ゆびさき同盟
くすりゆび

「うーんとねえ、紗希乃ちゃんは先生っていうよりトモダチ!」
「だそうですケド吉川サン」
「うっさいわ!」

空調の効いたコンビニから照島とちびっ子とわたしが並んで外に出た。結局、大人の魅力に逆らえなかったこのクソガキは、照島の罠にまんまとかかった。アイツはあざとい笑顔を浮かべて「買ってやるから、オレも一緒に行かして。等価交換な」と語尾にハートマークでも付きそうな明るい声でちびっ子へ大人のピノをちらつかせた。くそっ…等価交換とか子どもが食いつきそうな単語まで付け足しやがってこのヤロー!そうして手に入れた、普通のやつより高いピノの箱を歩きながら開けようとしてるちびっ子から箱をとりあげる。

「ヒドイ!」
「食べ歩きしてピックが刺さったら危ないでしょ」
「平気だよ!」
「ダメ。すぐそこなんだからガマンしな」

取り上げて、わたしのパピコが入っている袋にそれを入れていると、ちびっ子を挟んだ隣りから視線を感じた。視線の元を見返すと、照島がわたしを見ながらぼけっとしていた。

「……なに」
「なんかお前カーチャンみたいだと思って」
「はあ?!ババアだってこと?!」
「ちっげーよなんでそうなんだよ!」

そんなやりとりもほどほどに、すぐに到着したいつものピアノ教室。ちょうど先生の手が空いたところに戻ってきたみたいで、先生は目をまるくしながら照島を見つめていた。

「へーえ」
「ちわっす!吉川のダチです!」
「あ、そうなの?てっきり…」
「先生〜次の子来たみたいですぅ」

玄関先で挨拶してる照島をぐいっと押しやって、後ろで待っていた親子を通す。小学1年生の女の子を連れてきた母親は、照島をまじまじと見ている。

「ねー、このお兄ちゃんだれ〜?」
「ね〜誰でしょうね〜」
「オイコラ」

女の子は興味津々だったけど、お母さんに早くレッスン室に入るよう促されてしぶしぶ入って行く。それから母親は先生とわたしに、よろしくお願いします、と一言おいて帰って行った。もちろん、最後に照島をしっかり見てから。

「なんか視線キビシイ…」
「あったり前でしょ〜部外者は出てけ」
「え〜兄ちゃん帰っちゃうの?」
「お?遊ぶか!」
「だーめ。アイス食べたら練習するって約束だもん」
「覚えてたの?!」
「忘れるわけないでしょー。流石にまだそこまでババアじゃないよ!」
「お前ババアって引きずりすぎじゃね?」

すこし溶けて柔くなったピノとパピコをそれぞれ食べて、ピアノを前にちびっ子とテキストを開いた。わたしが買ったパピコの半分を咥えながら照島が珍しそうにわたしたちの後ろから、覗きこんできた。

「楽譜なんて何もわかんねー」
「そりゃ、バレーに必要ないしね」
「お前ピアノ弾けたのな」
「紗希乃ちゃん上手だよ!いっつも教えてくれる」
「ほー」

褒められて嬉しくないやつなんてこの世にいるわけない。ニコニコ笑顔のちびっ子を隣りにちょっぴり嬉しくて口元が緩んだ。あー、やっぱ子どもカワイイ。ふと、照島の顔を見たら、ポカンと口を開けっ放しでこっちを見てた。今日はなんだかぼけっとしてるなコイツ。下ピがキラリと光る。そんなアホ面は置いといて、ちびっ子のレッスンの復習に付き合うことにした。しばらくいつものようにピアノを弾いていて、静かだなあと思って振り帰ると椅子に座って真顔でこっちを見てる照島と目が合った。

「寝てんだと思ったわ」
「寝てねーよ。今日は動いてないから全然眠くなんねえ」

そんな会話をしていると、ちびっ子のお迎えがやってきた。中学生のお姉ちゃんが迎えに来たちびっ子はバタバタと駆けていく。嬉しそうに姉の手をとるちびっ子に手を振ると、ぺこりと姉と一緒にお辞儀をしてから帰って行った。いーなあ。弟、欲しいなあ。ピアノ教室の待合室。いつもは一人になるはずのこの空間がいつもと全然ちがう。一人増えただけでこんなにも違うなんて。それは、コイツの容姿が場違いだからか、それともコイツの存在自体がわたしにとって影響の強いものだからか。

「そういや何でコンビニいたの。アンタん家反対じゃん」
「バスケ部が練習試合で体育館全面使うから今日は休み。んで、二岐に漫画返しに行ってきた」
「あー、そっか二岐こっちの方面だっけね」

ピアノの鍵盤にワインカラーのフェルトを敷いて、蓋をおろす。

「なー、なんか弾いてよ」
「わかんないって言ってたの自分じゃん」
「そうだけど。なんか弾いて」
「なんかって言われても困る」
「短いのでいいから」

しょうがない。さっき閉じたばかりの蓋をあげてフェルトをまとめていると、照島がガタガタいわせながら椅子ごとこっちに近づいてきた。

「えっ、横座んの?!」
「ん。ほら、弾いて」

がっちりした手で肩を押されて、鍵盤に向かい合う。そんなにじっと見られてちゃ、うまく弾けるもんも弾けやしないよ照島。指摘してやりたいのにそれを口にするのはもっと恥ずかしい。ニヤニヤ笑ってみてるんだったらニヤニヤすんなって言い返せるのにさ。真顔でじっと見つめてくる照島はわたしが普段目にしてる軟派な雰囲気をどこかに忘れてきてるみたいだった。すこし引きつったような指運びで奏でたその曲は小さな小さな恋の曲。いつかこの曲みたいな恋をするんだとちっちゃい頃から弾いていた。

「なんかお前すっげえきらきらしてる」
「え…?」

そっくりそのままアンタに返してやりたいよって言いたいくらい照島の顔もキラキラしてる。嬉しそうで、楽しそうなその表情。なんだかバレーをしてる時の照島もこんな顔をしてたように思う。コート内を駆け巡って飛び跳ねるこの人の顔は何度も見てきた。なんで急にそんな顔すんの。大好きなバレーをやってるような顔で見られちゃ誤解しちゃうよ。


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