43


「謝ったのか」
「どうして俺が」
「お前が悪い」
「なんで」
「意地を張るな、ゴドリック」

年もそれほど変わらないと言うのに、彼の説教はどうも説得力を持っている。
図星をさされてしまうと、黙り込むしか無いじゃないか。

「知能植物相手にそんなことをしてもしょうがないだろう」
「だってコイツ――」

言いかけて、やめた。
深く息をついて、肩をすくめる。

「わかったよ、サラザール」

― 少女を探して ―


そのあとは、散々だった。
ジェームズの見当違いな怒りの訳が、シリウスもピーターもわからないらしい。
彼は怒り狂うわけでも、罵声を飛ばすわけでもなく、ただ冷笑を浮かべてこう言うのだ。

「最初から話してくれればよかったのに。半年も隠して、いいことがあったかい。ないだろう?」

ほとんどひとり演説だ。
アラシが言い訳する間も、シリウスが反論する隙も、ピーターがフォローすることも出来ない。
それでいて、単調な口調なのでさらに不気味だ。

「謝れなんていわないよ。むしろ話してくれて嬉しい。でももっと早かったら、僕ら喧嘩もしなかったんじゃないかな」

そして言い終えると彼は満足したのか、急に明るい声になった。

「それで、エヴァンスさんのことだけど、僕は探しにいこうと思うよ」

シリウスもピーターもあまりの変わりように凍りついている。
しかしここは経験の差だろう。
アラシは彼ら二人より幾分か早く、言葉を取り戻した。

「……俺に言い訳はさせてくれないのかい?」
「言いたいならあとで聞く。今は、エヴァンスさんを探さないと」

そう言うなりジェームズは、部屋を出て行こうとする。
彼を引き止めたのは、ピーターだった。
どうやらシリウスはまだ固まっているらしい。

「ジェームズ!」

勇気を振り絞ったような、必死で余裕の無い叫びだった。
振り向いたジェームズの眼鏡が、部屋の明かりに反射する。
おかげでほとんど彼の表情はうかがえない。

「なんだい、ピーター」

動いた口元は緩やかな弧を描いていた。
ピーターが、一瞬ためらったようにぐっと言葉を詰まらせたが、それでも彼は声を見失いはしない。

「僕……僕もエヴァンスさんは心配だよ。でも、アラシだって悪気があって彼女にあんなことをしたわけじゃないんだし、そんなに怒らなくても……」
「僕がその件で怒っているなんて、言ったかな」

ジェームズは、やけに冷静だった。
アラシは、ピーターの言葉でやっと理解する。
彼女を泣かせたのは他ならぬアラシで、その前に例え何があろうともその事実は確かなのだ。
ジェームズは彼女を押したが、泣かせたいわけではなかったのかもしれない。
結果がどうあれ、彼女に一番酷いことをしたのはアラシだった。

「ジェームズ、言い訳はしないよ。代わりにおしえて。俺が“起きる”前、何があったんだ?」

ジェームズはピーターからアラシへその薄茶の瞳を、滑らせるように向けた。
眼鏡の反射が解けて、その瞳が苛立ちを帯びていることに気付く。

「ごたついたんだ、少しね。彼女があまりにちょっと、その、うるさかったからついカッとなって……でも、落とすつもりは無かった。階段だってことを忘れてただけだ」

ジェームズはそれだけ言うと、くるりと踵を返して部屋を出て行った。
バタン、とドアが閉まる音がやけに響く。
アラシは慌てて彼のあとを追おうと、閉まったばかりのドアへ駆け寄った。
ごたついた――だなんて言葉だけでは、わからない。
彼が悪いのか、それともリリーのほうが言い過ぎたのか。
それでもジェームズは、罪悪感を感じているらしい。

「待てよ」

シリウスの声が、足を止まらせた。
何――と言おうとして振り返ると、彼はベッドから立ち上がり、呆れたようにこちらを見ている。
その手は、右肩をもむ様にそえられていた。コキ、と彼の首が鳴る。

「ジェームズの奴、心配なら心配だってショージキに言っちまえばいいのに。探すんだろ? 人数は多いほうがいい。ピーターも来るよな」
「もちろん」
「手分けして行こうぜ。どっちにしろ、エヴァンスのことは俺も気にかかる」

いつもはジェームズがとるリーダーシップを、彼は見事にやって見せた。
幾人かの生徒が彼らを「コンビ」だの「相方」だの、もしくは「双子」だのと称するが、ここでやっとその意味を理解できた気がする。
アラシは仲間がいることの安堵で、ほっと息をついた。

「うん、一緒に行こう」
「んじゃま、手始めにアラシ」
シリウスは大またでこちらに歩み寄ってくると、にいと口の端を上げた。
なんだろうと首をかしげて促せば、彼は愉快そうに言った。

「寮近辺の隠し通路と近道を、全部おしえてもらおーか。そっちのが効率がいいだろ? 使えるモンは使わないと」
「……シリウス、隠し通路が知りたいのか、エヴァンスさんが心配なのか、ジェームズが気にかかるのか。どれなんだい?」
「全部だ」
「あ、そう」

もう返す言葉がない。
アラシはため息をつくと、しぶしぶそれを承諾していつの間にか傍に来ていたピーターを見やった。
彼も、ちょっと困ったように笑っている。

「じゃあ、俺は一階から上に向かって探すよ。シリウスは寮の塔から下に向かって、ピーターは城の外を探すことにしよう。見つからなくても、二時間後にまた部屋に戻ってくること」

アラシがそう提案すると、シリウスはすぐさま頷いた。
そして、彼は隣に居る頭半個分は違うピーターを見下ろす。

「ピーター、五階のゴースト像覚えてるか?」
「う、うん。あそこから外に出られるよね。滑り台だけど」

その当たり前のような会話に、アラシは驚いた。

「……君たちも詳しいじゃないか」
「何度探検してると思ってるんだ」
「わかった、参ったよ。隠し通路は歩きながらでいいかな」

シリウスがにやりと笑う。
アラシは両腕を上げて降参のポーズを取った。

「行こう、ジェームズもみつけたほうがいい」

ピーターが言いながら、ドアノブをひねる。
そして彼らは、散り散りになって自分達が泣かせてしまった小さな少女を、探しに行った。

 ***

アラシは、まず一階まで階段を下りた。
女の子がひとりで泣いていそうな場所など、あまり心当たりが無い。
図書館ということはないだろうし、授業に使う教室だってあの時は授業中だったからあるはずがない。
中庭なんて人がたくさんいて、彼女の自尊心をさらに傷つけるだけだろう。
ということは空き教室か、もしくは――……。

「トイレにでも駆け込まれてたら、見つかるはずないよなぁ」

アラシは思わず呟いた。
というのも、空き教室を全部見て周ってもいなかったからだ。
探し始めてからもうすぐ一時間になる。
隠し通路や部屋もいくつか見たが、どこも空っぽで誰も居なかった。
もっとも、ゴーストを除けばの話だが。

二階の廊下を半ば走るような速さで歩きながら、アラシはきょろきょろとあの鮮やかな赤毛を探したが、リリーの姿は見えない。
それどころかジェームズも見かけなかった。
一体彼はどこを探しているのだろう。
アラシは一度足を止めて、くるりと方向を変えると今来た道を引き返した。
図書館も一応、覗いてみることにしたのだ。
まさか、女子トイレに入るわけにもいかなかった。

図書館は、いつも通りに静かだった。
古い紙の香りが、どこか懐かしい。
ここではさすがに走るわけにもいかず、アラシは出来るだけ早く歩いた。
何人かの生徒が、図書館に似合わないアラシのその態度を不審そうに見る。
けれど彼は気にせずに進んだ。
広い城の、広い図書館。
めったに見えない死角など、探せばいくらでもある。
アラシはそのひとつひとつをしらみつぶしに探したが、どこにもリリーはいなかった。
ここまで探していないとなると、ピーターかシリウスが見つけたのかもしれない。
腕時計を見れば、約束の時間が迫ってきていた。
ということは、そろそろ夕食の時間でもある。
図書館の生徒はほとんど引き上げる準備をしている。
アラシは最後の“異国魔法の棚”を覗き込んだが、誰も居なかった。
丁度窓に面しているところで、星が瞬いているのがよく見える。
ひとつため息をついて、アラシは図書館を出て部屋に戻ろうと踵を返した。
――とたんに、誰かとぶつかった。

「わ!」

それほど痛くは無かったが、驚いたのでそれがそのまま声となって飛び出す。

「すみません、急いでいて――ミスター?」
「カンザキか」

アラシは目を瞬かせて、スネイプを見た。
実を言うと、先ほどまで、“秘密の告白”やら何やらをしていたせいか、夢を見ているようだった。
受け入れてくれたことも、全部夢のような気がして。
けれどスネイプが、現実にアラシを引き戻してくれるようだった。
まるでさっきまで寝ていたような気分に陥り、アラシはぽかんとスネイプをただ見ることしか出来ない。
それで居心地が悪かったのか、スネイプは眉をひそめた。

「僕の顔に何かついてるか?」
「え、いや別に」

その歯切れの悪い応えに、ますます彼は眉間のしわを深くしたが、わざわざ追求するつもりもないらしい。
ただ一言、「そうか」とだけ応えた。

「さっきから、ウロウロしているようだが……誰か探しているのか」
「あ、うん。エヴァンスさんを」
「エヴァンス……」

スネイプは彼女の名前がわからなかったのか、しばらく考えるように視線を落とした。
しばらくそうしていて、思いあたることが合ったのか、アラシと目を合わせる。

「ああ、あの赤毛の」
「そう、その子。見なかった?」
「図書館には来ていないと思うが」

ちらりと、スネイプの目がアラシの右手を見る。
けれどアラシはそれに気付かなかった。

「そっか。しょうがない、一度寮に戻るよ。ありがとう、ミスター。また」

今回は少々急いでいるので、これ以上会話を長引かせないようアラシは短く告げた。
言い終えるのと同時に、早足に歩き出す。
けれどスネイプの脇を通り、何歩か進んだところで、ふいに後ろから声が追ってきた。

「怪我の具合はどうだ」
「怪我?」

アラシは振り返って、聞き返した。
右手にはめられたサポーターなど、とっくに忘れてしまっているのだ。
スネイプは不機嫌そうな顔で、答えた。

「その右手、飛行訓練の時のだろう。ポンフリーでも治せないのか?」
「ああ、こ……」

「これのことか」、と言おうとした。
言葉が続かない。
――この怪我に最初に気付いたのは?
自分を心配して、気遣ってくれたのは?
誰も気付かない、気付かせないと頑張ったのに、いとも容易くそれを破ってしまったのは――?

「カンザキ?」

スネイプが怪訝そうに近寄ってくる。

「え、ああ、ごめん。うん、大丈夫だよ。大したことは無いんだ。大袈裟になってるだけ」

慌てて、笑顔を取り繕った。
スネイプは安心したようにわずかに表情を緩める。

「それならいいんだが。引き止めて悪かったな、杖腕だろう、気をつけろ」
「うん……ミスター」
「なんだ」
「色々、ありがとう」

いつも“この人”は、大切なことを気付かせてくれる。
アラシははにかんだ笑顔を浮かべて、感謝を述べた。
そして、駆け出す。
司書のピンズが、「またあなたですか!」と怒鳴ったが、それも聞こえないふりをした。
図書館を出て、アラシは悔しさで顔をゆがめた。

ジェームズが探しているから、探す。
シリウスが気にしているから、探す。
ピーターが心配しているから、探す――。

見つからないはずだ。
だってそれは、アラシが彼女を「見つけたい」と思っていたわけではない。
罪悪感すら無くて。
ただどうして友人たちがあんな女の子のことを気にかけるのか、などと考えていて。

彼女はアラシのことを、心配してくれていた。
誰も気付かなかった傷に、たった一人気付いていた。
アラシのために、大声でわめいていた。

ふと、ジェームズの言葉がよみがえる。

『ごたついたんだ、少しね』

もしそれが、アラシの怪我のことだったなら。
きっと彼女は、そのあとのアラシの態度に、深く心を痛めただろう。

アラシは、もう一度リリーを探しなおした。
いないだろうと勝手に決め付けていた中庭も、使われている教室も。

そして、見つけた。
今日先生が急用でいなかった、呪文学の教室に。
入り口から一番遠い席に。
机に突っ伏し、いつも手入れされていた長い髪はボサボサで。
その姿を見てほっと息をついた時、時計は夕食の始まりを指し、約束の時間は過ぎていた――。


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