―1707年某日、ロットヴァレンティーノのとある貴族のお屋敷の一室にて。
「もう、お父様ったらまたこんなに仕立てるなんて!」
目の前に広がるのは箱箱箱…どれも色とりどりの装飾が施してあり、その箱の中には、上質な布で拵えたドレスにワンピース、ふわふわの毛皮。きらきら輝くハイヒールが入っていた。
「わたしのお誕生日ならまだしも、衝動買いでここまで買うなんて……ケチ野郎って呼ばれてたとは思えないわね!」
「お前は俺に喧嘩売ってんのか」
「ふふ、冗談だよマイザー」
しっとりとした柔らかさのソファに腰かけた男は、不機嫌そうな顔を隠そうともせずにこちらをひと睨みした。
「マイザーって呼ぶなっつんてんだろ!」
「はいはい」
わたしの従兄弟に当たる彼の名は、マイザー・アヴァーロという。ケチ野郎(アヴァーロ)の家に生まれたことや、守銭奴(マイザー)と名付けられたことに大層コンプレックスを抱いているようで本名で呼ぶとこのように怒るのだ。
「どうして、あなたにマイザーってつけたのかしらね。わたしのお父様にプレゼントして欲しいくらいだわ」
「マイザーじゃねえ、アイルって呼べ!」
「わかってるよ、アイル」
これ以上従兄弟の機嫌を損ねると手も足も出てきそうなのでそろそろ降参することにする。
わたしの父は、アヴァーロ家出身である。マイザーの父の実弟である父は、わたしの母の家であるコストス家に婿入りした。それまでのアヴァーロ家での暮らしでの反動なのか、衝動買いが多い。娘のわたしの方がアヴァーロ家の血を色濃く受け継いでるかのようにケチ臭くなってしまうほど、父の金銭感覚はどこかおかしい。
「そういえば来週、夜会を開くんだって?アイルは行くの?」
「……あぁ」
「なんだ、行くの。腐ったお友達の方へ行くんだと思っていたのに」
「腐った友達ってなんだよ」
「腐り卵だなんて汚いもの。ましてやそれのリーダーだなんてね」
「俺が何をしようが勝手だろ」
「その通りだけど、腐り卵より仮面職人の方がよっぽど良いセンスしてると思うわ」
「その減らず口聞けなくしてやろうか」
「いいわよ、倍返しにしてやるんだから」
単純な力の強さではどう頑張っても男に勝てないが、ある程度の武術を嗜んでいるため、そこいらの男よりも強くなってしまうのは仕方のないことだった。こればかりは、お金をかけて師を雇ってくれた父に感謝している。
アヴァーロ家の分家として貴族の一端にいるコストス家だが、本家と比べると力の差は歴然。貴族の中ではアヴァーロほど良い位置にいるわけではない。
つまり、怒りや鬱憤の矛先が血縁上こちらに向くことも少なからずあるわけで。
更に言えば、マイザーが「腐り卵」などという不良グループのリーダーを務めているものだから、彼への復讐などもこちらに回ってきたりする。まあ、力任せに戦おうとする奴なんて簡単に倒せてしまうから恐いとか痛い目に合うことなんてない。それに、わたしに八つ当たりをしようものならマイザーとわたしの父にリンチにされるだろう。
「夜会に別なドレスを着て行こうと思ったけど、お父様が買ってきたドレスも悪くないわね」
「やっぱり伯父さんの子だよオマエは」
やれやれと首を振るマイザーを横目に、煌びやかなドレスを見つめる。
誰かのバースデーでも無いし、久々に派手なモノでも着てみようか。シャンパンゴールドに派手なフリルがあしらわれたドレスを手に取ると、マイザーが渋い顔をした。
「オマエにしちゃ派手なドレスじゃねえか」
「主役って言ったって主催の伯父様と叔母様でしょう?だったらいいかなって」
「…悪くないんじゃねえの。」
機嫌がいいんだか悪いんだかわからない返事を残して、マイザーは部屋を後にした。
着た姿を見て判断してほしかったんだけどなあ、と愚痴ると、メイドの一人が、リア様なら何でもお似合いになられますよ。と声を掛けてくれた。
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