51


預言者新聞に目を通していたロウェナが、「へえ」と感心したように声を上げる。その口元に笑いじわが刻まれた。

「空飛ぶ箒があるそうよ」
「なんだいそれ」

二人分の紅茶の一つをテーブルに置き、自分のはそのまま口元へ運ぶ。熱いそれは、じわりと胸の辺りを暖めた。
ロウェナが、新聞から視線をこちらに向けて「小さな記事よ」と告げる。

「未来の移動手段ね。といっても、これじゃあ私乗りたくないわ」

そう言って彼女は、その記事の部分をこちらへ向けた。どう見ても乗り心地は良くないであろう、暗い色の箒が描かれている。性能を熱心に説明しているその記事は、社会情勢と白熱するマグルとの対立記事に埋もれていた。よく見なければ、誰もが見逃しているだろう小さな欄だ。

「なんだ、一般の魔法使いじゃないか」

思わずそう呟くと、ロウェナは「あら」と呆れたような声を出す。

「こういう発明は、必要としている魔法使いが作るものよ。あなたも、くだらない帽子よりこういうの作ったら?」
「帽子は譲れないね、残念ながら。私達もそう長くない」

ロウェナは不意をつかれたようにきょとんとして、それからくすくす笑った。目元が穏やかな色になる。

「そうね、必要としている魔法使いが、必要なものを作るんだわ。組み分けも、必要なこと」
「君は年を取ったら、ずいぶん屁理屈を言うようになったね」
「誰の影響かしら」

そう言って、ロウェナは紅茶を飲み下す。
ふと息を吐いて、三面記事の箒の絵を見る。

「もう少し早くこういうのがあれば、箒の乗り方なんかも授業に組み込めただろうね」
「あなたが教えるの?」

びっくりした声に、思わず笑ってしまった。

「若いときなら、ぜひそうしただろうさ」

― 閑話 ―


あくびを一つして、時計を覗く。まだ五時前だというのに、窓の外では日が落ち始めていた。
休日などあっという間に過ぎるものだなと、思う。午後を図書館で過ごしたのも、久しぶりだった。先週の今頃は、まだダンブルドアの部屋でしつこくお茶を飲んでいた時間だ。
アラシは、借りるほどの本は残念ながら見つからず、結局手ぶらで寮に向かっていた。玄関ホールまで差し掛かると、そこが常より騒がしいことに気が付く。一瞬何事かと眉を寄せたが、近づいてみてそれがクィディッチ・チームの集団とわかると納得した。
グリフィンドールチームだ。明日スリザリンとの対戦を控えているから、最後の練習をしていたのだろう。
ポケットに突っ込んでいた手を引き抜くと、アラシはひらりとそれを振った。

「ライン先輩、お疲れ様です」

金色の髪を持つ少女が、振り返る。ポニーテールに結ったその髪が、ふわりと揺れた。一瞬その目が誰だと語り、それから合点がついたとばかりに破顔する。

「カンザキ」

彼女がそう呼ぶと、チームメンバーの視線がこちらへ集まった。

「ルティ、いつ一年生をナンパしたの?」

くすくす笑う傍らの女子生徒に、ラインもくすくすと返す。

「最初の試合をした夜よ」

アラシは親密そうなチーム内の会話に、自らはどうしようか戸惑った。
三メートルほどの距離を保ったまま、突っ立っているアラシからすると、軽く声をかけるだけのつもりだったのだが。どうやら、クィディッチ・チームのメンバーは見逃してくれないようだ。

「ルティの知り合いか?」

大柄な男子生徒(確かキャプテンだ)が、人好きのする笑みを浮かべる。
肝心のラインは、女の子とのからかいに夢中のようでこちらに気を配るつもりは無いらしい。アラシは仕方なく、チームの集団へ歩み寄った。

「一年生? 来年の志願者かな?」

キャプテンの横からからかうような声が飛び出す。ラインに負けず劣らず小柄な男子生徒は、それでも幾分か背の低いアラシを見下ろすように見た。自分の方が大きいのだと、誇示したいのかもしれない。
アラシは小さく笑って肩をすくめた。

「いいえ。俺の友達は、入りたいみたいですけど」

――というのは、本人から聞いたわけではないが。少なくとも、リリーの友人であるメアリーはそう言っている。

「へえ、いいな。丁度、来年新しいメンバーが欲しいところだった。なんたって今年、チェイサーが二人も卒業しちまうんだ」

小柄な少年が、訳知り顔で頷いた。
アラシは、それならジェームズとシリウスも入れるかもしれないなと思う。もちろん、そんなことは無くても跳びぬけている彼らなら採用されるであろうことは確かだ。
キャプテンの男が、「ふむ」と唸るような声を出して、アラシを値踏みするように眺めた。

「で、その友達の名前は?」
「ジェームズ・ポッターと、シリウス・ブラックです。少なくとも、ジェームズの方は熱狂的なクィディッチファンですよ」
「ポッターにブラックときたか。あの問題児コンビの」

男は、さもおかしそうにくっくと笑う。その後ろで、メンバー達はわずかにざわめいていた。
かの二人は、グリフィンドール生の中では多少有名だ。別名、減点コンビと名高い。違反ばかりするので、早速目をつけられているというわけだ。

「ウッド、どうするんだ? 入れるのか?」

小柄な少年が、甲高い声で問いかけながらキャプテンを見やる。
アラシもその答えには、興味があった。つい、男を見つめてしまう。

「来年、本人を見てから決める。今は、明日の試合のことだけを考えよう。――で、お前さんはルティに用があったんじゃないのか?」

ウッドと呼ばれた男が、アラシに視線を合わせた。ずいぶんと背が高い。
ラインも自分の名が呼ばれて気付いたのだろう、「そうなの?」と声をかけてくる。アラシは慌てて否定の言葉を口にした。

「いえ、見かけたので声をかけただけなんです。練習、お疲れ様です。明日頑張ってください」
「あら、ありがとうカンザキ。お友達にもよろしくね」
「今年こそ優勝してやるさ。楽しみにしておけよ、一年生」

ラインの返事と重なるように、小柄な少年の宣言がよく響く。アラシは薄く笑って頷いた。
キャプテンの男子生徒が、ぐしゃりとアラシの頭を掴む。――きっと本人は、かき撫でたつもりなんだろうが、それにしては痛かった。

「俺は、ダネル・ウッド。グリフィンドールのキャプテンだ。こっちのうるさいのが、ニコラス・スタンフォード」
「うるさいってなんだ」

小柄な少年――もとい、スタンフォードが口を尖らせる。
アラシは、慌てて自分の名乗った。

「アラシ・カンザキです。よろしく」
「じゃあアラシ、寮に戻るんだろう? 俺たちもだ。一緒に行くか」

ウッドが上機嫌に、にこにこと笑う。全面的な好意だろうことが、その笑顔からわかりすぎるほどわかった。
アラシは未だ頭の上に乗ったままの手をどうしようか悩みつつ、こくりと頷いた。断る理由も無い。少々強引だが、悪い気はしなかった。

「歩きながら、他のメンバーも紹介しよう」

ウッドはそう言うなり、先頭に立って歩き出す。その大きな手はアラシの頭を掴んだままだったので、アラシは彼の隣を行くことになった。



「あれ、ジェームズは?」

談話室でチームと別れ男子寮の自室に戻ると、ジェームズの姿が見当たらなかった。机でレポートを仕上げていたらしいリーマスが、入り口で第一声を上げたアラシを振り返る。

「図書館で会わなかった?」
「姿も見なかったけど……図書館に来てたの?」
「行くって言ってたぜ。一時間くらい前だ」

ベッドで何かに読みふけっているシリウスが顔も上げずに答える。ピーターはと言えば、カエルチョコレートの魔法使いカードを床に並べて整理をしているようだった。

アラシは短く「ふぅん」と相槌する。
最近よく、ジェームズは姿を消す。決まって「図書館へ行く」だの、「広間で勉強する」だのと理由を付けては、放課後いなくなっていた。その時期は、アラシが秘密を打ち明けた頃からだ。 だから、気まずいのかもしれないなという考えに至るのにも、そう時間はかからなかった。シリウスとピーターの態度は改善されつつあるが、ジェームズは時間が経つに連れてどんどん遠ざかっていく。だから今回もそうなのだろうと、アラシは苦く笑いながらピーターの方に歩み寄った。
この数日、それが寂しいという事実を、無視しようと努力している真っ最中なのだ。

「余りのカードはあった?」

ピーターに声をかけると、彼は顔を上げて何枚かのカードを差し出した。

「はい、あげるよ。今回は大分あまったんだ。アラシはどのくらい揃ったの?」

ありがたくカードを受け取りながら、ピーターが並べた魔法使い達を眺める。アラシが持っているカードの枚数に比べると、ずいぶん多かった。やはりこれは、集めた時間の長さの問題だろう。

「ピーターにはまだまだ追いつきそうも無いよ」

肩をすくめて答えると、ピーターは「すぐに集まるよ」と微笑んだ。
もらった数枚のカードを読み流しながら、「そういえば」と切り出す。

「玄関ホールで、クィディッチチームに会ったよ。明日、試合見に行く?」
「当たり前だろ」

ピーターからではなく、背後のシリウスから返事が上がる。遅れてピーターも頷いた。

「なんたって、優勝争いに入れるか否かの大事な試合だもん。見逃せないよ」
「君も?」

レポートの羊皮紙を丸めているリーマスに問いかけると、リーマスはちらりとこちらを見た。

「うん、行くつもりだよ。アラシだってそうだろう」
「もちろん」

笑って請け合い、カードを持ったまま自分のベッドに腰掛ける。どうやら今回のカードたちに、“知り合い”はいないようだ。それをサイドテーブルの引き出しにしまい、代わりにチェス盤を取り出した。シリウスからのクリスマスプレゼントは、すっかりアラシの私物と化している。

「リーマス、チェスやらない? 負けた方は、夕食のデザートが食べられない」
「オッケー。いいよ」

リーマスが、アラシのベッドの方へ回り込み、二人の間にチェス盤が置かれた。
すっかり日は沈み、あと数十分もすれば夕食の時間になる。こういう賭けじみた対戦は、暇つぶしによくやるものだった。

「前回僕の勝ちだったから、今日は君が先手でいいよ」

リーマスが黒の駒を取りながら言った。彼らは「まだ眠い」だの「髪のセットが乱れる」だのわめきながら、盤に並べられていく。

「それはありがたいね。じゃあ、遠慮なく」

アラシは白の駒を取り、やっぱり文句を垂れるそれをチェス盤に並べた。そしてポーンへ最初の命令を下し、試合が始まる。
駒の動きがゆっくりなので(もちろんこれは、高級の印である)、その間にアラシは今思い出したことをそのまま口に乗せた。

「チームのキャプテンに、シリウスとジェームズが来年入りたがってること言ったら、興味持ってたよ」
「はあ?」

素っ頓狂な声が上がり、シリウスがベッドから起き上がる。

「そんな話、お前にはしてねーだろ」

リーマスが、黒のポーンへ最初の指示を出した。これも、ゆっくり“優雅に”移動する。

「噂で聞いたから。それとも、違った? 入りたくない?」
「俺は別に。ジェームズは、志願するって言ってたな」

シリウスが天蓋の柱に寄りかかりながら答えた。彼のベッドがぎしりと軋む。
アラシの白いポーンが移動中転んだので、起こしてやりながら会話を続ける。

「やっぱりするんだ。どのポジションになるかな」
「あの目の悪さだから、シーカーは無いだろうな。チェイサーか、意外と、ビーターかもしれねぇし」
「割とキーパーとかね。ジェームズ、反射神経はいいし」

リーマスが会話に加わって、俄然その場は盛り上がり始めた。

「僕は、キーパーだと思うな」

これはピーターだ。

「俺は、ビーターをお勧めするね。敵の頭をボールで打ち抜くアレがいい」

シリウスが何か自分の希望もまぜこぜにしつつ、意見を出す。
アラシは、またも転んだポーンを指でつついた。ポーンは、キーキーわめきだす。それを助けてはやらずに、興味深く観察しながらアラシはポジションの話を続けた。

「俺は、チェイサーだと思う。あれは飛ぶ技術が必要だからね」
「そういや今のチェイサー、確か二人七年生なんだよな……」

独り言のようにシリウスが呟く。

「確かに、それが一番可能性高いかも」

ピーターがすぐさま自分の意見を覆した。
そのとたん、バタンとドアが開く。四人がそちらを見ると、噂の人、ジェームズだった。

「あ、ジェームズ! 今、ジェームズの話をしてたんだ。クィディッチチームに入ったら、どのポジションになるかって――」

ピーターは言いながらジェームズを視線で追いかけた。しかしジェームズは何も話さないまま、真っ直ぐ自分のベッドに向かい、そのまま寝転がって動かなくなる。様子がおかしい。

「おい、ジェームズ?」

シリウスが、怪訝に名前を呼ぶ。でもジェームズは何も言わない。金縛りの魔法でもかけられたように、動きもしない。
アラシ達は顔を見合わせた。
アラシには、やっぱり自分を避けているようにしか見えなかった。ドアが開き目が合った瞬間、すぐに逸らされたのだから。

「大丈夫? 体調がわるいの?」

リーマスが心配そうに尋ねると、ジェームズはわずかに身じろいだ。

「少し疲れただけだよ。悪いけど、夕食はいらないから朝まで放っておいてくれるかな」
「あ、ああ」

戸惑いながらも返事を返すシリウスの目が、一瞬アラシを見た。瞬間、ドキリとする。

「早く起こさないか!」

小さなキーキー声がしたから聞こえ、アラシははたと我に返った。チェス盤の上で、どこをどうやったのかドミノ倒し状態になっている駒たちがキーキー騒いでいた。見事に、アラシの白ばかりだ。

「どうやったらこうなるのさ」
「さあ、僕も見てなかったから」

リーマスはそう言って、アラシが駒を直すのを手伝ってくれた。
これが原因なのか、この日のデザートは無しとなるのである。


*←前 | 次→#
- 51 -
しおりを挟む/目次(9)


トップ(0)
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -