ゆびさき同盟
こゆび

夕陽が照らすオレンジ色の道を照島と二人で歩く。最後の子のレッスンも終わって、先生に「二人でゆっくり帰んなさい」なんて言われてそのまんま並んで帰っている。

「照島」
「おう」
「……えーと、」
「なにお前、緊張してんの?」

ハハ、と笑う照島の脇腹をチョップすると突然ふりかかった痛みに涙目で悶えてる。ふん、良い気味だ!緊張してんのなんてどっちの話だっての。……わたしはちょっとだけだし。

「イッテーな!急にやるんじゃねーよ!」
「予告したらいいの」
「されたら避けるだけだしな」
「あっそう」
「なんなんだよお前」
「……もうやんないから約束してほしいことあってさ」
「約束?」
「ん。このこと皆には言わないでね」
「チョップのこと?」
「ちっがう!バイトのこと!」
「なんで?」
「なんでって…キャラじゃないことやってるし」

子守りなんてわたしには似合ってない。ピアノだってわたしには似合ってない。みんなはきっとそう言うはず。普段の学校でのわたしを見てたら絶対そう思うもん。その態度を改めるつもりもないけど、バイトのことを否定されるのもヤダ。我儘だけど、どっちもわたしのやりたいことだもん。

「いいじゃんべつに」
「ハ?」
「ギャップっつーの?確かにあるかもしれねーけどよ、お前楽しそうだった」
「そう見えた?」
「おう。学校んときのお前と全然ちげー」
「べつに学校が楽しくないとかじゃないよ。照島とか、みんなとふざけてるのも楽しいし」
「そういうことじゃない。あー、なんて言うんだこれ」

お前、本気で遊べそうなことなさそうだったから。絞り出すように言われた言葉に、思わず首を傾げる。本気で?遊ぶ?

「あのさ、照島。前っから思ってたんだけど遊ぶってどういうことなの?照島たちはバレーのこと遊びだって言う割にはバレー大好き野郎だし。なのに遊びってどういう意味?」
「遊びだって本気でやんないとつまんねーだろ。本気で遊ぶから楽しいんだよ。生半可な気分でやってんじゃねえの」
「要するにアンタらの真面目にバレーをやる姿勢が遊ぶってことなワケ?」
「そういうことじゃね。難しーことは考えてねえよ」

楽しいか楽しくないかだけだからな。と自信たっぷりに言い捨てた照島の顔を見てひとつ思いついた。

「ってことは、照島はほんとにマネが欲しかったんじゃなくってわたしにマネやってほしかっただけってこと?」
「…前に遊べそうなヤツじゃねーとつまんねえって言っただろ」
「それだけじゃないよね。もしかしてわたしのこと心配してくれてたの?」

さっきの、『本気で遊べそうなことなさそうだったから』ってことは照島はわたしが毎日つまんないんじゃないかって心配してくれてたのかな。

「心配なんてしてねーよ」
「えーうそー」
「してねー」
「だったらさっきみたいなこと思わないじゃん」
「心配してたからそう思ってたわけじゃねえし」
「じゃー何なの?」
「……」

だんまりしたかと思えばわたしの右手を握って持って行く。学校の廊下では繋ぎなれたこれも外で繋いでると思うと途端に恥ずかしくなってきた。なんだこれ、場所が違うだけなのに。一方照島は黙りこくってたのにだんだんと唸り声のような声をだして何かを迷ってる様子。それから、悟りを開いたように遠くを見つめるようにして唸るのをやめて口を開いた。

「オレがお前と遊びたかっただけだよ」

口を尖らせながらしぶしぶ呟いた照島はとっても苦い顔。いつもの女の子を口説く顔はどこへ飛んで行ってる。誰でも良かったわけじゃない。そうとってもいいの照島。聞いてみたいけど、まだ勇気がでない。

「でも、本気で遊んでるとこ見れたからもういーや」
「……たまになら手伝いに行ってもいいよ」
「え?マジ?」
「うん。バイトしてるとこ見られたから」
「なんだよ口封じかよ」
「そういうことで」
「べつに言われなくてもバラさねーし」
「ぽろっと言うかもしれないじゃん」
「言わねーよ。だって、オレだけ知ってる方がいいじゃん」
「なんで?」
「その方がオレがうれしい」
「……うれしいってなに!」
「がっ!おっまえチョップすんなら予告しろってさっき言ったじゃねーかよ!暴力女!」
「どーせ暴力女でかわいくなんてないんだからわざわざ口にしないでよっ」
「かわいくないなんて言ってねーだろ」
「……はい?」
「あっ、オレ今なんて言った?ナシ!今の無し!取り消す!あっいやでも、ブスとかそういう意味じゃ、」

一人で勝手に慌てふためいてる照島をよそに、言われた側のわたしはというとそれはもうわっかりやすいくらいに驚いて立ち止まっている。足が動かないよ。ていうか、口も開いてるに違いない。ねえ、ねえねえねえ照島!冗談ならさ、すぐに軽口叩いて見せてよ。そうじゃなかったらわたし調子に乗っちゃうんだって。

「……」
「……」

慌ててるのに繋がれた手は離れない。わたしの足も動かない。沈黙が続くなかで、照島が目を瞑ってフゥーっと長く長く息を吐いた。空いた手で自分の頭をわしゃわしゃとかき乱してから観念したように目を開く。

「お前、メイクとか好きじゃん」
「……ん」
「やり方とか知らねーけど、今日はうまくいったとか調子悪いとかいっつも話してんじゃん?」
「うん」
「好きなんだなってオレでもわかる。そんで……」
「そんで!?」
「なんで急にがっつくんだよ!!」
「うっ、」

ごめんねわたしもいっぱいいっぱいなの!喰ってかかりそうになった体をなんとか押しとどめて、照島の顔を見つめる。彼の顔は夕陽に照らされて心なしか赤く見えた。

「そんで……今日のお前、なんか違うしよ」
「なんかってアバウトすぎじゃない?」
「具体的に言うならうすい」
「……」
「いや!ちげーよ?!悪い意味じゃねーかんな!?」
「メイクうすいの好きでやってるんじゃないし、バイトできなくなるから仕方なくしてるだけだし!」
「だーからァ、悪い意味じゃねえって」
「スッピンひどいのとかわかってるし、うすくても誤魔化せてないのだってわかってる」
「誰もスッピンひどいなんて言ってねえじゃん。つーか、うすいだけだろ」
「だってわたし、照島がいつも声かける女の子みたく可愛くない!」
「可愛いってほんとに」
「ウソだね!だっていつも美人な子に声かけまくりじゃん、わたし知ってんだかんね大会の時とか他校の女子マネ口説いてるって!」
「なっ?!誰に聞いた!?」
「母畑が言ってた。あいつの美人レーダー半端じゃねえって」
「それもうしょうがねえよ」

なーにがしょうがないだよ。やっぱりかわいい子がいいに決まってる。そうだそうださっきのはとっさに出た言葉で、わたしのこと別にかわいいとか思ってなんかなくって冗談で……いろいろ考えてたらすっごい悔しくなってきた。まだ握られてる手を引っこ抜いてやろうとするけど、やればやるほど手の平をキツく握られる。

「確かに可愛い子には声はかけるけど、オレはその子がいいんじゃなくて可愛いから声かけるだけで」
「意味わかんない。反射だとでも?」
「そうとも言う」
「ふざけんな」
「お前なんでいきなり怒んだよ。いつもはオレが女の子んとこ行ってもチャラつくなって煽るくらいで怒んないのに」
「いちいち怒ってらんないの。気にしてたらわたしの精神衛生上よくないんだから」
「んだよそれ。お前今までそんな気にしてるよーなそぶり見せなかったじゃん。」
「見せないようにしてたんだよ!あーもう手離してよやだやだ照島とこんなんなってるのやだ!」
「じゃあどうなってんのがいいの?」
「どうって…いつもみたく、」
「いつもみたく?」

いつもみたいに馬鹿なことで騒いで、喋って、それで……おかしいなあ。いつもみたいに手を繋いで、いつもみたいに喋ってたはずなのに。いつもは照島が女の子といたとしても見て見ぬふりできるのに。目の前に女の子なんかいないのにどうしてこんなにイライラして怒ってるんだろう。

「オレはいつもみたいなのだけじゃイヤだ」
「て、るしま……?」
「なんだよオレが一方的だと思ってたじゃんずっとさあ。見せないようになんかすんなよまじで。わかんねーだろ」
「なに言ってんの照島…なんだかそれってわたしのこと好きみたいな……」
「好きだよ前から」
「なっ」
「わかんなかった?鈍すぎなんだけどお前!言っとくけどオレわっかりやすいほど頑張ってたからな?!」
「友達だって照島が言うから!」
「だってそうとも言わねえとお前逃げるじゃん。いつもの関係が好きなのはお前だけじゃないよ吉川。オレだっていつもお前と騒いでんのすっげー楽しい」

「でも吉川はそれだけだった?」

きつく握られていたはずの手の力がゆるんで、抜き取りたくて力を入れてたわたしの手はいとも容易く照島の手から離れた。それだけじゃないよ照島。首をぶんぶん振ってそうじゃないと伝えると、彼は嬉しそうにニカっと笑う。

「吉川は素直じゃねーもんなあ。オレもわかってたのにわかってなかったってことか」
「あの、照島…わたし、べつに可愛くもないし綺麗でもないし素直じゃないけど、」
「あのさ!」

急に大きな声を出されて、思わず後ろに後ずさる。一度そらされた目はもう一度わたしの方を射抜くように見つめてきた。

「オレ、可愛いから好きになったとか可愛くないから好きじゃないとかそういうんじゃねえから。お前が好きなだけ化粧すりゃいいし、自分の好きなようにいればいーよ。だからさ、勝手に一人で可愛くないとか落ち込んだりするなよ。」

で、さっき言おうとした続きは?、ニヤリと笑ってから照島にそう言われる。もう、なんでそういうこと言うの。全身が熱くなって燃えちゃいそうだ。息を深く吸って、出そうとした言葉も、ぐっと詰まって息だけになる。それを見て、ケラケラ笑う照島はやっぱり顔が赤い。手を胸にあてて、もう一度息を吸う。覚悟を、覚悟を決めるんだわたし!

「すっ、好きです!」
「おう」
「ずっ、ずっと前から、すっ好きで、でもわたし、照島と仲良くなれたの友達だからだって思って、手繋ぐのしか、できなくてっ」
「しかってあれ、オレの精一杯のアピールなんだけど?!」
「はあ?わかんないよ!」
「わかれよ!フツー繋がねえから!しかも廊下で無理やりオレが掴んでたんじゃん」
「繋ぐのが好きなヤツなんだと思ってた」
「そりゃー好きだけど…」

それから二人で顔を見合わせてぷっと吹き出す。なんだか面白くなっちゃって二人で大笑いした。そしてどちらからともなく手を繋ぐ。今までは手を握り合うだけだったけれど、今度は指を絡ませて。恥ずかしい、って思ったけど、よく考えたらついさっきまでの告白大会のがもっともっと恥ずかしいや。田舎の人通りの少ない道で本当によかったよ。

「写真撮ってみんなに送ろーぜ」
「やだ!今日うすいの!」
「まつげちゃんと生えてんじゃん」
「なに、スッピンだとまつげも生えてないと思われてんのわたし?!」




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