憂き世に愛はあるかしら
憂き世に愛はあるかしら




目が覚めた。そんな感覚がしたのに、僕は眠っているわけではなさそうだった。現にさっきと同じベンチに座って、向日葵畑の中で花の手入れをしている紗希乃を眺めている。瞬きしたその瞬間に夢でも見ていたんだろうか。

「どうしたの?」

自分とおんなじくらいの背の高さの向日葵の束を持った紗希乃が近づいてきた。

「なんか、夢みてた気がするんだ」
「どんな?」
「姉ちゃんが、病院で寝てる夢」
「あんまりいい雰囲気じゃないね、それ」
「まるで、僕が死んだ後の続きみたいな」
「続きなんじゃない?」
「えっまじで?」

麦わら帽子を被り直して、僕の隣りに紗希乃は座る。むだに長い向日葵の茎が僕の足にぐいぐい刺さってくるから、へし折ってやろうとしたけど茎に手を伸ばす前に手を払われた。

「これから他の花と編むんだから短くしないで」
「だったら避けてよ」

ムッとした顔の紗希乃は、しょうがないといった顔で向日葵の束をベンチの隣りに立てかけた。けれども頭でっかちのそいつはバラバラと倒れてくる。それをいちいち直しながら、少しだけ大きな声で、ねえ、と声をかけてきた。

「死ぬ前に見た映画でね、生き別れた恋人や家族に死んでもずっと傍にいるよってよく言ってるシーンとかなかった?」
「うーん。まあ、ありがちだよね。」
「実際その通りなんだよ」
「はあ?何言ってんの、どこがその通り?僕はここにいるし紗希乃ちゃんもここいるじゃん」
「なんていうのかな、体…はもうないけど、魂みたいな本体は確かにここにあるよ。今もこうして下の世界とは違う季節で、ちがう時の流れの中で、すごしてる。」
「じゃあ、僕らはふたつに分かれてるってこと?」
「うん。完璧に分かれてるわけじゃないけど、わたしたちの一部の意識は、確かに生きてるみんなのすぐそばにいるんだよ。」
「同時に二箇所に存在するっておかしくない?オカルトだよそれ」
「死んでオカルトもなんもないでしょ〜。なんていうのかな、夢を見るんだよ」
「夢?」
「そう。白昼夢。」

急にふっと、生きてる人の傍に立っている。気付けば元のこの冥界に戻っているから、まるで白昼夢のようだと思うんだ。やっぱり倒れていく向日葵を繰り返し立てかけながら、紗希乃はそう言った。だったら、さっきの姉ちゃんが病院で眠っているのは本当に今そうなのかもしれない。

「そういえば、僕が死んだときは冬だったよ」
「こっちは夏だね」
「そんなに時の流れは違うの?」
「どれくらいちがうとかは、わかんないけどね」
「ふーん」

人の何十倍ものスピードで生きている僕はこの世界でどんなスピードで生きているんだろう。

「なんか、わかんないことだらけだ」
「そんなの生きてても死んでても同じよ」

そうでもなかったはずなんだけどな。……いや、でも。そう思わせられてただけだったか。実際はわかんないことだらけだったんだ。記憶をいじられて、知ったような気になっていただけだった。

「そんなに落ち込まないでよ陽太くん。あとで、ハチミツ買ってきてあげるからさ」
「それもいいけど餃子たべたい」
「えー?わがままだなあ」

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