むかつくあいつに報復キッス

2018/02/14

「ト〜〜ム・リド〜〜〜ル!!」

廊下の端から彼の名前をソノーラスをかけながら呼びかけると、瞬く間にモーゼのごとく人の波が彼への一本道を作った。じろじろと無遠慮に眺める視線付きだけれど。

トムはわたしを振り返ったけれど、どことなくギギギ、とロボットのような動きだ。そうしてこちらに向けられた笑顔は思い切り、引きつっている。

「どうしたんだい、ナマエ」

彼の周りには黄色い声を上げている女子生徒たちがわんさか集まっていた。今日も今日とておモテになることだ。いや、今日はいっとう、その群がる集団の数は多い。

なぜなら今日は、一年に一度の告白デー・バレンタインだからだ。

普段遠巻きにして彼を見つめているおとなしい少女たちも、そして目をぎらつかせて彼に群がっている肉食系女子たちも、今日は本気と書いてガチと読む、本番なのだ。彼にチョコレートを渡し、あわよくば惚れ薬を盛り、そして彼の恋人の座をゲットして、他の女を蹴落としたいのだ。

あれだけの数の女子生徒をさばくトムは、もしかしたら東洋の”エンマダイオウ”にも匹敵するかもしれない。しかし彼は”品行方正”な”優等生”なので、威圧的に一列に並ばせることなどしないのだった。困ったな、という顔を浮かべて一つ一つ丁重に受け取るだけだ。

わたしはわたしの前にできた道を難なく通ると、彼の周りに群がる女子生徒たちからは距離を置いて彼に話しかける。

「スラグホーンが、緊急の用事だってさ」

「そうか。ありがとう、ナマエ」

彼はにこやかな笑顔のままそう言うと、女子生徒たちに「そういうことだから、また後で」と告げて、さっさとわたしの隣に並ぶ。その間も渡そうとしてくる女子生徒をかわしながら。

そうして、人気のない地下へと降りた瞬間、わたしは人畜無害、トム・リドルになんて一切恋慕を抱いておりません、という女子生徒向けのしおらしい顔を取り去った。しおらしい女の子はソノーラスを使って呼びかけない、という前提は置いておくとして。

「あのねえ、毎年毎年わたしを使って逃げ出すのやめてくれる?人混みが嫌いなの知ってるでしょ?」

「獲物を奪われないように常に気を尖らせている女子生徒たちにとって、一番無害そうな――学年一の変人を使うことが一番効率的だ」

トムの最高に失礼な言葉も置いておくとして、トムは完璧な優等生を演じているくせに、裏の顔は真っ黒でドロドロなのだ。女子生徒がトムに贈るチョコレートは、毎年全てインセンディオされている。わたしがいくつか失敬しているものを除いて。しかしあまりにもらいすぎると、処理にも対処にも困るらしい。燃えにくいという現実的な問題もあれば、優等生の彼がお返しをしないわけにもいかないという建前の理由もある。

だから、毎年彼の裏の顔を知って”しまって”いるわたしが、白羽の矢を立てられるわけだ。彼の指定したタイミングで、何かしらの理由をつけて彼を連れ出す。トムのいうとおり女子生徒たちから無害と認定を受けているものの、やっかみは当然ある。毎年バレンタインのあとは何かしらのものがなくなったり、突然頭から水を被ることがあるのだ。それをバレンタインの妖精のしわざかな?だなんて思えるはずがない。

「僕は五分で来いと言ったのになぜ三十分もかかったんだ」

「読みかけの本が面白くてー」

トムが呆れたようにため息をつくのを、わたしは白々しくそっぽを向いて無視した。使いっ走りをさせているくせに、トムは常に偉そうだ。

「それで?」

唐突にトムが言った。唐突すぎて、何の脈絡もない。

「何よ、それでって」

トムよりよっぽど人の気持ちの機微とやらがわかるわたしでも、彼の頭の中を常に読めるわけではない。というより、当たり前に読めない。

そんなわたしにトムは立ち止まって手を差し出した。

「チョコを、君からもらっていないように記憶しているが」

「はあ!?この期に及んでねだるわけ?」

わたしは思ったことをすぐ口にしてしまう癖があるので、遠慮なくそう言った。ソノーラスをかけるまでもなくわたしの声は廊下に響き渡る。

「そもそもトム、あなた甘いもの嫌いじゃない。用意なんてしてるはずないでしょう」

そういうとトムはあろうことか舌打ちし、ふてぶてしい顔をしながらさっさと歩き始めてしまう。幼稚園児じゃないんだからそんなことで拗ねないでほしい。

しかし、いまご機嫌とりをしておかないと後々面倒なのだ。トムはやろうと思えば何でもできてしまう。例えば、わたしが女子生徒にとって案外”敵”になり得ることを、それとなく匂わせるだとか。

「トム〜、今度ホグズミードに行ったらハニーデュークスで買ってあげる。それでいいでしょう」

わたしはトムの腕に手を絡めてそう言った。しかしトムは「そんなものいらない」とすげなく断る。

「手作りがいいって言うの?わたしが魔法薬学でいつも薬品を爆発させてることを知ってるくせに」

いつも彼がそれを収める役なのだ。スラグホーンより先に。

トムはまた立ち止まって、今度は深い深いため息をついた。そして唐突にわたしの腕を掴んで壁に押し付けると、まるで脅すような口調で言いはじめる。

「君は全く僕の気持ちをわかっていない」

「いいえ、わかってるわよ。可愛い可愛いナマエからのチョコが欲しいんでしょう」

トムはそれに対して遠慮なく舌打ちする。言い方が悪かったようだ。
本格的に拗ね始めそうな――側から見たら、これは”キレている”のかもしれない――トムを前に、わたしは唇に手をやってしばらく考えた後、いちばん最良の案を叩き出した。

「トム、わたしあなたにあげられるものを見つけたわ」

「何だ」

そうふてぶてしく言う彼のくちびるに、ちゅ、と軽い音を立てて、わたしは可愛らしい口づけを落とした。そうして彼の腕をくぐり抜けて拘束から抜け出すと、さっさと廊下を歩き始める。

振り返ってにやにやとトムを見つめると、トムはやっと理解したのか「おい!ナマエ!」と言いながらわたしを追いかけ始めた。その耳はほんのり赤い。

普段なら彼に追いかけられても絶対に見つからない場所に隠れるけれど、今日ばかりは捕まえられてあげよう。今日は他でもない、バレンタイン・デーなのだから。
- 2 -
[] | [→#]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -