晴れ間に/式の前日

ある日の晴れ間に



『今日のあなたは恋愛運が絶好調!ラッキーカラーはスカイブルー。青空の下で好きな人と会えるかも!』

お弁当を作りながら、ニュース番組をちら見する毎日。特に気にしているわけでもない占いが今日はなぜか目に留まった。あれ、今のってわたしの星座じゃないかな。恋愛運が絶好調で、ラッキーカラーはスカイブルー。青空の下で好きな人に会える……。反復してみても現実味は薄かった。スカイブルーってどんな青なんだろ、水色なのかなもっと濃い空の色なのかな、とか、好きな相手には青空の下どころか今日も普通に会社で会うことがすでにわかりきっているしなあ、なんて考えてしまうわたしはつくづく占いに向いてない人間だと思った。


*

「青空はどこだ……」

スカイブルーの物なんて持ってきてない。窓の外は薄暗い曇天。やっぱり占いは占いでしかなかったってことか。雨ふらないといいなあ、と考えつつお弁当が二つ入った袋を振らないようにしながら会社のエレベーターへと急いだ。

「は、遅刻ですか?」
「そう〜俊明ったらさ、いい歳こいて寝坊したんだってさ。」

どう思うよ吉川。とニヤニヤ笑ってるのは俊明さんと仲のいい笑い上戸の先輩だった。フロアに着いて、挨拶もそこそこに教えられた情報にびっくりした。遅刻って。半休扱いになるみたいだから何とかなるけど……。

「疲れでも溜まってたんですよ。既存のお得意さんはほとんどわたしに回しちゃったから新規営業ばかりになっちゃいましたし……」
「どうだろうなあ。なんか悩みでも抱えてたんじゃないか?」
「悩み……?」

俊明さんが悩んでいるようには見えなかった。けど、思い返してみれば、時々何かを考えながらこっちをじっと見ていることもあった。なにかあったのか訊ねても濁されるだけで、特に何もないんだろうなんて思っていたけど。

「わたし何かしちゃいましたかね……!?」

こっちは真剣に聞いてるのに、めちゃくちゃ笑って涙すら流している。笑い上戸だからって笑う場面考えてくださいよ!わたし何もおかしいこと言ってないじゃん!わたしが何度聞いても笑って誤魔化されて、朝礼の時間だと逃げられた。結局分からずじまいで、俊明さんじゃなくてむしろわたしの方が悩んでるよ。そういえば、お弁当どうしよう。午前が半休ならきっとご飯食べてくるだろうしなあ。それに、わたしは午後イチで外回りだから昼休憩がいつもより早い。てことは午前休の俊明さんとは会えないかもなあ。朝の占いがますます信じられない。あの占いと反対のことばっかり起こってるじゃないの。あーあ。今日は会う事すらできないのか、と小さい溜息をついたところでデスクの端に置いたスマートフォンが振動した。メッセージの差出人は今まさに考えていたその人だった。

『ごめん、昼飯とっていて。絶対食うから』

たったのそれだけなのにとっても嬉しい。あたりまえに会えると思ってたのに会えないかもしれない、そう思った時の寂しさが和らいでいくような気分。なんだか自分が気持ち悪いなって思うほど、嬉しくてたまらなかった。気をつけて来てくださいね。待っていますと返信すれば、短く『ありがとう』と帰ってきた。たった一言のお礼の言葉なのに愛の言葉のようにさえ思えてきてしまう。向こうはそんなつもりないんだろうけどね。さっきまでちょっと落ち込んでいた気分もすぐに上がれば、よーしと気合を入れた。



「すみませんでした!」

転がり込むように、っていうのがしっくりくるほど忙しなく営業部へやって来たのは俊明さんだった。部長の前にすぐ行って、2人で話をしたかと思えばくるりとこっちへ向かってきた。途中、笑い上戸の先輩に視線を送ったかと思えば嫌そうにしてからわたしの隣りのデスクへと来る。

「おはようございます。大丈夫ですか?体調でも悪かったんじゃ、」
「よかった間に合って……」
「はあ、」

いまいち会話が成り立ってない。間に合ってよかったって安堵してるなんて、

「そんなにお弁当食べたかったんですか?」
「あたりまえだろ、せっかく吉川が作ってくれてんのに」
「!」

なんていうか、その。今日はダメですって、深読みしちゃいますよ。まるでわたしが作ってるお弁当だから食べたい、みたいに聞こえてじわじわと顔が熱くなる。返答に困って、手にしていたボールペンはデスク上にカラカラ転がって行って、耳も熱い。嬉しいを通り越して戸惑っているわたしに部長が「吉川、早く休憩行かないと午後は外回りだろう」とにやつきながら投げかけた。しかもその後に追い打ちまでぶん投げる始末!「お前も一緒に行って来い。まだ午前休の時間だからな」待って、いま二人っきりにされたらわたし燃え尽きてしまいそうなんですが!そんなわたしの状況を知らない俊明さんはお弁当の入った紙袋とわたしの鞄を持って進んでいく。着いた先は屋上だった。

薄曇りの空の下、屋上にあるベンチに二人で腰かけてお弁当を食べる。

「俊明さん、また聞きますけど体調不良とかじゃないんですよね?」
「体調は全然悪くないよ」
「あと、なんか……悩んでるようだって聞いたんですけど……」
「ぶほぅっ」
「え、え?!大丈夫ですか?!」

急にご飯を咀嚼していた俊明さんが噴き出す。誰に聞いた、と言われて笑い上戸の先輩の名前を出すと頭が痛そうに溜息をついた。やっぱりわたしが気付いていないだけで実はかなり深い悩みだったりするんだろうか。うんうん唸っている俊明さんを見てたら、さっきまで勝手に盛り上がっていた頭がすうっと冷えていく。膝の上に置いていたお弁当をベンチに置き直して、一度深呼吸をした。

「あの!わたしでよかったら何でも話し聞きます!」
「え?」
「わたしじゃダメかもしれません、けど、」
「いや……ダメじゃない」

むしろお前じゃなきゃダメだ。そう言われて、冷えていったはずの頭にまた熱がもどってきた。

「言いたいことがいっぱいあるんだ」
「いっぱい?」
「えーと、まずは…いつも飯ありがとう。」
「いえ。わたしがやりたくてやってるだけですから!」
「あー、うん。でも、ありがとう。いつも美味い。それに、いつも楽しみにしてるんだ。今日も仕事に遅れることより前に吉川のこと思い出した」

絶対食べる。その言葉は想像以上に嬉しいものだった。改めてお礼を言われるとくすぐったい。俊明さんはわかってないんだろうなあ、わたしがこんなに嬉しいってこと。本当に美味いんだぞ、と念を押してくるこの人は、自分がいつも美味いと言いながらご飯を食べてることに気づいて無いんだろうか。いつものその零れた呟きだけでわたしは嬉しくていっぱいなんだけどなあ。

「それと……いつも頑張ってくれてありがとう」
「いつも、失敗ばかりですけどね」
「失敗とか成功とかいいんだ。吉川が一生懸命やってるのは俺もお客様もわかってる」
「ふふ、ありがとうございます」

あ、いけない。そろそろ時間なくなっちゃうかもしれない。ご飯は、まあ半分くらい食べたし俊明さんに会えたからまあいっか。お弁当の蓋を閉めようと伸ばした右手がなぜか俊明さんに持って行かれる。え?なんで?思わず隣りの俊明さんの顔を覗き込むと、見たことのないくらい赤い顔をしていて、そのバックには曇っていた空なんて見当たらないスカイブルーが広がっていた。しゃらん、と華奢なブレスレッドがわたしの手首に俊明さんの手によってつけられた。


「好きだ。……いや、それよりももっと、」


愛しています。








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