憧憬/降谷零


ふたたび出会う日 ★


※子供の名前有


少し遅れてきた灰原が勢いよく探偵事務所の階段を駆け上がってきてからオレと蘭を順番に指さした。

「いい?!どんなに驚いたって大きな声で騒いじゃダメよ!」

謎の忠告をした後に、おっちゃんの煙草を奪い取って捨てにいくまでのアイツのスピード感溢れる行動はなかなか見れるもんじゃない。一体どうした?と蘭と顔を見合わせているうちに現れた懐かしい人たちに、自然と頬が緩んでいく最中、降谷さんの腕の中にいる小さな存在に気付いた。いっっってえ!おい、蘭!大声出すなって言われたからってオレの腕掴んで我慢するんじゃねーよ!

「あああ安室さん……いえ、降谷さん……!紗希乃さん……!」
「お久しぶりです、毛利先生、新一くん、蘭さん」
「皆さんお久しぶりです〜」
「何だよお前ら結婚の挨拶かと思ってたのによ……!」
「いや、なんて言うんすかこれ、驚き通り越して何言ったらいいかわかんねえ……!」
「あはは。ひとまずお邪魔しますね」

事務所の上の階のリビングにて。蘭が用意した料理を並べたテーブルを全員で囲んで座る。蘭と灰原の視線はずっと降谷さんの腕の中で眠る赤ん坊にくぎ付けで、ぷくぷくした頬が動くたび目を輝かせている。2人が並んでいることに違和感はもちろんない。……とはいえ、恋人らしくしてるところってあんま見たことなかったな。それがどうだ、とっくに夫婦になって、何なら子供まで連れて……。ゆるゆると開いた目は大きく潤んでいて、そりゃあもうお世辞抜きに可愛い。この親だったらそりゃそうか。

「千景(ちひろ)っていいます」
「か、かわいい〜〜!」
「この子、いくつ?女の子?まだ1歳にはなってないわよね」
「8か月の女の子だよ。最近ハイハイし始めたんだ」
「ふふ、だんだんスピードが上がってきて追いかけるのも一苦労なんだよね」

瞬きを繰り返してから、きょとんと間を置いたかと思えばどこから出てくるのかってくらい大きな声で泣き始めた。降谷さんがあやして、赤ちゃんを泣き止ませようとするけど、ちょっと落ち着いてはぶり返し、わんわんぎゃあぎゃあ泣き叫んだ。

「困ったなあ」

そう言いながら、笑う降谷さんは全然困った顔なんてしてなくて。隣りにいた紗希乃さんに自然に受け渡すと、千景ちゃんはだんだんと落ち着いてきた。

「いっぱい人がいてびっくりしちゃったね。大丈夫だよ、みーんないい人たちだから」
「うー!」
「うんうん、だいじょうぶ〜」
「すげえ、紗希乃さんがちゃんと母親に見える……」
「何を言う、ちゃんとお母さんなんだよこんなんでも!」

泣き止んで落ち着いたのか、周りを気にし始めた赤ん坊に蘭と灰原はくぎ付けで、テーブルを囲むどころか紗希乃さんの近くに移動していた。でれでれと頬を緩ませて、千景ちゃんに話しかけたり触ってみたり。そっちに興味はもちろんあったけど、久しぶりに会った降谷さんの話も聞きたい。

「やっぱり母親の前じゃ男は立場がねーよなあ。お前でもそれは変わんないな」
「はは、全くです。仕事ばかりでどうしても昼間は彼女に任せきりですしね」
「紗希乃さんて今、育休とってるんですか?」
「そうだよ。まあ、産休と言う名の在宅勤務の延長線みたいな感じかな」
「数年前に会ったきりだから詳しくは知らねーが、彼女も警察なんだろ?」
「ええ。僕の部下ですよ。今は手元を離れてるので直接仕事で関わることはないですけどね」
「……降谷、お前いまどこの階級だ?」
「やだなあ毛利先生。そんな大したものじゃないですから」
「いやいや。どんなに少なく見積もっても警視以上でしょ、降谷さん。功績とか諸々踏まえたら余裕で警視正なってるんじゃ、」
「けっっ、警視正いいい?!」

おっちゃんの大声に驚いたあの子が、また泣き出した。蘭と灰原の鬼のような目線と驚きで冷や汗の止まらないおっちゃんは顔を青くしている。それを見て楽しそうに笑う紗希乃さんは、蘭と灰原をつかまえて「この子、最近いないいないばあが好きだから、ぜひ一緒にやってくれないかなあ」なんてお願いしていた。そんなの2人が乗らないわけがない。案の定、目を輝かせた二人は、ぐずぐず泣いてる赤ん坊に向かって一生懸命あやしはじめてる。

「どんな立場で、どんな仕事をこなしたって、自分の子ひとりあやしきれないんじゃどうにもね」

苦笑いしている降谷さんの横で、ちょっとずつ泣き止み始めた千景ちゃんを眺めながらおっちゃんが頷いてる。

「そーだなァ。蘭のやつも最初は、俺が何をやっても英理ばっかだったもんなぁ……」
「毛利先生はどうやって蘭さんがなついてくれました?」
「そらもーひたすら追っかけて抱き上げてオムツ代えてよー、イヤイヤされてもヒゲをジョリジョリ……」
「んもー!お父さん!私の話しないでよっ」
「聞かれたら話さねーわけにもいかんだろうが。蘭もなぁ、こんなにちっちゃい頃があったんだぞ〜」
「恥ずかしいってば〜!」

顔を真っ赤にしておっちゃんに怒ってる蘭が面白かったのか、赤ん坊がきゃっきゃと笑い始めた。

「お。千景、そろそろ行く?」

抱えられていたままの赤ん坊が床に降ろされたかと思えば、高速でハイハイしはじめた。さすが二人の子供…運動神経いいんだろーな。ダダダッと進んだかと思えば、振り向いて「あー」とか「うー」とか何やら喋ってから、また進む。危ないところに行く前に紗希乃さんがするりと前に行って方向を変えた。すると、更に加速してとある場所に行きついた。そこはあぐらをかいたおっちゃんの膝の前。

「ぶ、」
「おう、おチビちゃん。俺を選ぶとはよーくわかってんじゃねーか」

慣れた手つきで抱き上げられて、きゃっきゃと笑っている。こう見えてこの人もちゃんと父親をやってきたんだな、と勝手にそんなことを思った。

「でもなあ、千景。お前にはもっとイイ男がいんだろー?」
「う?」

降谷さんの正面に向くように抱え直してから、おっちゃんは降谷さんに赤ん坊を渡す。きょとんとした表情を浮かべたまま、降谷さんに抱きかかえられていくのを見ながら、おっちゃんがガハハと大きく笑う。

「大丈夫だ!その子との人生はまだまだ始まったばかりなんだからよ」
「……確かに、まだまだこれからですね」
「おう。でもお前気を付けないとすぐ持ってかれちまうぞ。ほらそこのクソ坊主みたいにな……」
「へえ。彼と蘭さんの出会いはいつからでしたっけ?」
「幼稚園だよ。まさかまさかと思っちゃいたがこうなるとはなあ」
「ホォー、幼稚園も油断は禁物ということですか……」
「待って待って降谷さん、なんかめちゃくちゃ懐かしい表情してるけどそれダメなやつ」

某組織の探り屋の表情そのままに、娘を抱きしめてるギャップに冷や汗が垂れた。やべーよ、この子の将来が不安だ。バーボン的な意味で不安だ!

「ふふ、見て見て零さん。千景、とっても笑ってるよー」

父親の顔が面白かったのか、顎をぺちぺちと触りながら、あぶあぶ何やら話している。まるでさっきまでのその子のようにきょとんとした表情を浮かべた降谷さんに俺たちも笑わずにはいられなかった。

「あぶーぅ」
「なんだい?千景はパパと結婚するって?」
「……そういうのひくわ」
「えっ、」
「大丈夫よ、哀ちゃん。そういうのって最初だけだし!」
「おい蘭もうちょっと親父に夢見させてやれよ……」
「はは、大丈夫ですよー。ちゃんとお嫁には出します!」
「ねえ紗希乃さん、トドメささないであげてくれるかな……!」




ふたたび出会う日 ★

←backnext→





- ナノ -