23 「ゴドリック……あんなにはしゃぐから」 「自業自得ね。子供たちに混ざって遊んで風邪引いて」 女性陣の手厳しい言葉に返す言葉が見つからない。 やりすぎたのは十二分に理解しているのだ。 けれど、視線を横に滑らせると自分と同じように毛布に包まった友人がいる。 「サラザールも。珍しいじゃない、あなたがムキになるなんて」 ロウェナの少し呆れたような声に、彼も返す言葉が無いらしい。 「ハハッ。いいじゃないか。サラも楽しかっただろ」 「……」 無言で睨んでくる彼に、視線をそらす。 そりゃ、巻き込んだのは悪かったよ。 だけど、まさかあんなに悪戦苦闘するとは思わなかったんだ。 原因を追究するなら、妙に雪合戦慣れしてた、うちの生徒たちだ。 ― 雪 ― 「うっわぁ」 「すげぇな」 予想以上に積もっている雪に軽く感動しつつ、アラシたちは玄関前でしばし呆然としていた。 すでに、何人か雪遊びを始めているほかの生徒たちもいるが、それ以上に雪の量がすごい。 と、いきなりこめかみへ衝撃があり、アラシはわっと声を上げた。 見れば、ジェームズがにやりと笑っている。 その手には、雪玉がひとつ。 「油断大敵だよ、アラシ。――チーム分けをしよう」 ジェームズはそう言って、ごそごそとポケットから何かを取り出した。 紙切れが細長くしただけのものが、四つ彼の手にある。 どうやらクジのようで、まずシリウスがそのひとつを取った。 手で隠されていた先には、カラーインクで赤く色づけられている。 彼に習い、アラシはジェームズの手から紙切れをひとつ取った。 ――何も印が無い。 ピーターが最後に引いて、ジェームズも手の中の色の有無を確認する。 「ああ、残念。シリウスと組めれば面白くなりそうだったのに。アラシ、僕とだよ」 「微妙なご意見ありがとう、ジェームズ。よろしく」 「ちぇっ。なんだ、ピーターかよ」 「ええ、ひどいよシリウス……っ」 そんな会話をしながら、適当に距離を置いて二組に分かれる。 特にルールは無く、ただぶつけ合うだけだとジェームズが言った。 「では始めーっ」 彼の声と共に、アラシは作っておいた雪玉を思い切り投げた。 が、まったく明後日の方向に飛んでいき、雪だるまを作っていた生徒の背中に当たってしまう。 「……わざと?」 ジェームズが少し面白そうに言った。 まさかと首を振り、辺りを見回して何が起こったのかと様子を伺っている先輩らしき人物に心の中で謝る。 右手を開き、また閉じてアラシはもうひとつ雪玉を取った。 シリウスもピーターもこちらに向かって投げてはいるものの、中々当たらない。 それはこちらも同じで、今のところジェームズが投げた物がピーターの足にかすっただけだ。 アラシはシリウスに狙いを定めると、足を踏み込んで投げた。 ボスッ、と音がしてシリウスが顔をゆがめる。 丁度、彼のみぞおちあたりに当たったようだ。 シリウスが声を荒げた。 「ってぇな! 本気で投げるなよ!」 「ごめん。当たるとは思わなくて」 それは本心だった。 実際、最初に投げた雪玉は全く別方向へ飛んでいったわけで。 けれど、ジェームズがからからと笑って全面否定する。 「またまたー思いっきり狙ってたじゃないか。中々やるね、アラシ」 「くっそ。もうゆるさねぇ!」 ジェームズの言葉でシリウスはやたら気合が入ってしまったらしく、それからアラシは大変だった。 ものすごいスピードで雪玉を投げ続けてくるシリウスの攻撃を、なんとかかわさなくてはならなかったのだ。 彼の横でもピーターが遠慮気味に投げてくるものだから、余計大変である。 ジェームズはジェームズで、我関せずを決め込みひとり黙々と別の攻撃をしている始末だ。 結局アラシは大量の雪を浴びることになり、それぞれが疲れた頃には髪の毛がしっとりとしめっていた。 「……風邪引いたら君のせいだよ、シリウス」 「お互い様だろ……」 シリウスの言うとおりだった。 アラシを含む四人全員は、それはもう見事な雪まみれ――というよりとけた雪の水浸しとなっている。 もうやめようか、とピーターが切り上げの言葉を呟く。彼もまた、寒そうに体を縮み込ませていた。 「そうだね。そろそろお昼にな――」 「「あ」」 ピーターの提案に答えたようとしたアラシをさえぎり、ジェームズとシリウスが声を揃えてある一点を見た。 どうしたものかとその視線の先を追えば、どこか見覚えのある黒髪の少年が歩いている。 図書館の帰りなのか、それとも散歩なのかはわからないが。 きっと前者だろう。彼の場合、雪の日に散歩するほど冬が好きそうには見えない。 セブルス・スネイプは、いつもの不機嫌そうな顔でアラシたちからさほど離れていないところにいた。 「いいモノ発見」 「どうする?」 「愚問だね」 そんな暗号めいた会話を楽しそうに交わす友人二人に、アラシは眉を寄せた。 一ヶ月ほど前、ハロウィーンの夜も同じような顔をして言葉を紡いでいた彼らが、鮮明に思い出される。 「行くぞ、ピーター」 「う、うん……っ」 シリウスが先を切って歩き出す。 その隣には当たり前のようにジェームズがいて、彼らのあとを一歩遅れてピーターが追った。 アラシは息を吐き、小走りでスネイプにたどり着く前に三人の前に立つ。 雪の上を歩く独特の音が響いた。 ジェームズとシリウスが、あからさまに怒りにも似た訝しさを露にする。 「あんだよ。また邪魔するのか?」 シリウスの言葉には、明らかに敵意が込められていた。 彼は“スリザリン”に対して、人一倍嫌悪感を示す。 ハロウィーンの際も、彼はスネイプを庇ったアラシをひどく敵視していた。 そんな彼をなだめるように、ジェームズが「まあまあ」と仲介に入る。 「本当に邪魔をする気なのかわからないだろ」 全く持って見当違いな意見ではあったが、会話が成り立たないよりはずっといい。 アラシはジェームズの方へ視線を滑らせた。 「聞かなくてもなんとなくわかるけど、何しようとしてるの?」 ジェームズが肩をすくめ、雪に足を取られるのかいつもより歩みの遅いスリザリンの彼を指差す。 「決まってる」 その声音には、シリウス同様明らかに敵意と憎悪がこもっていた。 「今から彼をこらしめに行くのさ」 調子は軽かったが、ジェームズの顔は至って真面目だ。 隣でシリウスが黙って頷くのが見えた。 ジェームズの指の先を確かめ、ため息をつく。 「それじゃ、やっぱり邪魔をしないと」 そこで今まで黙りこくっていたピーターが、口を開いた。 「なんでアラシは、スネイプの味方をするの?」 「別に味方ってわけじゃないさ、ピーター。ただ、俺は……」 言葉を濁すと、シリウスがため息混じりに言う。 「アラシ、お前間違ってるんだよ。アイツはな――」 ジェームズがその先をぶすりした声で続けた。 「僕らを侮辱した。先に手を出してきたのはあっちだよ」 驚いて目を見開くと、シリウスが付け加えるように口を開く。 「こっちは見ていただけだぜ。ほんの少し、ちょっと奴の見た目を話してたけど、それだけだ」 彼のほんの少しはあまり信用できなかったが、最初に手を出したのが彼だったということが信じられない。 アラシは本当に、と聞き返した。 ピーターが頷いたので、間違いないということがわかる。 「嫌味なんて顔をあわせるたびに出てくる」 「俺とジェームズはしょっちゅうだな」 彼らは交互に言い、ジェームズがため息をついて顔をしかめた。 「授業中、やたら僕らに突っかかってくるんだ。前にも話したと思うけど、魔法薬学はとくに酷いね」 「僕、スネイプのせいで罰則受けたことある……」 ピーターの控えめな言葉を受け、シリウスが酷く憤慨した様子でまくし立てる。 「わかったろ? そういう奴なんだよ。だから俺たちが仕返しして当たり前なんだ」 ジェームズがそうそうと頷き、さらに付け加えた。 「彼と言葉を交わした他のグリフィンドール生も、少なからず傷ついてるし」 「だから庇う必要なんて無い」 最後にシリウスが締めくくる。 アラシは彼らが話終えるのを待ってから、口を開いた。 「本当に彼がそんなことを?」 「ああ」 「最悪だね」 そう、とアラシは呟いて雪に足がはまってしまったのか悪戦苦闘しているスネイプを振り返る。 「そんなに饒舌なんだ、彼」 聞こえるか聞こえないかくらいの声でささやいた。 『彼』が饒舌であったことはなかった。それが例えヘルガ相手であろうとも。 その性質はホグワーツを去るまで変わらず、あまりの黙しぶりに時折もどかしさをも感じたものだ。 「何か言った?」 「なんでもない。――俺は、それでも邪魔をさせてもらおうかな」 瞬間、剣呑な光がシリウスの目に宿る。 「どうして」 「俺はその光景を見たことないし、まだ彼が悪人とは限らない」 どちらかというと、一番最初の「ほんの少し、ちょっと見た目の話」の部分が気になる。 「あのなァ……」 心底呆れたように、シリウスが言葉に苛立ちを乗せた。 けれど彼が何かを続ける前に、ジェームズがそれじゃ、といつもの調子でなんでもないように言い放つ。 「こうしようじゃないか、アラシ。スネイプも入れて雪合戦。彼と君はチームだ」 「三対二?」 不公平じゃないかな、と付け加えてもジェームズは平然と答えるばかりだ。 「五人じゃ平等に分けられないだろう?」 「俺達が勝ったら、もうこのことに口を出すなよ、アラシ」 にやりとシリウスが笑った。勝利を確信してだ。 彼は雪玉を投げるのが上手だったけれど、一方のアラシは、二度目のあのクリティカルヒット以外あまりいい玉は投げていない。 アラシはやる気満々な二人と、彼らに同意しているピーターとを見やり、ため息をついた。 断ることも出来る、けれど。 「いいよ」 頷き、そうこなくちゃと笑うジェームズたちにただし、と付け加える。 「俺と彼が勝ったら、自分達の考えを見直して、彼への“仕返し”をやめること。あと、俺のレポート一週間やって」 「なんでそこでレポートなんだ」 シリウスが顔をしかめる。 アラシはにこりと笑った。 「俺、文書くの苦手なんだよね。丸写しじゃもちろん駄目だよ。自分のレポートとは別の感じで」 承諾しかねるシリウスの肩を、ジェームズが軽く叩く。 「いいよ、何でも。僕ら、負けるつもりはないからね」 それもそうかとシリウスも表情を明るくさせた。 ジェームズの言う、勝てばいいだけの話だと気づいたのだろう。 「で、でも……さ? 肝心のスネイプの方がやってくれるかどうか……」 黙りこくって何か考えていた風だったピーターが、ふいにそんなことを口にした。 確かに、当の本人がやる気にならなければ始まらない。 アラシは話している間に城の玄関へと近づいていた彼を見やり、慌てて駆け寄った。 雪に足を取られ、思うように早くすすめなかったものの、扉の内に入る前に追いつくことが出来、ほっと息をつく。 「ミスター・スネイプ、ちょっといいかな」 呼び止めると、スネイプは眉根を寄せたしかめ面でこちらを振り向いた。 そしてアラシの顔を見るなり、さらに表情を堅くさせる。 「何の用だ」 「時間あるかな? というより、今から時間作って欲しい」 「……断る」 にべもなくそう言われたかと思うと、さっさと歩き出してしまった。 慌ててもう一度呼び止め、事情を説明する。 するとスネイプは、一瞬驚いたような顔をし、それからゆっくり疑うような目つきになった。 「つまり、その勝負とやらに勝てば、あのうるさい連中は僕に干渉しなくなるんだな?」 「まあ、そういうこと。どうかな?」 スネイプは数秒考えるような仕草をしたあと、やはり淡々と「いいだろう」と呟いた。 よかった、と息をつく。 するとスネイプは不安そうに顔をゆがめた。 「ただ、僕はそういった類は得意ではない。勝機が見えないなら、やりたくないな。お前に期待していいのか、カンザキ」 瞬間、アラシはスネイプを凝視してしまった。 不思議そうにこちらを見るその目を見返し、しばし感動にひたる。 ――カンザキ。 彼の口から何気なく紡がれた己の名前。 今まで彼から呼ばれたのは「グリフィンドールごとき」と「お前」、それから「図書館の」……とまあ、こんな調子だったはずだ。 覚えていてくれた、というよりは呼んでくれたことが妙に嬉しかった。 「おい、聞いているのか?」 少々強めの口調で言われ、はたと我に帰る。 アラシは「ごめん」と謝り、笑みを作った。 「一応、それなりに作戦はあるよ」 「ならばいい」 かくして、雪合戦の二回戦が幕を開けた。 ジェームズがにやりと口の端を上げる。 「先に相手の陣地に入った方が勝ちだ」 ルールは、それだけ。 - 23 - しおりを挟む/目次(9) |