18.5 前 大きな窓から見えるその景色は、ひどく美しく。 ひとりならではの沈黙が、ここではいやではなくて。 城の中に感じる人の気配が、心を穏やかにさせてくれる。 こっそり隠し部屋を作ったことを知ったら、サラザールは怒るだろうな。 その様子を思い浮かべ、彼はくすりと笑い声を漏らした。 ― 前 ― すぐに治った傷あとを確かめるように、アラシは手をゆっくり握って開いた。 痛くもかゆくもなく、傷など最初からなかったように肌はなめらかだ。 静かな寝息と混ざり合うようにして、少々耳障りともいえるいびきが聞こえる。 寝静まった男子寮で、アラシはベッドに腰掛け窓の外を眺めていた。 二つ隣のベッドで気持ち良さそうに寝ているシリウスへ視線をやり、小さくため息をつく。 結局彼は、うまいこと言い逃れをして免罪になった。 けが人も大したことはなかった、というのが主な理由で、それに付け加え彼が“ブラック家”の長男であることが大きく響いている。 リリーはシリウスが悪いとずっと言い張っていたけれど、結局彼女の言い分は通らなかった。 ジェームズはそのとばっちりを受けて、彼女に冷たくあしらわれたことを嘆いている。 アラシたち五人は、彼女に軽蔑のまなざしで見られるようになってしまったのだ。 アラシはしばらくシリウスの顔を見て昼間のことを思い返していたが、ふと彼を視界からはずすと、ベッドから降りた。 ふくろうが入れるように設計された窓へ歩み寄り、雲の合間から見える星空を見る。 雲が多くて、さすがに星座まではわからなかったが、月もまた雲に隠れているためか、光っている星は妙に目についた。 そこで、誰かが寝返りでもうったのか、うめくような声がした。 そちらへ目をやると、リーマスがこちらを顔を向け、眉間にしわを寄せている。 悪い夢でも見ているのだろうか。 あの日以来、妙に親近感を感じる彼をほんの少し気の毒に思い、アラシは机に放置していた杖を取った。 口の中で呪文を唱え、リーマスの額に杖先を向ける。 わずかに光がほとばしり、彼の表情は柔らかなものへと変わった。 「――いい夢を」 小さく笑ってささやく。 杖を元の位置に戻すと、アラシはあくびをした。 すでに真夜中を過ぎているのだから、眠気が襲ってくるのは当たり前だ。 けれど彼は布団にもぐりこむのではなく、再び窓の外へ視線を移した。 右端の方に、森が見える。 夜の闇でよりいっそう薄気味悪い。 入学式の時、決して入ってはいけないと注意された森だ。 確かに、あの森には危険な生物も多い。 アラシはじっと、森の出口付近を見つめた。 こうして上から見て、友人の姿が見えると手を振り、声を上げたっけ。 ――かつての仲間たちを思い出すことは、嫌ではなかった。 むしろ、それは楽しい思い出ばかりで、たびたび口元が緩む。 悲しいのは、その次だ。 今は会うことも、姿を垣間見ることも、墓を尋ねることすら出来ない。 子孫を探し当てたとしても、千年以上経った今となっては、ほとんど無駄に近い行動だ。 それを感じるとき、寂しさが襲ってくる。 己を知る人物がいないことに、ひどく打ちのめされる。 「情けないな、我ながら」 聞こえないような小さな声で呟いて、アラシはベッドに戻った。 布団にもぐりこみ、天蓋を見つめる。 ――泣きたかった。 泣き喚いて、友人の名を思いきり叫んで、謝りたかった。 もし許されるなら、今すぐそうしたいくらいだ。 「こんなこと、考えるべきじゃない」 自分に言い聞かせる。 そうしなければ、眠るまでずっとこのことをひたすら考えていそうだった。 昼間、あんなことを思ったのがそもそもいけなかったのだ。 アラシは無理やり思考を打ち切ると、強引といってもいいくらいに目を閉じた。 寝てしまえばいい。 ――眠っていれば、何も考えなくてすむ。 前世の、あいつが出てくるまでは。 - 18.5 前 - しおりを挟む/目次(9) |