馬鹿騒ぎ
54 笑顔中毒に絆されて*
頭の奥がきしきしと痛む。どくんどくんと疼く心臓の音は変わることなく刻み続けている。


じわじわと浮上する意識は大きな音をきっかけに一気に覚めた。


「っ…」



突然開いた目は焦点が定まっていない。しかし、開けた視界に無数にある黒点に目が眩んだ。手足は縄で縛られているらしく、自由がきかない。


「やっぱり魔女だ!こいつは、火で炙っても銃で蜂の巣にしても元どおりに生き返った!!」


無数の黒点。視界がクリアになるにつれ、それらが人々の目であったことがわかった。彼らは恐怖によって、これでもかというほど目を見開いていた。まるで化け物を見るような目。しかし、化け物としてわたしのことを見ているであろう彼らの顔は、わたしにしてみれば彼らが恐れているものと大差ないような気さえした。単純に怖い。恐ろしい。銃にナイフに斧に鉈。目をぎらつかせてそれらの得物を握り締める彼らの顔は鬼のように歪んでいた。


「おねえちゃん!」


恐怖に取り憑かれている彼らの足元に転がっていたのはわたしが守ろうとした、あの子。


「何をしたの、あなた達その子に何をしたの」
「こいつはお前と一緒にいた!」
「こいつも化け物なんだろう!傷つけたってお前のように治るんだろう!」
「この子供は怪我もせずに炎のなかから出てきたじゃないか!」



当たり前だ。怪我をさせないよう、わたしが庇って炎の中から飛び出したのだから!それを何だ。この人たちはリリィまで化け物だと
認識している。涙を流してボロボロのリリィがずっと、おねえちゃん。と呼び続ける。


「その子があなた達に何かしたの?!あなた達がした事は許されることじゃないわ!」

怒りに任せ、大声を出すと人々は一気に怯み、息を呑んだ。

「許されないのはお前の方だ!」
「なぜ!」
「お前が魔女だからだ!」
「ちがう!わたしは魔女なんかじゃない」
「嘘だ!」


恐怖に侵された人々は口々に「嘘だ」と繰り返す。


「わたしがあなた達に何かしたというのなら言ってみなさい!わたしはあの家に住んでいた、それだけだ!」



答えられるはずがない。だって、わたしはこの村に来てそんなに経っていないんだ。大体、村に何かしたりなんてするはずがない。



「何かなど決まった事柄は必要ないのじゃ!」


大勢の人々が居る人混みの奥から、長老らしい老人がひとり、わたしの方へ近づいてきた。


「魔女は不幸を呼ぶ。今まで何もなかったことが続く訳がない!お前のような異形のものは排除しなければならないのじゃ!」




゛異形の者゛


ああ、そうか。罪のないリリィが傷つけられたことで頭に血が昇ってしまった。わたしは、化け物だ。決して死ぬことはない。彼らと姿かたちは同じでも存在は違う。彼らがわたしを恐れ、排除しようとするのは当然の出来事だ。それに憤りを感じたとしても無意味なんだ。説明をしたところで理解はされないんだ。




「この魔女と子供が逃げぬよう見張っておけ。明日、この者を皆の前で火炙りにしようぞ。きっと、炙り続ければいつかは死ぬ。魔女と言えど永遠の命など存在しないのだから!」



声高らかに指示を下した長老と、雄叫びをあげる村人たち。



視界が突然真っ暗になる。どうやら大きな袋に詰め込まれたらしいわたしは、複数の村人によって担ぎ上げられ、動物くさい藁の敷き詰められた小屋の中へと投げ捨てられた。隣りには、泣きべそをかいているリリィも同様に投げられ、地面に落ちたときに小さな叫び声をあげていた。蹴られた後のような痣だらけの身体で横たわるリリィは、涙を目いっぱい溜め、か細い声で「おねえちゃん、しんじゃいやだよう」とうわ言のように繰り返した。


「大丈夫よ。わたしは死なないから」


虚栄心でも何でもなく、そのままの事実。

これからどうしようか。みすみす火炙りになんてなるつもりは毛頭ない。不死者がいなければわたしは永遠に火にくべられ続けることになる。そしてこのままではリリィが殺されるだろう。



「ねえリリィ、おねえちゃんと約束しましょう」




わたしがいいと言うまで、目を瞑っていてね。




私が転がされた場所の近くの壁には、鋭くとがった釘が何本か頭角を現している。
おそらく、嵐の時にでも応急処置で外から板を打ち付けたのだろう。錆びかけたそれに、後ろ手に縛られた手首を身をよじることで引っ掛ける。鋭い痛みが右手首を襲った。痛みの箇所からして、端っこの方を抉っただけのようだった。
くそ、一発でうまくなんて行くわけがないか。呻き声を上げたいが、リリィに感づかれたらいやだなあ。脂汗を滲ませながら再度大きく身をよじって釘へ向けて手首を引っ掛けた。ぐちゃっと言う、肉を深く抉る音がする。血が流れ、意識が一瞬飛ぶが、ゆっくりゆっくりと壊れた手首が修復していく。手首が修復し終える前に、手首を抉ったことできつく縛られた縄に少しの余裕が生まれた。歯を食いしばり、痛みに耐えながら縄から抉れた右手を引き抜いた。縄が食い込み、更に血を噴き出す手首を目にして失神しそうになる。
こんな怪我、今までしたことがない。貴族の端くれだったわたしは言葉通りの箱娘であったことがこんなことで実感できるなんて全く世の中何があるか分かったもんじゃない。


「ふう…」
「おねえちゃん、まだ?」
「もう少しよ、リリィ」


ずるずると自身に還ってゆく肉片と血液を他人事のように眺めながら、解放された左手で足を拘束している縄を解く。右手は未だに痙攣していて使い物にならない。片手だけで解くのは難しいかと思ったが、案外うまく外せた。



「いいよ、」

わたしの声に合わせ、ぱっと目を開けたリリィは驚いたように目をぱちくりと瞬かせた。


「すごい、おねえちゃんどうやったの?」
「内緒よ。リリィが大人になったら教えてあげる」


ほんと?と目を輝かせるリリィを見て気づいた。なぜわたしはこの子とこの先一緒に生きていくかのような言葉を発したのだろう。出会って一日、互いのことはほぼ何も知らないのに。


「あなたは……わたしが怖くない?」
「こわくないよ」
「…」
「ママとパパはリリィをぶつけど、おねえちゃんはなでようとしてくれたよ。それにおねえちゃんほんとうは魔女なんでしょう?」
「ちがうわ」


リリィの縄を解きながら会話を続ける。後ろに回っているために横たわっているリリィの表情は見えない。


「ちがわないよ!とってもやさしい魔女さんだよ!」
「え…?」


するり、縄が解けると、痣だらけの腕や顔で精一杯笑顔を浮かべるリリィがわたしに抱き着きながら話を続けた。


「お兄ちゃんが言っていたの。魔女は全部がわるい人じゃないんだって。やさしい魔女もいるんだって。だけど、まちがってころされちゃう人がおおいんだって。」



「ちゃんと笑顔で笑える魔女は心のやさしい魔女さんなんだよ!」


その表情がある人を彷彿とさせた。


『笑うのが一番さ!』


そうね、笑うのが一番だわ。事実かどうか確認の仕様がないけれど確信したことがある。リリィのお兄ちゃんはきっと、あのスマイルジャンキーだ。そしてやっぱりわたしは絆されてしまったらしい。この小さなお姫様に。



「一緒に逃げよう、リリィ。遠くに、遠くに逃げるの。すこし痛い思いをするかもしれない、だけど、絶対にあなたを守ってみせる。絶対よ。」
「おねえちゃんがいてくれるならリリィはどこまでもいくよ!」



そう、良い子ね。もう怯えてびくつくこともなくなったリリィの頭を撫で、抱きしめる。


はやく、出なければ。もうすぐ日が落ちる。夜明けを待っていては逃げられない。どうやって逃げようか。腕にもたれ掛かる温かさを忘れないようにきつくきつく抱きしめた。









_54/83
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