「そう。僕が弟子入り。おかしいかい?」

そういえば、"バーボンじゃない安室透"と会うのは初めてだったかもしれない。ポアロでの安室透として接して見たらどんな反応をするんだろうか。

「いろいろとおかしいところがありすぎてどこからつっこめばいいんでしょうこれ」
「後でちゃんと話すよ。ここで話すには込み入った内容だから」

口元で人差し指を立てて笑ってみせれば、吉川の動きが固まった。それから次第にプルプルと震えだす。……なんだ?怯えてるのか?何だか恐ろしいものを見るような目で見られている気がしてならない。失礼だなこいつ。この前は笑顔が撮れたとか喜んでたくせに。

「こういうのは嫌かい?」
「べつに嫌とかじゃないですよ。ただ、降谷さんのそういうの見慣れてなくって……」

ホォー……見慣れてない、ね。口角をあげてわざとらしく微笑んでみれば、げっと顔をしかめる。なるほどね。そういう反応をされたら余計にやってみたくなるものだってわからないようだ。普段とかけ離れた表情をしていることに吉川は気づいてないらしい。

「おかしいなあ。これ、わりと反応良いんだけど」
「何の反応ですか何の」
「言わないとわからない?」

なんてね。頭をぶんぶんと左右に振った吉川は煙草をひと箱取り出して、テーブル上に差し出してきた。彼女がいつも吸う銘柄とは違い、シンプルな見た目の箱を手に取る。頂き物だから、と渡されたけど"安室透"の時は吸ってない。

「あ、」
「どうした?」
「あの子って」

ポアロのガラス越しに立っていたのは、ひどく驚いているコナン君だった。吉川といいコナン君といい、今日は随分といい表情をしてくれる。あ。そういえば、ストーカーじゃないと断言はしていなかったな。





くるくる回って動き出す

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