24


飛び交う冷たい雪の球。
音をたてて動く小さな的に当たり、はじけて飛びちる。
歓声が上がり、わずかに口の端をあげる盟友。

「すっごいや、サラ先生!」

隣の思い切り雪球がぶつかった友達を見て、少年が叫んだ。
“俺”が“サラ”と呼ぶものだから、いつの間にか生徒達にも伝染してしまったらしい。
サラは、その呼び名にわずかに眉をひそめたけれど、それでも子ども達に答えてやる。

「突っ立っていると、お前にも当てるぞ?」

とたんに、子ども達は虚勢を張る。
その様子がどこかおかしくて、口元が知らずに緩んだ。

ここ何年かで、彼はずいぶんとやわらかくなったと感じる。
つっけんどんな物言いはどこか温かみと親愛を持ち、寡黙な口元はよく笑うようになった。
鋭くつめたかった目の光はいつの間にか消えうせて、代わりに月のように暖かい光が満ちている。
ぼんやりとそんなことを考えていたら、不覚にも少年が投げた球が顔に当たってしまった。

― 稚拙な戦い ―


ぼすん、と音がして、ジェームズが顔をしかめる。
アラシはにやりと笑い、さらに彼を集中攻撃した。
数打てば当たるの要領で、ノーコンの彼でも十個投げればひとつくらいは……当たる。たまに、はずれるが。
ひるんだジェームズを見やり、アラシは叫んだ。

「ミスター、次はくらげ足!」
「わかった」

後ろで声がして、呪文が聞こえる。
が、ジェームズへの呪いはシリウスの妨害で起動がそれてしまった。
“左右反対”の呪いがかかっているジェームズは、体が思うように動かないらしく、少し腕を上げては、動きを止める。
シリウスは今、“タップダンスを踊り続ける”という魔法にかかっていて、雪球さえつかめていない。
が、彼は杖だけはどうにか扱えるらしい。
先ほどの妨害は中々に上手だった。
ピーターはといえば、彼は雪球つくり専門だったはずなのに、いつの間にか前線に出てきてしまい、あっけなく呪いを受け隅で目を回していた。
スネイプがもう一度“くらげ足の呪い”をジェームズに向けて放つ。
今度はシリウスも間に合わず、ジェームズの足に命中した。
というより、ジェームズは避けようとして自ら当たりに行ってしまった。
もちろん、先ほどスネイプがかけた“左右反対”の呪文のせいだ。
ジェームズの足はへにゃりと変な動きを始める。

「さっすが、ミスター・スネイプ。完璧な呪いだね」
「呪い魔法が得意かと聞いたのは、こういうわけか」

小気味いい三人の動きに、スネイプは面白そうに笑った。

「ミスターが苦手だっていったら、俺が呪い担当だったんだけどね。投げるほうは、駄目なの?」
「あまり得手ではないな」

顔をゆがめて答える彼に、アラシは小さく笑い、動くのに悪戦苦闘しているジェームズに目をやった。

「降参するかい?」
「まっさか」

ジェームズはなんとか立ち上がり、けれど再びへにゃりとした足が彼を邪魔する。
こっけいな動きの彼を眺めていると、ふいに鋭い呪文がし、光が頬を掠めた。

「わっ……!」

驚いて、魔法の行く先を見やる……と、スネイプが顔をしかめて体を妙に硬直させていた。
まさかと思って、先ほど光がきたほうを振り返れば、シリウスがタップダンスをいつの間にかやめて勝ち誇ったように笑みを浮かべている。

「残念だったな。“呪文よ終われ”、で呪いはとける」

同じ方法で解いたのだろう、ジェームズもまた雪球を持ち、今にも攻撃をしてきそうだ。
ピーターは……彼はまた、雪球つくりに戻っていた。

「さて、アラシ。形勢逆転だね。ノーコンの君は、どうするのかな?」

と言いながら、ジェームズは早速固められた雪球を投げつけてくる。
アラシは腹を狙ったそれを慌てて避け、もう一度スネイプを振り返った。
“縛り術”か“金縛りの術”だろうけれど、解いてもまたシリウスかピーターが同じ魔法をかけるだろう。
呪い攻撃だけでは雪合戦とはいえない。
徐々に距離を詰めながらも、攻撃を怠らない二人に、アラシは顔をしかめた。
とりあえず、雪球を投げ返してはいるものの、なかなか当たらない。
動く的に当てるのは、ことのほか難しい。

「さっきの言葉をそっくり返そうか。降参するかい?」
「そしたら呪いはかんべんしてやるよ」

どこの悪役だ、と思わず言いたくなったが、あまりにも雰囲気を無視している気がするのでやめる。
代わりにアラシは、否定の言葉を発した。

「いやだね。まだ手が無いわけじゃないさ」

この三人対二人の雪合戦が始まってから、ずっとポケットに入れっぱなしだった杖を握る。
二人の攻撃に耐えながら雪球を取り、それに呪いを応用した呪文をかけ――

「ポッター! 何をやっているの!?」

ようとしたその時、どこからか高く厳しい声がした。
驚いたジェームズとシリウスも、攻撃をやめて辺りを見回す。
すると、見慣れた赤毛の少女が息を切らして城からこちらへと駆けて来ていた。
先ほどの声も彼女だろう。
ジェームズが、慌てて持っていた雪球をほおり投げ、杖をしまう。
彼のその様子を見て、シリウスが呆れたようにため息をついた。

「リリー!」
「名前で呼ばないで!」

ジェームズの呼びかけに、間髪いれずそれだけ言って、リリーはくるりとこちらを向いた。
杖を取り出し、スネイプにかけられていた“縛り術”を解く。
開放された彼は、ほっと息を吐いた。
アラシはすかさずスネイプに駆け寄り、その無事を確かめる。

「大丈夫だった?」
「縛り術をかけられていただけだ」

そっけなく答えるスネイプに、それでも笑って「良かった」と答え、アラシはなにやらもめている四人に視線を戻す。
ピーターもシリウスの傍らにいて、三人でリリーと話しているようだ。

「だから、単に遊んでいただけなんだよ! 本当に!」
「魔法を使って遊んでいたの? 呪いまでかけて!」
「いいじゃねぇか、別に! 部外者が口を出すな!」
「あら、どこの口がそんなことを言うの? 誰かさんが違反したおかげで、私危うく死に掛けるところだったのに!」
「え、エヴァンスさん……っ。それは、悪かったと彼も反省し――」
「アレのどこが反省してるのよ!?」

金切り声で怒鳴るリリーに、アラシは一瞬驚きそれから苦笑を浮かべる。
そういえば、例の温室事件いらい、彼女とはほとんど話していない。
スネイプをいちべつし(彼はため息をついてこちらを見返した)、アラシはもめる四人に歩み寄った。

「少し、落ち着こうよ」
「アラシ――じゃなかった、カンザキ君」

リリーがこちらを見て、小さく頷く。

「そうね。あなたなら説明してくれるでしょうね。冷静だものね」

どこか刺のある言い方に、シリウスが再び口を出しそうになったが、ピーターが止める。
アラシは頷き返すと、簡潔に言った。

「早い話、単に雪合戦をしていただけだよ」
「……カンザキ君を信頼した私がバカだったわ」

彼女のうしろで、ジェームズが苦笑するのが見える。
アラシはなにがいけなかったのか理解できなくて、眉根を寄せた。

「えーとね、り……じゃなくて、エヴァンスさん。つまり、俺と、ジェームズと、シリウスとピーター、それからミスターは、雪合戦をしていて」
「そうね、あなたたちはそうかもしれないわね」
「エヴァンスさん?」

リリーはびしりと、濡れたローブに乾燥の魔法をかけていたスネイプを指差した。
当のスネイプは、何だ、と眉を寄せている。

「彼に縛り術をかけて、的にしていたじゃないの!」
「え、や……アレ?」

一体どう言ったらいいものか。
こんがらがってきた事態に、思考もこんがらがる。

「そんな雪合戦はないわ。一方的にぶつけて、何が楽しいのよ!」

なにやらひどく憤慨しているリリーは、もう何を言っても“そう”決め付けているらしい。
アラシは説明のしようがなく、ただ苦笑した。
その様子にしびれを切らしたのか、止めるピーターを振り払い、シリウスが怒鳴る。

「違うっつってんだろうが。俺とジェームズとピーター、アラシとそこのいけ好かない野郎に分かれてチーム戦を……」
「アラシ――じゃない、カンザキ君まで的にしてたのね!?」

リリーがますますヒステリックに声を荒げた。

「そうなのね、アラシ!?」
「ぜんぜん違うよ、リリー……」
「名前で呼ばないで!」

ジェームズのため息交じりの横槍に、もう何がなんだかわからなくなってきているリリーが叫ぶ。
まず、賭けのことを言うべきか。
アラシは口を開きかけ――そのまま止まった。
バシン、とよく響く痛々しい音がこだまする。
リリーは怒気をはらんだ声で力の限り叫んだ。

「ポッターなんて、大っ嫌い!」

呆然とするアラシたちをよそに、リリーはつかつかとスネイプに歩み寄ると、ぐいとその腕を引き、城に向かって歩き出す。
もちろん、スネイプはワンテンポ遅れながらも講義をした。
が、鋭い緑色の瞳に睨まれて何かを言われると、ため息をついて彼女に従っていく。

「……相変わらず、最悪の女だな。スリザリンの味方をするなんて信じられねェ」
「リリー……僕はどうしたらいいんだ……」
「じぇ、ジェームズ、とりあえず雪の中にもぐるのはやめておいたほうが……」

三人それぞれの行動に、アラシはため息をついて、とりあえずジェームズを雪の中から引っ張り出すことにした。

「君達、今までミスター・スネイプに何をしてきたんだよ……」

リリーのあの様子では、今まで何度もこういうことがあったのかもしれない。
今回はかなり酷いパターンだろうが。

「そりゃ……」
「色々さ」

アラシはもう一度ため息をついて、ジェームズに言った。

「今日は引き分けだね。一週間、スネイプへのいたずらを控えること。その代わり、俺は君達の居眠りを見逃してあげるよ。それでいいだろ?」
「ソレ、リーマスにも言っておいてくれれば」
「わかった」

雪のおかげですっかり水びだしになってしまい、ピーターが寮に戻ろうと提案した。
大広間では昼食も終わりに近づいている頃だろう。
早く着替えて、空腹を満たすために、アラシたちは早足に城へ向かった。


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