42


「隠し事があるなら、さっさと話してちょうだい」
「知ってたかい、ロウェ。人っていうのは、魔法使いでもマグルでも何かしら秘め事を――」
「話すのか話さないのか、どっち」

鋭い目。
女性とは思えないドスの聞いた声。
諦めのため息をつき、正直になろうと心に決める。

「じゃあ言うけど、君の大切な花壇にうっかり魔法薬をこぼしたのは俺だよ」
「……私、正直な人は好きよ」
「そう、それは嬉しいね……ところで、その手に持っている杖は何に使うのかな?」

絶体絶命って、こういうことを言うのではと、壁に追い詰められながら思った。

― 喧嘩の行方 ―


いつかはこうなるだろうとは思っていた。
ファウェットが迂闊に口にしなかったとしても、そして上手いことずっと騙し続けることが出来たとしても。
漠然と感じていたのは、隠すことの罪悪感と、その必要性の有無と。
もしかしたら待っていたのかもしれない。
自分から一歩踏み出すのは怖くて、だから誰かがキッカケをくれるのを、待っていたのかもしれない。

 ***

寮に戻るまで、ほとんど会話らしい会話はしなかった。
談話室は、まだ授業が終わらないので誰もいない。
けれど何分かすれば、寮生でにぎわうだろう。
四人は談話室の奥にある男子寮への階段に向かった。

最初に部屋に入ったアラシは小さくため息をついて、部屋の一番端にある自分のベッドに腰を下ろした。
あとから入ってきた四人も、それぞれのベッドへ座る。
いつもなら、ここで雑談やカエルチョコレートのカード交換、レポートの情報交換なんかをするのだが、とてもじゃないがそんな雰囲気ではない。
一人足りないルームメイトたちはじっとこちらを伺っていた。
これほど真剣な顔の彼らを果たして見たことがあっただろうかと、アラシはわずかに驚いた。
通常の学校生活ならば見ることは出来ないだろう。

「まず――」
「何故君は“ゴドリック”と呼ばれていたんだ」

アラシが言いかけたところを、ジェームズが鋭い言葉でさえぎった。
自分が告げるより早くその“名”が出てきたことに、率直に驚く。
ジェームズを見やれば、眉根を寄せた険しい目と視線がかち合った。

「ちょっと待て、ジェームズ。いつそんなことを……」
「ゴーストだよ」

アラシの疑問をシリウスが口にして、それにピーターが答える……というなんとも奇妙なやりとりだった。
ピーターは、緊張を解くように一度肩を震わせて大きく息を吐いた。

「エヴァンスさんが落ちたとき、ゴーストが言った」
「そしてアラシはまるで“自分が呼ばれたみたいに”反応した」

ジェームズがピーターの言葉を引き継ぐ。
シリウスは思い出そうとしているのか、視線を泳がせ、考えるように顎に手を当てていた。
窓の外では、闇が迫ってきていた。
うっすらと、わずかに欠けた月が見える。
ああ、それで――あの“記憶の渦”から抜け出したのかと、アラシはぼんやり納得する。

「俺たちが“いつも”呼んだって、呆けてるっていうのに……」

思い出したらしいシリウスがぽつりと漏らす。
映りこんだ窓越しに、部屋の様子を観察する。
ジェームズはじっとこちらを見続けており、シリウスはまだ混乱しているのか再び思考している。
ピーターは不安そうに、視線をあっちへこっちへ動かしていた。

「話してくれるんだろう、アラシ」

ジェームズが静かに言った。
アラシは小さく笑い声を漏らし、ジェームズを見る。
室内を照らしていた灯りが一瞬揺れた。

「話そうと思ったのに、君が邪魔をしたんだろ?」

ジェームズが何かを言いかけたが、アラシは無理やりに続けた。

「俺の名前は“アラシ”だ。それはこれからも変わらない。でも、“ゴドリックか”と聞かれたら、俺は答えられない」
「つまりお前はゴドリックだってことか? 不老不死か何かか、創設者は」

シリウスが疲れた顔で口を出す。
ピーターが、小さく息を呑んだ。

「俺が知る限り……」

アラシはそこでいったん言葉を切り、ベッドから立ち上がった。
日が沈み、月がゆっくりと天を駆けてゆく。
カーテンを閉め、肩越しに部屋を振り返った。
何かを期待するような、それでいて不安げで緊張をはらんだ三人の顔。
アラシもまた、心臓の鐘が早かった。
リーマスに話すとき、これほど緊張しただろうか。
答えは否だ。
あの時はとても自然に、それが当たり前のように事実を口に乗せることが出来た。
たぶんそれは、リーマスに心のどこかで信頼を寄せていたからだ。
そしてこの三人と彼の決定的な違いは、校長室で会った事も、ダンブルドアと一緒にお茶をしたこともないということ。
アラシは体ごと部屋に向き直り、窓枠にひじを乗せて壁に体重を預けた。

「俺が知る限り、不老不死になるには賢者の石が必要だ」

期待はずれだったといわんばかりに、ピーターの緊張がわずかに溶ける。
アラシは素直に反応を示す彼をじっと観察しながら、さらに言葉を繋いだ。

「残念ながら、魔法薬や通常の魔法で長く生きる術(すべ)は見つかっていない。千年以上生きるのは魔法使いでもマグルでも無理だ……今のところ。俺はそのほうが良いとおも――」
「それじゃあ君は一体“誰”?」
「ハハハッどうやら君はさえぎるのが得意らしい」

ジェームズがあまりにも急いているのがおかしくて、アラシは笑い声を上げた。
それから視線をピーターからはずす。
自分のベッドを見、次に隣のリーマスのベッド――今は誰もいないベッドを見る。

「俺は“ゴドリックだった”」

ぽつりと、独り言のようにアラシは呟いた。
いち早くそれに反応したのは、意外にもピーターだった。

「過去形……」

思ったことをそのまま口にしただけなのだろう。
素直で、どこまでも深さを知らない。
アラシは緩やかに目を細め、リーマスのベッドから三人へ視線を移し、ぐるりと見回した。

「俺は、ゴドリックの記憶を持った“彼”の生まれ変わりだよ。“本人”じゃない」
「は?」

このマヌケ声はシリウスだ。
ジェームズもピーターも、ぽかんとアラシを見ている。
アラシはかまわずに続けた。

「ファウェットとは、“ゴドリックの時”に親しかった。睡眠薬は過去の夢を見過ぎて、寝不足だったから。ついでに付け加えるなら、君たちが耳にした聞いたことの無い呪文は“ゴドリックの時代”のものだ」

もう少しで、セブルス・スネイプがサラザールに良く似ているということを言いそうになったが、それはやめておいた。
緊張を解くように大きく息を吐き、肩から力を抜く。
リーマスの時もそうだったけれど、この話をすると無性に泣きたくなるのは何故だろう。
アラシは一度抜いた力を再び腹に入れ、三人を鋭く見据えた。

「何か質問は?」

誰も何も言わなかった。
ただ驚いた顔をした友人たちが顔を見合わせ、何か相談するように目配せをしている。
唐突に、ジェームズが顔を上げた。

「じゃあ、質問」
「どうぞ」

これで友情が壊れるなら、それだけのものだったのだろう。
覚悟を決めて促したが、その質問はどこか緊張感を欠いていた。

「君は城に詳しい?」
「そうだね、長年“いた”故郷のようなものだ」

それが何か、と首を傾げれば、ジェームズはぱっと顔を輝かせる。

「隠し通路も?」
「そりゃあ、まあ。持ち主から教わったし……」

サラザールの姿を思い浮かべながらぼやくと、ジェームズはベッドから降りて、駆け寄ってきた。
その姿を、何事かと言わんばかりの目でシリウスとピーターが追っている。
アラシの手をあっという間に掴んだジェームズは、彼の体制が崩れるのにも気付かないまま、ぶんぶんと自分の手と共に無茶苦茶に振り回した。

「素晴らしいよアラシ! なんて、なんてすごい魔法なんだ! 創設時代の記憶を持っているなんて!」
「あ、えと、ど、どうも? ありが――アイタ! 舌をかんだじゃないか……」

この反応はあまりにも予想外で、戸惑ってしまう。
それは他の二人も同じなのだろう、困惑したように彼らはジェームズを凝視していた。
ジェームズはそんな雰囲気などお構い無しに、歓喜の声を上げ続ける。

「早速君にありったけの隠し通路を教わらないと! それから隠し部屋と、出来るなら他の寮の入り口、それにどこか城以外の場所へ行ける抜け道があるなら、ぜひ!」

その場にいた全員の心が、ひとつになった。
――ジェームズの思考ってどうなってるんだ。

「えーと、なんていうか……シリウス、助けてくれ」

未だ強く手を握られたまま、至近距離で満面のニヤケ顔を披露してくれているジェームズを無理やり視界から追い出し、アラシはシリウスに首を向ける。
しかしシリウスは助ける気など全く持ち合わせていなかった。

「ジェームズ、お前をすごいと思った数は今となっては数え切れないが、これほどお前をすごいと思ったことは無い」
「そんなお言葉をいただけるとは、光栄の至りだね! さあ、アラシ! 僕たちに君の知識を分けてくれないか!」

一瞬アラシは、自分達が一体何の話をしていたのかわからなくなった。
ジェームズのこの行動だけで、それまでの真剣な空気が消えてしまったのだから。
それでもなんとかこの妙なテンションを見せる彼の目から、真剣味を帯びた光を見つける。
その間も、ジェームズの口は饒舌だった。

「僕もここ半年でいくつか見つけたんだ。一体この城にはいくつ隠し扉があるんだい? 絵画に聞いても答えはさっぱりでね。厨房にしたって、あれは一種の――」
「ジェームズ」

アラシは自分でも驚くほど低い声で、彼の名を呼んだ。
ジェームズの口がぴたりと止まる。
わずかに、彼の眉が動いたように見えた。
アラシはつかまれた手を解き、ごつんとゲンコツをその手にぶつける。
そして、微笑みを浮かべた。

「ありがとう」

ジェームズは一瞬驚いた顔を見せたが、すぐににこりと笑い返してきた。

「どうしたしまして。それで、隠し通路は教えてくれるのかな」
「先生方の邪魔をしない程度にならね。君に全部教えたんじゃ、教授達が苦労するのが目に見えてる」
「それは……まあ、否定しないでおこうか。――シリウス」

ジェームズが呼ぶ。
シリウスの返事は、彼の不満そのものだった。

「お前らさ、俺たち置いてきぼりにしてるだろ。ピーターを見ろよ。ジェームズの勢いに呑まれて、何もいえないじゃないか」

ピーターがびくりと肩を震わせる。
しかし彼の文句を全て綺麗さっぱり、いっそ清々しいほどにジェームズは無視した。

「君は、彼がゴドリックの生まれ変わりだと知って、どうだい?」

シリウスもシリウスで無視されたことには触れず、その問いかけだけに答えてくれる。

「どうったって……まあ、元から不思議ちゃん系だとは思ってたけど」
「わーい、ちょっとショックだぞーシリウス」

アラシが茶々を入れると、シリウスは盛大に大きなため息をついた。

「ゴドリックの生まれ変わりたって、“本人じゃない”んだろ? 別にいーんじゃねーの。つか、俺小難しいこと考えるの嫌いだから、根本的に」

口は悪いが、とても率直で、そして――。
アラシはシリウスのよりも大きなため息をついた。
口元が自然と緩む。
どうしようもなく、嬉しかった。

「これからも不思議ちゃんだろうし、お前は」

シリウスがにやりと笑って余計な一言を付け加える。
アラシは、女の子のように泣き真似をして見せた。
ゆるく握った手を目元へ持ってきて、わざとらしい声で嘆いているふりをする。

「これ以上俺の純情ハートを傷つけないで、シリウス」
「いつだったか、前にも言ったけど、キショイよお前」

そりゃそうだろう、そう見えるようにしたんだから。
アラシはクスクス笑いながら顔を上げた。
そしてさらに冗談を言おうとして、やめる。

「アラシの純情ハートは置いておくとして、ピーター」

ジェームズの方が先だったからだ。

「な、なに?」

ピーターはどこか怯えたように返事をした。
ジェームズがアラシの傍から離れ、二、三歩彼のベッドへ歩み寄る。

「君は、どう? アラシが“ゴドリックだった”って聞いて」

アラシは彼の気遣いに、またも涙が出そうになった。
――ジェームズはとても優しくて、とても強くて、誰よりも友人想いだ。
問いかけに、ピーターは考え考え意見を述べる。

「僕も、難しいことはわからないけど……でも、アラシは僕たちをいつも助けてくれるし、それと同じくらい忘れ物もするし、ミスもするし」
「……さっきのシリウスといい、アラシ・カンザキをけなす会でも作ったのかい? そりゃ俺だってそのくらいはするさ」

アラシが拗ねた声でピーターに言えば、彼は大きくこくんと頷いた。
驚く間もなく、ピーターはすぐさま続けた。

「うん。だから、それでいいと思う。どうして君が“そう”なのかもわからなければ、ゴドリックがどんな人だったのかも僕は知らない。でも、アラシっていう友達なら、僕も“知ってる”」

言い終わって、ピーターは申し訳なさそうに顔をゆがめる。

「ごめん、上手く話せな――」
「ありがとう」

声が震えた。
どうして、こうも簡単に受け入れられてしまうんだろう。
胸が詰まる。
苦しいのに嬉しくて、どうしようもなく嬉しくて、あまりの嬉しさに今度こそ泣いてしまいそうだ。

「さて、どうだいアラシ」

ジェームズが満面の笑みでこちらを振り返る。
アラシは慌てて息を飲み込み、泣きたい衝動を押さえ込んだ。
気付いているのかいないのか、ジェームズはにっこりと笑ったままだ。

「これが僕たちの結論だけど、質問は?」
「……無いよ」

言いながら笑い返すと、ジェームズもシリウスも、ピーターもまた笑顔になった。

「じゃあ、僕からはさらに質問だ」

ジェームズが笑顔を貼り付けたまま、告げる。
その声とはあまりに不釣合いなそれに、アラシの頭は一瞬にして冷えた。
――もしかしてもしかしなくても、彼は怒っているのでは……?

「どうして、ずっと黙っていた?」

ぞくりと、背筋に寒気が走り抜けた。


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