01


ホグワーツの創設者の一人であるゴドリック・グリフィンドール。
彼は千年以上前に、この世から去った――はずだった。

― プロローグ ―


アラシは突然の手紙に驚いていた。
ここは日本で、イギリスなんて行くことすら考えていなかった。
彼の中のイギリスといえば、せいぜい“外国”という意識くらいである。

とにかく、祖父母に知らなければ。
ふくろうが届けた奇妙な手紙を片手に、アラシはドタドタとやかましく駆けた。
育ての親がいる居間まで来ると、興奮のあまり彼は大声を上げた。

「じーちゃん、ばーちゃん!」
「どうしたんだい。そんな大きな声を出して……」

祖母が落ち着き払って答えた。
湯飲みを両手で持ち、今にも“ずずーっ”と飲みそうだ。
それは祖父にも言えることで、二人共小さな卓袱台の前でくつろいでいた。
アラシはそんな二人をもどかしく思いながら、今届いたばかりの手紙をずいっと出した。

「これっ……なんかよくわかんないんだけど、魔法がどーとかって」

祖父が手紙を受取り、老眼鏡をかけてそれを眺める。しかし首をかしげるばかりだ。
そこでやっと、アラシは手紙が日本語ではないことに気付いた。
半ばひったくるようにして手紙を再び自分の手に戻し、早口にその内容を読んで聞かせる。

「親愛なるカンザキアラシ殿……」


親愛なるカンザキアラシ殿

このたびホグワーツ魔法魔術学校に入学を許可されたこと、心よりお喜び申し上げます。
教科書およびに必要な教材のリストを同封いたします。
新学期は九月一日に始まります。
キングズ・クロス駅より十一時に出発です。

なお、カンザキ殿は海外に在住のため、非魔法族の空港まで教員、もしくは相応の者が迎えに参ります。
同封したチケットより、イギリスまでお越し下さい。
同伴者は、魔法族に理解のある者のみとします。

敬具


読み終えると、祖父母はぽかん、とアラシを見た。
そして祖母は溜め息を、祖父は不自然な笑い声を上げる。
アラシはもどかしくなり、相手が何か言う前に口を開いた。
緊張と興奮で、口の中はやけに渇いている。

「これ、なんだろう? 飛行機のチケットもちゃんとあるんだ。イギリスの魔法学校って本当かな」

祖父が馬鹿馬鹿しい、と吐き捨てた。

「イタズラに決まってる。それより、夏休みの宿題は――」

けれど彼は最後まで言えなかった。
祖母が珍しく、夫の言葉を遮ったからだ。

「やっぱりお前は、普通の子じゃなかったんだねェ……」

どこか寂しそうに笑って、祖母はゆっくりと噛み締めるように言った。

「実はね、私達に子供はいないんだよ。事故で死んだことになっているお前の両親は、最初からいないんだ」

アラシは手紙が来たこと以上に、衝撃を受けた。
祖父を見たが、うつ向いたまま何も言わない。

「――アラシ、お前は天から降ってきた。私達だって、目の前でそれを見なきゃ信じないけどね。だからね、お前は誰の子でもない」

けれど話し終えると、祖母はにっこり笑った。
アラシが小さい頃からずっと見てきた“母”の微笑みだった。

「でもね、お前は私達の孫だよ。たったひとりの大切なね」

祖父も仕方ないとばかりに苦笑して、のんびりと言った。

「名前を付けたのはお隣のゲンさんだし、ランドセルを買ったのはお向かいのミヨさんだ。アラシ、お前は間違いなくここで育った自慢の息子だ」

愕然とした。
十年も生きてきて、いきなり自分が“普通ではない”と言われたのだ。
空から人が降ってきて無事というのもおかしい。
これは全部、祖父母のイタズラなのだと思いたい。
無言のまま立ち尽くすアラシの手から、ひらりと手紙が落ちた。
祖母が新しい湯飲みに、アラシのためのお茶を注いでいる。
コトン、と卓袱台の上に湯飲みを置いた祖母は、穏やかに言った。

「そこへ行きなさい、アラシ。そこならきっと答えをくれる」
「でも……」

アラシが渋ると、祖父が仕方のない奴だ、と笑った。

「嫌なら帰って来ればいい」

二人共、寂しく笑うくせに、どこか嬉しそうだ。
彼らもまた、答えを知りたいのかもしれない。
アラシは心を決めた。

「わかった。行ってくるよ――ホグワーツに」

手紙を拾い、封筒に戻す。
飛行機のチケットと、教材のリストが見えた。

「でも、俺の故郷はここだから。じーちゃんとばーちゃんがいる、この家だから。学校を卒業したら、じーちゃんの跡を継いで大工になるからね」

祖父母――否、父と母は今度こそ嬉しそうに微笑んだ。


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